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「で、お前の名前は?」
「そっから!? ちゃんと自己紹介しましたよね?」
「人の名前覚えんの苦手なんだよ。ちなみに妹たちの名前も怪しいときがある」
「自信満々に言わないでください……八城一葉です」
俺は机の上のノートの紙を切り取り、ボールペンで書いてしっかりと見せる。菖蒲さんはふんふんと納得した顔をする。
「へえ、良い名前じゃん。そういや昔の作家に同じ名前の人がいたな」
「読み方は違いますけどね。……それより、訊いていいですか?」
質問攻めばかりでは納得いかない。俺も訊けることは問うことにした。(まあさっき訊いたといえば訊いたのだが)
「ん? 何だ?」
「菖蒲さんは『超能力者』なんですよね?」
「ああ、そうだぜ。……まあ、あんまその言い方好きじゃねえんだけどな。呼ぶなら……『能力』とか『能力者』とかで頼む」
「……それじゃ菖蒲さんの持っている『能力』は何なんですか?」
何かしらのこだわりがあるんだろう。俺は呼び方を変えてもう一度尋ねる。
「さあて、何でしょう?」
いたずらっ子のように、菖蒲さんは答えをぼかした。正直、いらっとした。
「あれわかんないの? しょうがないねえなあ、それじゃヒントを――」
「『瞬間移動』の類でしょ」
俺の答えに、菖蒲さんの表情から笑みが消える。どうやらアタリだったようだ。
「なんだよ、わかってんじゃねえかーちぇっ」
「あれだけ眼の前で力を見せられて、気づかない方がどうかしてますよ。ちなみに、詳しくはどういうものなんですか?」
「んー……あれだよあれ、どこでも……じゃなくて『どこだかドア』ってやつ」
「微妙におしい! というかそれを知っていて何で本家の道具を知らないんですか!」
菖蒲さんが例として挙げたのは、某長寿アニメにおいて俺の知る限りでは、たった一話でしか使われなかったが、ある意味で有名な道具だった。
「あれそうだっけ? ……まあとにかく、一瞬にしてどこでも行ける『能力』だよ。見とけよ」
そう言うと、菖蒲さんは見ておくように指示する。バッと、菖蒲さんの姿は消えていた。
「……」
流石にもう慣れてきた。窓の外から声がした。俺は窓を開き、下を見る。
「よ」
真下付近に、菖蒲さんが手を俺に向かって手を上げる。それに応えるように、俺も手を上げる。
「――つーことだ。理解できたか?」
「……はあ、まあ」
戻ってきた菖蒲さんが肩を叩く。今まで近距離だったから実感が分からなかったが、二階から庭に、庭から二階にと一瞬で移動されたとなると、はっきりとわかる。
「ちなみにアタシ以外でも、アタシが触れたものもいっしょに『跳ぶ』ことはできるんだが……なぜかお前は無理なんだよなあ……」
首をひねりながら、再びベッドに座り込む菖蒲さん。ああ、だからさっき俺の手を握りしめたのか。
「花梨のときもそうだけど、どうにもアタシの『能力』だけが効かないってわけじゃなさそうだし……」
「――まあ、そういうこともあるでしょう」
俺は自分に「能力」の類が効かないという、「能力」を使える人にとってはかなり不思議なことを、さも他人ごとのように口にした。
「まあ俺としては、残念ですけどね」
「……残念?」
ピクッと体を反応させ、菖蒲さんは訝しげな視線を俺に向けてくる。
「逆だろ、『良かった』だろ?」
菖蒲さんは自嘲するかのようにそう言った。だが俺は首を横に振る。
「何でですか? だって俺が『能力』の効く体質? だったら、菖蒲さんの『能力』で、色んな所に連れて行ってもらえるんですよ?」
本当にそう思った上での言葉だった。俺だけじゃない、不思議なポッケを持つアニメキャラ、某有名RPGの移動呪文などを知っている者なら、誰だって思ったことだろう。……かといって、今のところこの町以外で行きたいところはないんだが。
「…………ぷ!」
少しの沈黙の後、菖蒲さんは顔をふくらませ、
「はははははっ! 面白いなお前! いいよ、サイコーだよ!」
思い切り、吹き出した。
腹を抱えながら、笑い続ける菖蒲さん。べつに変なことを言ったつもりはなかったんだが……。
「クロスが最初お前を住まわせるって言ったときはどういうことかと思ったけど……単に『能力』が効かないからってだけじゃないのかもな……」
笑い声の中にどことなく優しげな声を混ぜながら、菖蒲さんは微笑した。俺は反応に困った。
「――ま、これからアタシともどもよろしく頼むぜ、えーっと……『カズヤ』。ちょっと待っとけよ!」
菖蒲さんは俺の部屋から姿を消した。
「カズヤって……俺のことか?」
たしかに「一葉」の「一」は「カズ」とは読める。だが、「葉」は「ヤ」と読むことはできない。よって菖蒲さんの俺への呼称は明らかに間違っている。(呼ぶなら「カズハ」だ)
いや、それよりも……。
「ちゃんと何度も説明したよね俺!?」
「何がだ?」
「うおっ!?」
いきなり蓮香さんが再び目の前に現れる。俺はびっくりしてベッドから落ちそうになる。
「おいおい大丈夫かカズヤ?」
「い、いきなり現れないでくださいよ! あと俺の名前は――」
呼び名の訂正を求めようとした時、俺はあることに気付いた。
「……え?」
菖蒲さんの背後に誰かがいた。髪の長い女性だった。
「ちょっと菖蒲……あんた何してんのよ! わたしこれから撮影で出なくちゃいけなかったのに!」
「ダイジョーブだって。間に合わなかったらアタシが取材場所まで送ってやるから」
「××××なんて、あんた行ったことないでしょ! はあもう……」
髪の長い女性は明らかに伊達とわかる大きな眼鏡を外し、大きくため息をつく。どうやら菖蒲さんの知り合いで、無理やりここに来させられたようだ。女性は、菖蒲さんの背後から立ち上がった。
「……え? ……ええぇ!?」
二度目の衝撃、え? マジで……!?
「気に入ったか、歓迎?」
菖蒲さんはぽんと俺の肩に手を置きそう尋ねる。だが俺はそれに答えることなく、ただ向かいに立った女性を見上げた。目が合った。
「……彼は?」
「お前の……多分ファンだよ。で、一週間くらい前からアタシんとこに住んでるイソーロー」
「へえ、そうなんだ……。初めまして!」
腰を折り曲げ、俺の顔をのぞき込むようにしながら、その人は眩しいばかりの笑みを浮かべてあいさつした。
「――あ! は、初めまして! えっとその……!」
しどろもどろになりながらも、俺はなんとか良い返事を考える。だがよくわからない緊張から、うまい言葉が見つからなかった。
……さっき友達って言っていたけど、本当だったのかよ……。
テレビのという名の普通では絶対に乗り越えられない境界線の「向こう側」の存在と、まさかこんな間近で顔を合わせることになるなんて……! 滅多なことでは上がらないことが自慢の俺も、さすがにこれにはまいった。
「そ……の……!」
何か言わなくちゃ何か言わなくちゃ何か言わなくちゃ……。焦りが徐々に心を蝕み肥大化する。……そして、
「――あ、握手してください!」
と、月並みなことを言っていた。




