第1章03 急な防衛戦
~咲雄side~
足の裏に硬い感触が戻った。
膝を少し緩めて着地する。さっきまでの富士熔脈回廊とは違い、熱気も赤茶けた岩壁もない。高い石壁に囲まれた広場の中央に太い石柱が立ち、そこを挟んで4人の探索者が見えた。
大盾を構えた男性、剣を抜いた女性、弓を持つ若い男性。そして、地図らしい紙を手にした女の子だ。
「来るぞ!」
盾の男性の声と同時に、正面の通路からゴブリンが飛び出してきた。棍棒を持った先頭の1体を盾が受け止め、剣の女性が横から斬る。後続も次々と入ってくる。
俺は手に持っていた直剣を握り直した。転移前にしまわずにいて、かえって助かったな。
女の子は地図をポケットへ押し込み、背中の細長いケースを外そうとしている。留め具に手間取っているようだ。盾の男性がそちらを守っているので、俺は石柱の反対側へ回る敵を受け持つ。
向かってきたゴブリンの棍棒を半歩ずれてかわし、首元へ剣を通す。初級武器でも、この相手なら十分だ。
女の子はようやくケースから槍を抜き、剣の女性に合わせて正面の敵を止めていた。最初の突きは浅かったが、次は敵の胸へ届く。ゴブリンが消えるのを見て、まずは自分で戦えそうだと思った。
「左も来る!」
弓の男性が知らせた。左から入り込んだゴブリンが、石柱へ棍棒を叩きつける。
《拠点耐久:96/100》
ああ、あれを守るのか。
視界に並んだ案内を追う。拠点防衛戦、制限時間30分、複数ダンジョンからのランダム編成、グループ同士の成績競争。ずいぶん手間のかかる遊びを考えたものだ。
正面、左、右の3方向に通路がある。こちらは俺を含めて5人。盾と剣の2人は息が合っているし、弓の男性も周囲をよく見ている。問題は、誰かが正面に集中すると柱の裏が空くことだった。
俺はそこを埋めることにした。
ゴブリンの最初の群れが途切れかけたところで、剣の女性が皆の怪我を確かめた。返事が続く間にも次の足音が重なり、盾持ちのゴブリンウォリアーが姿を見せる。話をする暇もない。
改めて全身に標準の身体強化をかけた。少し速く動ければ、あちこちへ回るにも楽だ。30分続けたところで、今の俺のMPなら大した負担にはならない。
盾の男性が受け、剣の女性が横へ回る。盾の男性は先ほどより踏み込みが深い。身体強化を使ったらしい。剣の女性も身体強化を使っているようで、軽い足運びで回り込む。慣れた連中だな。槍の女の子は敵を追いすぎず、届く範囲で足を止めていた。まだ余裕はなさそうだが、前へ飛び出さないのはいい。
俺は柱の陰へ抜けようとした敵を倒し、足音を聞いて顔を上げた。
「そちら、次が右から来ますよ」
弓の男性が振り向く。遅れて右の通路から新しいゴブリンが現れた。
「本当だ!」
矢が先頭を倒したのを見て、俺も右へ向かった。敵は後続がつかえて進みにくそうだ。柱まで届く前に横から斬り込み、道をふさいだ。
石の通路は音がよく響く。足音の数までは当てにならなくても、どちらから来るかくらいは分かる。昔からよく助けられてきた感覚だ。
そのあとも敵は途切れず、ゴブリンにオークが混じり始めた。正面では盾と剣の2人が斧を持つ敵を受け止め、槍の女の子が抜け道をふさぐ。弓の男性は空いた方向を知らせながら矢を射っていた。足場を変えるときの動きも軽い。彼も身体強化を使っているようだ。
俺は正面へ加勢したかと思えば柱の裏へ戻り、次には右の通路を塞ぐ。手数よりも、今どこが危ないかを見ておけばいい。
「おじさん、後ろ!」
女の子の声がした。オークが振り下ろした斧を体を傾けて外し、脚を斬って崩す。とどめを入れて顔を向けると、彼女はまだこちらを見ていた。
「ありがとうございます。気づいていましたから、大丈夫ですよ」
「あ、はい……」
どうも困らせてしまったらしい。せっかく知らせてくれたのに、言い方が悪かったかな。
それを考え直す前に、《残り時間:12分》の表示が目に入った。
皆、息が上がっている。まだ12分あるなら、もう少し負担を減らしたいところだ。
広場の奥から重い足音が響き、通路いっぱいに大きな頭が現れた。タイタンか。あの体で石柱を殴られたら、さっきのゴブリンどころでは済まない。
初期直剣でも無理をすれば傷はつけられるだろうが、倒すまでに時間がかかる。今はそんな余裕を与えたくない。
俺は巨人の進路へ歩いた。
「危ないです! あれ、A級です!」
槍の女の子だ。こちらを心配してくれているようだった。
「ええ。あの剣では、ちょっと厳しいですね」
身体強化を2倍まで引き上げてから、直剣を収納し、方天画戟を取り出す。手に重みが戻った。筋力を上げても、重い武器を振る負担まで消えるわけじゃない。これを使えば早いが、腕にも腰にも来る。できれば短く済ませたい。
タイタンの腕が石畳を打つ前に外へ避け、踏み込んで脚を斬った。向き直ろうとする巨体の外側へ回り、柱とは反対の方向へ意識を向けさせる。俺が相手なら、柱へ手を伸ばす暇も減る。
膝へ傷を重ねている途中、柱の近くに小さな敵が入り込んだのが見えた。
「柱の近くの小さいのをお願いします!」
槍の女の子が敵の進路をふさぎ、剣の女性もそちらへ向かった。あとは頼もう。
タイタンが腕を払うたびに一歩だけ位置を変え、傷めた脚を狙い続ける。巨体が膝をつき、立ち直ろうとしたところへ方天画戟を深く入れた。腕が石畳を叩き、やがて動かなくなる。光になって消えるのを確かめて、武器を戻した。
やれやれ。身体強化を使っても、これだけの重さを振るうとやはり疲れる。強化を標準まで戻し、手に馴染んだ直剣を取り出すと、肩が少し楽になった。
「皆さん、怪我はありませんか」
剣の女性、盾の男性、弓の男性がそれぞれ無事だと答える。槍の女の子からも「私も、大丈夫です」と声が返った。誰も怪我をしていないなら何よりだ。
「あの、お名前を伺っても?」
剣の女性に尋ねられた。そういえば、名乗る余裕もなかった。
「神代咲雄です」
それを聞いた女の子がこちらを見る。
「……『黎明』の、神代さんですか?」
「ええ。ずいぶん昔のことですけど」
若い人にも知られているんだな。驚いた顔で見られると、どうにも落ち着かない。もう少し何か言った方がいいのかと考えたところで、通路の奥から足音が届いた。
助かったような、助かっていないような。
「次、左からです!」
弓の男性の声で皆が向き直った。女の子が小さく何か言ったようだが、足音に紛れて聞き取れない。
今はそちらを聞き返す場合ではなかった。
左から盾持ちのゴブリンウォリアーが入り、その後ろにオークが2体続く。前の敵が道をふさぐので、剣の女性も奥へ踏み込めない。盾の男性は正面から押し返そうとしていたが、斧が横から来れば避けにくい位置だ。
俺は柱の外側を回り、オークの足へ斬りつけた。こちらを向かせれば、その分だけ正面に隙ができる。剣の女性はすぐにそれを利用し、盾持ちの腕を払って道を開いた。
弓の男性の矢が、奥から続こうとしたゴブリンを止める。槍の女の子は石柱に近い通路の中央から動かず、入り込もうとする敵に穂先を向けていた。
前へ出たがる相手を追うより、そこに立っていてくれる方が助かる。
「そこの槍の子、柱のそばを頼めますか」
「はい。ここを守ります!」
はっきりした声が返った。これで後ろを気にせず左へ回れる。
やがて正面の敵が少なくなると、代わりに右から小柄なゴブリンが続けて入り始めた。弓の男性は射線を取ろうと場所を変えるが、味方が通路を横切る瞬間には矢を放てない。
俺は彼の前を通るのをやめ、石柱の脇を通って右へ回った。柱に近づく敵だけを先に倒す。残りには、射線を確保した彼の矢が届いた。
誰が何体倒したかを考える暇はない。競争だというならなおさら、守る柱を壊されては元も子もない。
《残り時間:6分》
盾の男性が大きく息をつき、構えた腕を一度下げた。ずっと正面で攻撃を受けているのだから無理もない。
「少し、そちらを代わりましょうか」
「いや、まだ持つ。右の連中を頼む!」
返事は即座だった。無理に交代させるより、彼が支えている間に右を片づけた方が早い。
右では飛んできた矢が1体を倒し、残ったゴブリンが柱へ向かおうとしていた。俺が背後に回るより先に、槍の女の子が進路を塞ぐ。敵は穂先を避けて横へ跳び、俺の前へ出てきた。直剣で仕留めると、彼女はすぐに槍を戻して右を警戒した。
「助かりました」
女の子は驚いた顔をしてから、小さく笑った。初めは槍を取り出すのにも手間取っていたのに、いまは自分で周囲を見ている。
だからといって、無理をさせていいわけではない。俺も少し息を整えた。
残り時間が減っても、敵の出てくる方向は一定にならなかった。
右からゴブリンが走ってきたとき、左のゴブリンウォリアーが盾を構え直し、正面には斧を持つオークが姿を見せた。広場で3か所の金属音が重なる。
俺は石柱のそばで足を止めた。正面のオークは盾の男性が受け、剣の女性が横についている。左の敵は盾が邪魔で動きが遅い。最も早く柱に届くのは右のゴブリンだ。
「右、抜けます!」
弓の男性が叫んだ。矢をかわしたゴブリンはもう柱へ向かっている。
俺が動く前に、槍の女の子が通路へ半歩出た。穂先を下げて足元を狙う構えを取り、相手の進路をふさぐ。ゴブリンが止まったので、俺は脇を抜けて左へ回った。
右は彼女が止めている。弓の射線も通る。ここで俺まで加わる必要はない。
左の盾持ちは、右へ向き直ることに気を取られていた。近づいた俺に気づいて盾を振るが、重心を移す途中では追いつけない。足の外側へ出て一撃を入れ、振り返る前にもう一度斬った。
倒れた敵が消えかけた頃、右から矢の音がした。柱へ向かっていたゴブリンは倒れている。女の子は槍を構えたまま、さらに次が来ないかを見ていた。
正面のオークは、盾の男性と剣の女性が押し返している。俺はそちらへ回ろうとしたが、盾の男性が先に声を張った。
「こっちは片づく! 次はそっちを見てくれ!」
その言葉どおり、女性の剣が横から斬り込み、オークが倒れた。
《残り時間:1分》
あと1分。長いようで、もう終わりが見えてきた。
広場には皆の息遣いが響いている。盾の男性は腕を上げ直し、剣の女性は無理に前へ出ず柱の近くに残った。弓を持つ彼も矢をつがえたまま、左右を見比べている。
槍の女の子が柱の前で立ち位置を直す。さっき俺が頼んだ場所だ。最後まで守るつもりらしい。
通路の奥で新たな足音がした。左からゴブリンが2体、少し遅れて正面からオークが姿を現した。
左の先頭を矢が射抜く。残る1体は女の子の槍を見て進路を変え、剣の女性の間合いへ飛び込んだ。女性の剣がすぐに動く。
俺は正面のオークへ向かった。盾の男性が受け止めた斧をかわし、その足元へ直剣を入れる。オークが崩れたところを盾で押し戻し、男性が持ち直した体勢に合わせて俺が追撃した。
前を見上げると、通路にはもう敵がいない。石畳を踏む音も聞こえなくなっていた。
しばらく誰も武器を下ろさなかった。俺も次の気配を探していると、視界に新しい表示が現れた。
《制限時間終了》
《拠点防衛成功》
ようやく終わったらしい。
目の前の石柱は無事に立っている。最後まで壊されずに済んだ。盾の男性は深く息を吐き、弓の男性も弓を下ろした。剣の女性が槍の女の子と目を合わせて、互いに小さく頷いている。
「お疲れさまでした。皆さん、怪我はないですか」
全員から無事だという返事があり、俺も直剣を下げて身体強化を解いた。怪我人を出さずに済んだなら、それが一番だ。
富士熔脈回廊で尾肉を手に入れて、あとは帰るだけだったのにな。帰り道がずいぶん遠くなった。
水が飲みたい。できれば座って、方天画戟を振った腕も休めたいところだ。
それに、順位も報酬も、帰り方さえまだ知らされていない。神の気まぐれは、こちらの予定など気にしてくれない。
まあ、今すぐ考えても仕方がない。
せっかく手に入れた尾肉だ。無事に帰れたら、厚めに切った大根と一緒に、ゆっくり煮込もう。
更新の励みになりますので、評価・ブックマークを是非よろしくお願いします。




