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老人を見たら生き残りと思え ~ダンジョン歴40年の探索者は、今日も気ままに冒険する~  作者: アレグリア
第1章

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第1章02 食材探しも楽じゃない

~咲雄side~


次の分岐を右へ曲がると、通路が少しずつ上り坂になっていた。

壁に走る赤茶けた筋が、さっきよりも濃い。岩の間から流れてくる空気には熱が混じり、立ち止まると額に汗が浮いた。こういう場所に長くいると、喉が渇いていることに気づくのが遅れる。

いったん水筒を取り出し、2口ほど飲んだ。まだ冷たさが残っている。蓋を締めて収納に戻し、歩き出した。


この先の道は覚えている。前に来たときは、突き当たりを左へ折れると広い場所に出たはずだ。ただ、マグマイグアナが今もそこにいるとは限らない。魔物の補充には時間がかかるし、同じ場所に同じ種類が現れるとも決まっていない。

俺は岩の隙間を覗きながら先へ進んだ。


坂を上りきる手前で、向こうから人の声が聞こえた。足音に混じって、金属を石に当てるような音もする。

曲がり角の先では、2人組の探索者が壁を調べていた。1人が道具を構え、もう1人は通路の奥に注意を向けている。鉱石でも探しているのだろう。こちらに気づいた見張り役が軽く会釈したので、俺も頭を下げて通り過ぎた。

仕事の邪魔をすることもない。


広い場所に出ると、床には大小の岩が散らばっていた。天井は高く、奥の壁際が1段低くなっている。魔物の大きな体でも動きやすそうな場所だが、見渡す限り姿はない。

耳を澄ます。風が岩を抜ける音と、遠くで何かが擦れる音。しばらく待っても、こちらへ寄ってくる気配はなかった。


「今日は、あまりいないな」


口に出してから、少し笑ってしまった。最初の1体はすぐに見つけられたのだから、贅沢な文句である。

とはいえ、肉を手に入れないことには、きかん坊のこの腹を満足させることはできまい。


奥の段差を回り込んで、壁沿いの道を進む。足元の石が崩れやすい場所は避けた。何度か通ったところでも、崩れて転ぶ可能性がある。転べば痛い。昔はそういうことをあまり考えずに飛び越えていたが、今はわざわざ足場の悪い方を選ぶ気にはなれなかった。


しばらくして、前方の岩陰で赤黒いものが動いた。

長い尾が見える。今度もマグマイグアナだ。

ただし、相手がいるのは狭い通路の途中だった。壁と大きな岩に挟まれていて、横へ回り込む余地がほとんどない。

あの尾を正面から受けるのは面倒だ。


俺は一度、開けた場所まで戻った。剣を下げたまま相手に姿を見せると、岩陰から大きな頭が出てきた。こちらが少し退くたびに前脚を踏み出し、やがて狭い通路を抜けて追ってくる。

これなら横へ動ける。軽い身体強化はかけたままだ。暑い中、余計に走り回りたくはない。


相手が尾を振ったときには、もう間合いの外にいた。熱を帯びた尾が床を叩き、砂利が飛び散る。振り終わりに合わせて踏み込み、鱗の隙間へ剣を当てる。

その後も無理には追わなかった。相手が突っ込んでくれば避け、動きを止めたところを斬る。何度か繰り返すうちに相手の足がもつれ始めた。動きが鈍ったところへ踏み込み、鱗の薄い胸元へ深く剣を入れると、マグマイグアナはその場に崩れ落ちた。

やがて体が光になって消えた。


何かが残るのを期待して、足元を見る。

何もない。


「そうか。何もなしか」


まあ、そういうこともある。毎回何かが手に入るなら、苦労はしない。

剣を軽く振ってから、倒した場所を離れた。ここで次の個体を待っていても仕方がない。もう少し別の道を歩いてみよう。


通路を戻る途中、先ほどの2人組が遠くに見えた。壁を調べる作業はまだ続いているらしい。俺は邪魔にならないよう、途中の分かれ道から別の通路へ入った。

歩くにつれて、襟元に溜まった熱が気になり始める。

こんな場所で動き回っていると、汗だけはよく出る。身体強化をかけたままでも、暑い道を歩いている時間の方がずっと長い。魔物を倒すことより、こっちがくたびれるかもしれない。


少し広い岩の陰を見つけた。通路の両側を見渡し、近くに動くものがいないのを確かめてから腰を下ろす。床の熱が伝わってこない場所を選んだつもりだが、それでも背中はじっとりしている。

収納から水筒を出す。続けて、小さく包んでおいたお握りも取り出した。腹が減ったというほどではないが、こういうときは先に食べておいた方がいい。

包みを開いて1口食べると、思ったより腹が空いていたことに気づいた。水筒の水を飲みながら、今まで歩いた道順を頭の中で確かめる。もう少し先の分岐から戻れば、25階層へ続く階段にも出られる。無理に遠回りをする必要はない。


若い頃なら、見つかるまで何時間でも歩き回っただろう。

今でも歩けないわけではない。ただ、60にもなると、暑い中を動いたあとの疲れがなかなか抜けない。家に帰って煮込みを作る元気くらいは残しておきたい。

収納には、もっと威力のある武器も入れてある。方天画戟を使えば、今の相手などずっと早く片づけられる。だが、あれは振るだけでも疲れる。強い敵を相手にするときには頼りになる一方、食材探しのたびに持ち出していては、帰る頃には余計にくたびれてしまう。

その点、昔から使っている直剣は楽だった。身体強化をかけていても重い方天画戟を何度も振るのは骨が折れる。威力が足りないなら、少し工夫して何度か斬ればいい。相手の動きさえ分かっていれば、この階層ではそれで困らない。


お握りの残りを包み直し、水筒と一緒に収納へ戻して立ち上がる。

携帯電話で時間を確かめると、昼を過ぎていた。あと1回り探して見つからなければ、今日は諦めるとしよう。


次の分岐からは、ゆるやかに下る道が続いていた。壁の色はほとんど同じだが、足元の石は少し平らになっている。道幅も広い。マグマイグアナのような大きな魔物を探すには、悪くない場所だった。

曲がり角の先から、石をこする音がした。

立ち止まって耳を澄ますと、今度は重い足音が続いた。足音の間隔がゆっくりで、地面を引きずるような音もする。

近づいてみると、岩の向こうに長い尾が見えた。


3体目だ。

今日はこれで最後にしようと思っていたところなので、ちょうどいい。


相手は俺に気づくと、低く身構えた。大きな頭が横へ揺れ、尾がゆっくり持ち上がる。

通路の右手には腰ほどの岩が並んでいる。マグマイグアナはそのすぐ左側にいて、長い尾を岩の方へ伸ばしていた。あの尾を大きく振ろうとすれば、岩が邪魔になるだろう。

俺は左へ動いた。相手が頭をこちらへ向けると、それに引かれるように尾の付け根も動き、尾先が右手の岩へ寄っていく。


マグマイグアナが踏み込んできた。大きく開いた口をかわし、横へ抜ける。追って体を回した拍子に尾が岩へ当たり、鈍い音を立てた。

振り抜けないうちに首の付け根へ剣を入れる。相手は岩から離れようと体をひねり、今度は尾の先だけを俺の足元へ振ってきた。岩を背にしないよう下がってかわし、また左側へ回る。

思うように向きを変えられない相手の隙を拾い、短い攻撃を重ねた。完全に尾を封じたわけではないので、こちらも間合いは崩さない。

最後は正面からの噛みつきをかわし、首の下へ深く刃を入れた。マグマイグアナは前脚で地面を掻き、やがて動かなくなった。


光の粒が消えると、岩のそばに小さな包みが現れた。

透き通った包装の中に、赤みのある肉が収まっている。


「おっ」


思わず声が出た。

拾い上げて表示を確かめる。


《マグマイグアナの尾肉 0.8kg》


ようやく出た。

頬が緩んだ。神が食材用に整えてくれた肉が、袋の中にきちんと密封されている。袋ごと持ち直し、包装越しに厚みを確かめた。これなら今夜の煮込みには十分だ。


「さて、大根は厚めに切るか」


朝から考えていた鍋の中身が、頭に浮かぶ。長ねぎは家にある。生姜もたしか残っていた。尾肉は十分に冷ましてから煮込みに使うとして、帰りに何か買い足す必要はなさそうだ。

家で鍋を火にかけるのが、楽しみになってきた。


尾肉を収納に収めた。直剣はそのまま手に持ち、来た道を戻り始める。

今日は鱗が1組と、目当ての尾肉が1包み。ほかに大した収穫はないが、十分である。奥まで足を延ばせば珍しい魔物に会えるかもしれない。それでも、これ以上歩き回る理由はなかった。

家に着いたら風呂に入って、少し休んでから鍋の支度をしよう。


階段へ向かう分岐まで戻ったところで、視界の中央に文字が浮かんだ。


《緊急イベント告知》

《イベント名:拠点防衛戦》

《対象ダンジョン内の探索者は全員強制参加》

《本イベントでの死亡:復活可能》


足を止める。

オラクルのいつもの表示とは違う。視界の真ん中を占めるその文字を、見間違えるはずもなかった。


「……イベントか」


随分久しぶりの参加になるな。パーティー解散後は、イベントに自ら参加することはなかったからな。前回は19年前の大災厄か……

ただ、今回は復活可能とはっきり書いてある。19年前とは違う。イベントに強制参加させられるのは腹が立つが、復活可能なのはせめてもの救いか。


《参加者を特別ダンジョンへ転移させます》


せっかく尾肉が手に入ったのに、煮込みはしばらくお預けか。

そう思ったところで、足元の石の感触が消えた。

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