3
「うーん、なんだか上手くいきすぎなんだよなあ……」
黒須さんにあいさつして、俺は自室に入り、ベッドに寝転がり、天井を仰いだ。今までずっと布団で寝てきた俺だったが、ベッドの寝心地はかなり良く、俺をすぐさま眠気に誘う。俺は意識が曖昧になりながらも、頭を働かせ現状について考える。
火事で住む場所を無くしたときはどうなることかと思っていたが、食費も家賃代も払わず、まさかこんな好待遇な部屋に住めるとは思わなかった。
「住むだけ……ねえ……」
三日経っても何の動きが無いところを見ると、黒須さんには「他意」はなさそうだ。だがやはり、邪推してしまう。
「つか、どうしてあの人は俺が『そういう体質』だってこと知っていたんだろう……」
俺でさえ知らなかった事実を、いつの間に黒須さんは知ったのだろう。あの言い分だと、黒須さんはかなり以前から知っていたようだが……。
「――そういや、あんまり話せてないよなあ」
考えれば考える程よくわからない。俺は思考を変えてここ三日間のことを思い出す。ここ三日、何とか話す機会を探そうと、紫島姉妹の誰かに話しかけようとしたが、変に避けられたり、タイミングが合わなかったりで全然話せなかった。一番話しやすそうな菫ちゃんにいたっては、ほとんど部屋にいるようで全く姿を見なかった。
「まあその内なんとかなる……」
「よ」
「――そういえばこの家ってご両親いないみたいだけど、どうしてだろう」
「二人とも海外出張中だからだよ。父さんはアメリカ、母さんはヨーロッパ。ここ数年は帰ってきてないけどな」
「それにしても大きい家だよなあ。いったいいつからあるんだろう?」
「五十年くらい前だったはずだぜ。元々は父さんの父さん――アタシらのおじいちゃんの家だったらしい」
「……それにしても黒須さんって料理上手だよなあ。元料理人なのかなあ」
「違う違う。あいつが料理上手なのは、メイドのスキルの一つってだけだ。あいつ曰く、『メイドはどんなことも完璧でなければならない』らしい」
「――あ! そういえば今日始まるドラマのヒロインが、この町出身の人だってクラスの奴が言っていたなあ。……よし、見てみよう!」
「ああ、それアタシの友達。――つーか、無視すんなっ!」
「ーーいってぇっ!」
気持ちのいい音とは裏腹に、俺の頭に激しい衝撃がおとずれた。予想以上の痛みに、俺は両手で頭をおさえこんだ。
「な、なにすんだよ!」
俺はその痛みを与えた主、どこからともなく俺のベッドに現われた菖蒲さんを睨みつける。
「それはこっちのセリフだ! 人が話しかけてんのにわざとらしく無視しやがって!」
「人の部屋に勝手に入ってくるような奴に言われたくない!」
「『よ』って言っただろ!」
「そういう問題じゃねえよ! ……はあ、わかりましたよ、すいませんね」
ああ言えばこう言う押し問答。このままじゃまた殴られかねないと思った俺は、不満ながらも来訪者、菖蒲さんに謝った。
「そうそう、最初からそう素直に謝りゃいいんだよ。……にしても」
「な、何すか……?」
菖蒲さんは俺をじいっと見つめてきたかと思うと、ぐいっとベッドに片膝をつき、俺に迫ってきた。反射的に、俺は立ち上がり菖蒲さんから離れようとする。
「逃げんなって」
「うおっ!」
ベッドにいたはずの菖蒲さんの姿が消える。と思ったら、背後から声がした。ああ、そうだ……超能力が使えるんだった……。大して気にすることじゃないと思っていたことだったので、俺はすっかり忘れていた。菖蒲さんは俺の手をガシっと掴んだ。
「な、なんすか……?」
「………」
さらにぎゅうっと握る手に力を込めてくる菖蒲さん。わぁ、柔らかい手だなあ――。
「いた、いたいいたいっ!」
だがその感触はすぐに激痛へと変わった。万力のように菖蒲さんは徐々に手に力を込めてきていた。俺が叫ぶも、菖蒲さんはまったく気にしていなかった。
「……ちっ、やっぱり無理か――」
しばらくして菖蒲さんは悔しそうな声を出して、手を放した。俺はすぐさま距離を取った。手は真っ赤になり、しばらく動かせそうになかった。(握力すごいな……)
「……なあ、お前ってホントに何なんだ?」
「そ、その言葉、そっくりそのままお返しさせていただきます……! 何ですか急に!」
「何って実験だよ実験。にしてもおっかしいなぁ……何で『跳べ』ねえんだろ?」
あごに手を当て、うーんとうなりながらベッドに腰を落とす。どうやらすぐに出て行ってくれなさそうだ。
「……ソレジャゴユックリ」
結論、俺が出て行こう。俺はドアを開き、外に出ていこうとした。
「だから逃げんなって」
ドアを開き、半歩外へ出たとき、俺の正面に菖蒲さんが立っていた。菖蒲さんは俺を再び部屋に押し戻す。
「ほら、座れ」
菖蒲さんは再びベッドに座り、隣に座るよう命じる。
「…………わかりましたよ」
逃げることは不可能だ。俺はあきらめ、菖蒲さんに従うことにした。




