第1章04 結果発表
~咲雄side~
水筒を取り出して口をつけると、ようやく一息つけた気がした。喉は乾いていたが、それ以上に腕がだるい。方天画戟を振った後はいつもこうだ。身体強化を使えば重い武器も扱えるが、腕や腰への負担まで消えるわけではない。
広場の通路を見渡す。敵の姿はなく、あれほど響いていた足音もすっかり途絶えていた。
《各グループの成績を集計中です》
《結果発表まで、この区画でお待ちください》
まだ帰れないのか。仕方がないので石柱のそばに腰を下ろす。盾の男性も大盾を立てかけ、剣の女性はその隣で手袋を外していた。弓の青年は矢筒を確かめている。使った分が気になるのだろう。
槍の女の子はケースに槍を戻したところだった。留め具を閉じる手つきは少しぎこちないが、最初よりは落ち着いて見える。
「いやあ、助かった。途中であんな大物まで出てくるとはな」
盾の男性が俺に声をかけた。
「皆さんが柱を守ってくれたおかげですよ。あれにかかりきりになっている間、ほかの敵まで見ていられませんでしたから」
「それでも、あのタイタンを1人で片づけるとは思わなかったよ。ああ、そうだ。こっちはまだ名乗ってなかったな。俺は深沢だ」
「坂井です。深沢とは普段から一緒に潜っています」
「俺は村瀬です。よろしくお願いします」
剣の女性と弓の青年も続けて名乗った。なるほど、深沢さんと坂井さんは組んでいるのか。戦い方がよく合っていたのも納得だ。
「大庭陽菜です。川越の探索者学校に通っています」
最後に女の子が頭を下げる。
「学生さんでしたか。怪我がなくてよかったですね」
「はい。あの、皆さんも助けてくださって、ありがとうございました」
大庭さんは深く頭を下げた。戦っているときにも無理に前へ出ず、頼んだ場所をしっかり守っていた。初めて組んだ相手ばかりの中で、よく頑張ったと思う。
深沢さんたちは、今回のイベントについて話し始めた。防衛が成功したグループはどれくらいあるのか、あの巨人はほかの区画にも出たのか。俺には分からないので、話を聞きながら残りの水を飲んだ。
その間、大庭さんはスマートフォンを取り出して何かを打ち込んでいた。何度か画面を見直し、やがて息を吐く。
「先生から返事が来ました。先生も無事みたいです」
「一緒にいた方と離れたんですか?」
「はい。実習中に急に転移させられて。友達2人とは、まだ連絡が取れていないんですけど……先生が確認してくれるそうです」
「それなら、まずはよかったですね」
「はい。まだ心配ですけど、先生と連絡がついて少し安心しました」
同じダンジョンにいたからといって、同じグループにされるわけでもないらしい。神も妙なことをする。
大庭さんはしばらく画面を見ていたが、今度は指を動かして何かを探し始めた。友達からの返事を待ちながら時間をつぶしているのかと思ったところで、こちらを向いた。
「神代さん、少し聞いてもいいですか?」
「はい、何でしょう」
「さっきの戦い、神代さんがどこを見て動いていたのか、もっと知りたくて。過去の配信を探してみたんですけど、見つからないんです」
画面を見せてもらうと、検索欄には『神代咲雄』と入っていた。
「ああ、俺はアーカイブを残していないんですよ」
「そうなんですか。じゃあ、あの動きは見返せないんですね……」
大庭さんは残念そうに画面を見下ろした。それから何か思いついたらしく、もう一度顔を上げた。
「それなら、これからのライブを見てもいいですか? また戦うところを見られるなら、勉強したいんです」
「構いませんよ。いつも大したことはしていませんけど」
「いえ、今日だけでもすごく勉強になりました。アカウント名を教えてもらえますか?」
「ユウサクです」
「ユウサク……」
大庭さんは首を傾げながら、検索欄に『ユウサク』と打ち込んだ。
「同じ名前のアカウントがいくつか出てきますね」
「ええ。同じ名前でも登録できますから、今ライブをしているのを探してみてください」
大庭さんが画面を操作し、やがてこちらに向けた。石柱と石畳が映っている。俺の視界と同じ景色だ。
「あ、これですか?」
「ええ、それです」
「見つかりました。ありがとうございます。でも、どうしてユウサクなんですか? 咲雄さん、ですよね」
「昔は『咲雄【黎明】』という名前だったんです。パーティーが解散したときに黎明を外すことにして、それなら名前も変えてみようかと思いましてね」
「それで、ユウサクに?」
「ええ。ユウサクという競走馬から取りました。ご存じですか?」
「すみません、競馬はほとんど見ないので……」
知らないのか。まあ、大分昔の話だ。大庭さんが生まれるよりずっと前になる。
「今から30年以上前の有馬記念に勝った馬なんですよ。あれはすごかったなあ」
「有馬記念って、年末にやる大きなレースですよね?」
「そうです、そうです。あの年はメロンクルーズが人気でね。ところが、最後の直線でユウサクが来たんです。あの瞬間は、今でも忘れられませんよ」
話しながら、あの日のことが頭に浮かんできた。若かった俺を競馬に誘ったのは高瀬だ。年末の運試しとか言って俺を誘い、売り言葉に買い言葉で10万円の単勝を買うことになった。まだ競馬のことなんか全く分からなかったから、「咲雄」の漢字を逆にすると「雄咲」でユウサクと読める、なんて理由でその馬を買った。ちゃっかりあいつは一番人気を買ってやがったが。
「何しろ初めての競馬でね。ユウサクに単勝10万円賭けたんですよ。しかも、買った後に知りましたけど、14番人気だったんですよ」
「じゅ、10万円ですか?」
「ええ。当たったときはもう、叫びましたよ。ゴールした瞬間、隣にいた高瀬と大騒ぎで」
「それ、いくらになったんですか?」
「1,379万円です」
「いっ……!」
大庭さんの目が丸くなった。声にならないらしい。
「そんな大金が当たったら、そりゃあ嬉しいですよね……」
「もちろん嬉しかったですけど、それだけじゃないんですよ。あの人気薄の馬が、本命のメロンクルーズを差し切ったんです。しかもレコードでね。いやあ、あの直線は何度思い出しても――」
そこまで話して、大庭さんの表情に気づいた。何か返そうとしたらしいが、口を開きかけて、困ったように笑っている。隣では村瀬さんが肩を震わせていた。
「ああ、すみません。つい熱が入ってしまいました」
「いえ! すごく嬉しかったのは伝わりました」
「古い話でしょう。昔のこととなると、ついね」
大庭さんは小さく笑った。最初はずいぶん緊張していたようだが、少しは話しやすくなったらしい。それならよかった。
そのとき、広場の中央に光が浮かび上がった。
《集計が終了しました》
《拠点防衛戦 最終結果》
《あなたのグループ:第1位》
「……え?」
最初に声を漏らしたのは村瀬さんだった。続いて深沢さんが立ち上がる。
「1位? 本当にか?」
「ほら、ちゃんと書いてある!」
坂井さんが指さす先には、確かに第1位と表示されている。ほかのグループの状況は分からないが、どうやらかなりいい成績だったようだ。
「やった……!」
大庭さんが両手を握った。深沢さんは大きく笑い、村瀬さんと拳を合わせる。坂井さんもほっとしたように息をついた。
「神代さん、あのタイタンを倒してくれたのが大きかったと思う。本当にありがとう」
「こちらこそ。皆さんが柱のそばを守ってくれたから、俺もあちらに集中できたんです」
「そう言ってもらえるとありがたいな」
深沢さんは照れくさそうに頭をかいた。敵の数が多かったし、どこかが崩れていたら柱も無事では済まなかっただろう。5人で守り切った結果なら、素直に喜んでいい。
《第1位特別報酬を授与します》
《各参加者は提示された3候補から1点を選択してください》
視界に品物の名が並んだ。俺の候補は《帰還石》《踏破図盤》《属性解析面》。どれも手に入りにくい品だ。
踏破図盤は歩いた場所を地図にしてくれる道具だが、俺には自動地図がある。属性解析面は受けた属性攻撃の傾向を調べられるらしい。面白いが、普段の探索で使う機会はあまりなさそうだ。
となると、帰還石か。使い切りとはいえ、登録済みの中継地点まで一気に戻れる。歩くのが嫌いというわけではないが、長く潜った日の帰りにはありがたい。
俺は《帰還石》を選んだ。淡い光とともに手のひらほどの石が現れる。受け取って確かめ、収納へ入れた。
「うわ、迷う……」
大庭さんはまだ候補を見比べていた。口を挟むべきか少し迷ったが、本人が使うものだ。聞かれるまでは黙っていよう。
「私、これにします」
しばらくして彼女の手元に現れたのは、細身の槍だった。ケースに収まるかを気にしているようで、長さを見比べている。
「槍にしたんですね」
「はい。今の槍も好きなんですけど、これは私でも扱いやすそうだったので。軽いのに、ちゃんと丈夫そうです」
「それなら、いい選択だと思いますよ。慣れるまでは、持ち替えたときの間合いに気をつけてください」
「ありがとうございます」
彼女は何度も頷いていた。新しい道具を手にしたときの嬉しさは、俺にもよく分かる。元の槍を納めたケースを背負い直し、新しい槍は手に持ったまま、何度か握り心地を確かめていた。
深沢さんたちもそれぞれ報酬を受け取ったらしい。深沢さんは盾に使えそうな装備を、坂井さんは新しい剣を選んだようだ。村瀬さんは手のひらのオーブを眺めている。3人とも品を確かめながら、顔を見合わせていた。
《報酬の受け取りを確認しました》
《参加者を転移前の地点へ帰還させます》
ようやく帰れるらしい。俺は立ち上がり、尻についた埃を払った。
「それじゃあ、皆さん、お疲れさまでした」
「こちらこそ。またどこかで!」
「神代さん、配信、見に行きますね」
「ええ。あまり面白いものはないかもしれませんけど」
大庭さんは首を横に振った。
「今日みたいな動きを、また見られたら嬉しいです」
嬉しいことを言ってくれる。今度見られるときも、無理をしない程度に頑張るとしよう。
5人で挨拶を交わしたところで、足元から光が広がった。
気づけば、見慣れた赤茶けた岩壁が目の前にあった。富士熔脈回廊だ。転移したときと同じ辺りらしい。熱気まで戻ってくると、急に現実へ帰ってきた気分になる。
そのまま歩き出しかけて、さっき受け取った帰還石を思い出した。
この場所からなら25階層の中継地点も遠くない。ここで使い切るのはもったいないな。もっと奥から戻るときに使えば、ずいぶん楽ができそうだ。
今日は思いがけず長い寄り道になった。帰ったらシャワーを浴びて、少し休もう。夕飯の支度はそのあとでいい。俺は中継地点へ向かって歩き出した。




