6
『あんたは自分のこと、何事にも動じない、大らかな性格だと思っているかもしれないけど、あたしから言わせてもらったら、あんたはただ【鈍い】だけよ』
俺、八城一葉という人間を、中学時代の親友は容赦なくそう言い表した。
いつもならムキになって反論するところだったが、それについては俺はすぐには否定できなかった。というかそうする前に俺は傘音町へやってきた。(そういやあいつに別れの言葉言ってなかったな)
変わった両親の元で育ったこともあり、そのせいでどうにも俺は人とは違う感性を持つようになっていた。
だから、【鈍い】というあいつの言い分は間違ってはいない。――けど、まったく心を乱さないというわけじゃない。
それが紫島姉妹との出会いだった。
あれからしばらくして、俺は黒須さんに促されるままに、三人の女子とともに、散乱した広間を出て、長い廊下を歩き、別の部屋へと案内された。
そこは応接室らしき場所で、長いテーブルを挟んでイスが並べてあった。黒須さんは俺と三人の女子を向かい合うように座らせ、いったん部屋を出た。その際、三人は何も言わず、珍妙なものを見るかのような視線を送ってくるだけだった。
いたたまれない気持ちになりかけたとき、黒須さんは小学生くらいの女の子と手をつなぎ戻ってきた。
「あ……」
女の子が俺に顔を向け驚いた表情になる。そこで、俺も思い出した。
「ああ、君はあの時の――」
「………っ!」
俺が手を上げ応えようとするも、少女はビクッと体を震わせて、逃げるように花梨という少女の隣に腰を下ろした。
「………」
「………」
「………」
少女の過剰な反応に、三人ともさっきとは違う冷たい視線を送ってくる。黒須さんが前に立った。
「これで全員揃いましたね。それでは……」
黒須さんはごほんと咳払いをし、俺の方を見る。良かった、やっと説明してくれるのか……
「一葉さん、お嬢様方に、簡単に自己紹介をどうぞ」
――ずっこけそうになった。え、何かおかしくない?
「あの、く、黒須さん?」
「何か?」
「……いえ、何でもないっす」
『反論をすることなど微塵も許さない、命令に従え』
黒須さんの無表情から発せられる気迫が、俺にそう告げていた。その証拠に、向かいの四人はずっと黙ったままだ。……俺は黙って立ち上がった。
「あー、その……初めまして。八城一葉って言います。年齢は今年で十六歳で、四月からこの町にある傘音高校に通うことになっています。趣味は漫画とかゲームをすることで、特技っつーか、自慢できることは順応力が高いことです。諸事情でここで暮らすことになったみたいなんですけど、よろしくお願いします」
当たり障りもない自己紹介を、俺はなんとか噛まずに全部言うことができた。ふう、やっぱり緊張するなこういうの。
「ありがとうございます一葉さん。それでは今度はお嬢様方に……と、言いたいところなんですが、お嬢様方はどうにも機嫌がすぐれないみたいですので、代わりに私が紹介させていただきます」
黒須さんは向かいの席に回り込み、まずは金髪の女の人の前に立った。
「右から順に紹介しますね。彼女の名前は紫島菖蒲さま、紫島家の長女で、今年大学二年になるはずの二十歳です。
続いて隣の方は次女の蓮香さま、貴方と同じで四月から傘音高校に通うことになっています。
そしてその隣にいますのが、三女の花梨さまで中学二年です」
最後の方は末っ子の菫さま。小学五年生です」
本当に簡単に、黒須さんは姉妹の自己紹介を終えた。まとう雰囲気こそそれぞれ違うものの、やっぱり全員姉妹だったようだ。
「それで黒須さん、彼はいったい何者なんですか……?」
疑惑に満ちた眼を、俺のちょうど正面にいる蓮香さんが向けてくる。菫ちゃんを除いて、二人も同じ意見を持っているようだった。
「ごく『普通』の少年ですよ。『能力』が効かない以外は……ですけど」
「信じられません……。『能力』を使いもしないで……どうやって花梨の『能力』を打ち消したんですか?」
「それはアタシも同意見。――つか、よく思い出したらさ、アタシこいつと数日前に出会ってんだよ。そん時もアタシの『能力』、発動しなかった」
「――お、思い出した……! そういえばあた……我もこの男に『ヴォーゲン・フェアデルプ(波打つ破滅)』を喰らわせたはずなのに、無傷だった――!」
記憶が少しずつよみがえってくる。あの時は顔ははっきりとわからなかったが、花梨と菖蒲さんの言葉を聞く限りでは、俺たちは「あの時」出会っている。……つかそれよりも――。
「――あ、あのぉぅ……」
入りづらい会話だが、聞かなければ先に進めない。みんなの視線が一斉に俺に集まる。その目は珍獣を見るかのような奇異にあふれたものだった。俺はそれに耐え、あることを尋ねた。
「さっきから気になっていたんすけど……間違ってたらすいません。あの、みなさんって、いわゆるその……エスパー……っていうか『超能力者』ってやつなんですか?」
ほとんど確信を持った上での問い。だがそれは不穏な空気を生み出すことになった。
「………あの?」
何も答えてくれず、気まずかった。俺はもう一度聞き直そうとする。
「――ええそうよ。ただしあたし以外はだけどね」
そこに、蓮香……さんが渋々ながらも答えた。俺は他の三人を見る。何も言わなかったが、それが逆に信憑性を増した。
「…………」
俺は数秒、無言になった。その間俺は混乱した頭の中を、必死に演算処理をして現状をまとめる。そして、
「――マジで!? すげえっ!」
心の底から感嘆と驚嘆の混じった声を出していた。俺は目を輝かせ、四人を見た。
「……は?」
そんな俺の反応が意外だったのか、四人のキョトンとした顔が俺に向けられる。「何言ってんだこいつ?」といった感じだった。菖蒲さんが口を開いた。
「……本気で信じているのか? ……というか、オマエ、驚かないのか?」
「え、そりゃめっちゃ驚いてますよ俺! いやあ! まさか本物の超能力者に出会うなんて……!」
冗談でも嫌味でも嘘でもない。だって「超能力」だぜ!? この言葉だけでもテンションが上がらない方がどうかしている。
「どうしてそんなに……すぐに信じられるの?」
一人浮かれまくる俺だったが、若干引き気味の態度を感じ取り、自粛した。おっと危ない! 俺は気持ちを切り替える。
「――まあ今は『そんなこと』よりも……。お願いします! 絶対に迷惑はかけません! (出来る範囲で)なんでもします! だから、少しの間でいいですから、俺をここに住まわせてください!」
深々と頭をテーブルにぶつかるくらいまで下げ、俺は心の底から懇願した。受け入れられていない(というか完全に黒須さんの独断)ということはわかっている。
だがこのチャンス! 逃しでもすればもう後はない! 俺は土下座する覚悟をも持った。
「………はあ、面倒くさ。もういいよアタシは」
一番初めに反応したのは、菖蒲さんだった。俺は顔を上げる。
「菖蒲さま。それは彼をこの屋敷に住まわせて良いということでよろしいのでしょうか?」
「そういうこと。つかさっき怒ったのもノリみたいなもんだし。正直どうでもいいしな。もういいだろ、アタシは行くぞ」
あっけらかんとした態度で菖蒲さんが答えると、菖蒲さんは一瞬にして、この部屋から姿を消した。
「花梨さまはどうですか?」
次に黒須さんは花梨に矛先を向ける。突然振られたこともあり、花梨はビクッと体を震わせる。
「ふん、そんなもの反対に――」
「花梨さまはどうですか?」
再び同じ問いを投げかける黒須さん。けれどその声色はまったく違った。寒気がした。
「――ふ、ふふふ! ま、まあいいだろう! ただし絶対に迷惑をかけるなよ!」
黒須さんの気迫に負けた花梨は、脅迫されたかのように(実際そうなんだが)それだけ言って、逃げるようにして、普通にドアから出て行った。
「それでは残ったお二人は……」
「あ……あの……!」
テーブルに座ったままの菫ちゃんが、体をもじもじさせながら、小声でつぶやく。
「あ……たし……も……か、かまいま……せん!」
菫ちゃんは勇気を振り絞ったという感じに、そう言ってくれた。
「ありがとう菫ちゃん!」
さっきはすぐにいなくなって言えなかった感謝の言葉を、俺は菫ちゃんに送る。
「………い、いえ……あの、その……!」
困惑し、菫ちゃんは顔を紅潮させる(可愛い!)。菫ちゃんは脱兎のごとく部屋を出て行った。そして、残ったのは蓮香だけになった。
「蓮香さまはどうですか?」
多数決的にはこれでいける……はずなのに、俺はまだ気を緩めることはできなかった。
「――べつに、いいですよ。どうせ反対しても無意味でしょうし」
感情を一切表に出さずに、最後の一人の了承? も得た。俺の拳に、自然と力が入っていくのがわかった。
「さすが蓮香さま、話が早いですね」
「『能力』が効こうが効かまいが、あたしには関係ありませんから。でもまた後で詳しい話は聞きますからね。それじゃ」
最後に俺の方に射るような視線を送ると、蓮香は足音一つ立てずに部屋を出て行った。
「お待たせしました一葉さん。今、話がつきました」
最後に残った黒須さんは、何事もなかったかのように、俺にそう言った。俺は愛想笑いを浮かべるしかなかった。
現在十六時三十二分。俺は紫島家に居候することになった。




