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「おかえりなさいませ一葉さん。入学式はどうでしたか?」
滞り無く入学式を終えて、俺が屋敷に帰ってくると、玄関先で黒須さんが出迎えてくれた。
「あ、どもただいまです。入学式はまあ、良かったすね……あ」
当たり障りのない返事をしかけ、俺はあることを思い出した。
「そうそう、驚いたことが一つありましたよ。まさかあいつが入学生代表だとは思っていませんでした」
「……ああ、蓮香さまのことですね」
「はい、いやー眠気が一気に吹っ飛びましたよ」
最初こそ、気合を入れて挑んだ入学式だったが、途中で話の長さにこっくりこっくりと眠りかけたときだ。壇上に立った「新入生あいさつ」をする新入生の名前を聞いて、眠気が半分覚めた。そして、壇上に立ったそいつの姿を見て、完全に目が覚めた。
「あいつって、頭良かったんすね。まあ、たしかに頭が良さそうな感じはしてましたけど」
新入生挨拶なんてするのは、たいてい入学試験で好成績を修めた奴だろうから、必然的にあいつは頭が良いということになる。にしても、あのあいさつには驚いた。
透き通るような、耳によく残る声。まったく視線をそらすことなく、堂々と前を向いて説得力のある言葉であいさつする姿は、さしずめ大統領の演説のような感じだった。多分、俺だけじゃなくて新入生全員が耳を傾けたことだろう。
「蓮香さまは努力家ですから。ああして代表に選ばれてからは、毎日あいさつの練習をしていましたから」
「そういや……昨日の夜中にも変な声が――」
「変な声で悪かったわね」
「うおっ!」
いつの間にか、後ろに蓮香が立っていた。蓮香は早々に靴を脱ぎ、スリッパに履き替える。
「おかえりなさいませ蓮香さま」
「よ、おかえり!」
「ただいま、黒須さん。それじゃ……」
なぜか黒須さんだけに返事をし、蓮香は階段をのぼって二階へ行った。
「……俺、嫌われてんすかね?」
「そんなことはありませんよ。単に照れているだけです」
「え、そうなんですか?」
「ええ。蓮香さまは男性との接触が苦手ですから」
「黒須さん、勝手なこと言わないでくれるかしら……」
黒須さんの背後から、蓮香が黒須さんの言葉を止めた。蓮香は制服から白色のジャージに着替えていた。
「『日課』ですか。今日くらい休まれてもいいですのに……」
「毎日やるから『日課』なんです。あと、あたしはべつに男の人が苦手ではありません。かといって、彼自身を嫌っているというわけでもありません」
蓮香は俺の方を一瞥してはっきりと宣言した。蓮香はそのまま下駄箱から運動靴を取り出し履くと、屋敷を出て行った。
「――いってらっしゃーい」
「………」
手を振り俺は蓮香にそう言って送り出した。だが、返事はなかった。
「やっぱ、まだ受け入れられていないんですかねぇ……」
「そうかもしれませんね」
この屋敷に住むことになってはや三日。俺は未だ紫島蓮香との間にはかなり大きな溝があるような気がしてたまらなかった。




