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老人を見たら生き残りと思え ~ダンジョン歴40年の探索者は、今日も気ままに冒険する~  作者: アレグリア
第1章

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第1章11 久しぶりの深層回廊

~咲雄side~


川越の学校での講話を終えた翌朝、俺は秩父深層回廊へ向かっていた。

昨日は思った以上にしゃべった。学生さんたちは熱心だったし、三浦先生も上手に話をつないでくれたから、どうにか最後まで務まった。ただ、こうして自分の好きな場所へ出かける方が、やっぱり性に合っている。


昨夜は志保からも連絡が来た。修司と高瀬の予定が合い、数日後に4人で夕食を取れることになったそうだ。場所は修司の仕事に差し支えないところを、志保たちが手配してくれるという。

ときどき連絡は取っていても、皆で同じ席につく機会はそう多くない。何を食べようかと考えているうちに、道路の案内標識が見えてきた。


今日の用事は、剛志に頼まれた結晶を採ることだ。三浦工房の真紀さんには、今朝潜ることを知らせてある。採れなければ通常の仕入れを進めるそうだが、せっかく来たのだから、いいものを持って帰りたい。


秩父深層回廊の入口には探索者の車が何台も止まっていた。駐車場では装備を背負った2人組が準備をしている。俺も車を降り、収納から防具を取り出した。


胸当てと背当てを留める。黒灰色の装甲には、S級テラサーペントの厚い腹鱗を使っている。鱗を小さな板に加工して重ね、内側には別のS級魔物、テンペストロックの羽毛を織り込んだ裏地を張ってある。硬い装甲で攻撃を受け止め、裏地で身体への当たりを和らげる作りだ。胸から脇へ続く板も細かく分かれているので、上体をひねるのに困らない。


肩当てを留め、前腕から手の甲を覆う防具を着ける。腰と太腿、膝、すねも同じように固め、補強した靴を履いた。最後は顔の開いた兜だ。額とこめかみ、後頭部は守れるが、目や口元は覆わない。額の留め具には小型のライトを付けておく。


腕を回し、しゃがんで立ち上がる。この防具には、装着している間の重さの負担を約3割軽くする特殊効果がある。鎧そのものが軽くなるわけではないが、長い距離を歩くと疲れ方が違う。留め具もずれない。採掘も方天画戟の取り回しも、これなら問題なさそうだ。前に防具なしでタイタンとの戦いに巻き込まれたときは、さすがに少し肝を冷やした。今日は最初から奥へ行くつもりなので、きちんと着けておく。


入口の管理設備を通ってダンジョンへ入ると、オラクルライブが自動で始まった。配信はいつもの一人称視点だ。俺は以前自分の足で登録した55階層の中継地点を選んだ。

景色が切り替わる。広い岩の床と、向こうへ伸びる通路。中継地点は安全地帯なので、端の方で腰を下ろしていた探索者も、こちらを少し見ただけで仲間との話に戻っていった。


この先にどんな魔物が出るかは、前に歩いたときから大体分かっている。リンドヴルムにケルベロス、それにアースドラゴン。どれも初期剣で斬り合いたい相手ではないし、今日は戦いより採取が目的だ。武器を手に持って歩く必要はない。使うときに収納から取り出せばいい。

俺は両手を空けたまま、56階層へ下りた。

階段の先には、天井の高い岩洞が広がっていた。兜のライトを点けると、岩壁に走る大きな割れ目や、その間からのぞく細かな結晶が見える。足元には丸く削れた石も、砕けたばかりのような角張った石も転がっていた。

富士の熱い岩場とはずいぶん違う。こうして景色を眺めながら歩くだけでも面白いものだ。


剛志が欲しいのは、撮影機の窓材にする深層結晶だ。洞窟に見える結晶がどれも使えるわけではない。以前来たとき、少し奥の岩棚にまとまって露出しているのを見た覚えがある。

歩いたことのある道なので、《自動地図》には回廊の形と分岐が残っていた。俺は記憶と照らし合わせながら進む。


やがて細い回廊が左右に分かれた。どちらを通っても奥で合流するはずだが、左側から岩をこするような音が聞こえてきた。続いて、重いものが石を踏み割る音がする。

壁際から覗くと、広い通路を長い胴が横切っていた。暗い鱗を重ねた巨大な蛇竜。リンドヴルムだ。首を曲げて岩壁の方へ進んでいて、こちらにはまだ気づいていないらしい。

目当ての岩棚へは右の通路からも行ける。わざわざ近寄る用事はない。俺は引き返すでも走り出すでもなく、右側へ進んだ。岩を踏み砕く音が、しばらく背後で響いていた。


右の回廊は奥へ行くほど広くなった。浅い水たまりを避け、岩の出っ張りを回り込む。壁には白く濁った洞内晶があちこちに見えたが、探しているものとは違う。


少し先の横穴から、獣の唸り声が聞こえた。岩陰越しに覗くと、3つの頭を持つケルベロスが奥の広場をうろついている。まだこちらには気づいていない。行きたい方向とは逆なので、そのまま回廊を進んだ。


やがて左右の通路が合流し、階段状にせり出した岩棚が現れた。


ライトを向けると、岩の隙間から透明な結晶が伸びていた。少し奥にも同じようなものが見える。場所の覚えは間違っていなかったらしい。


「おお、あったあった」


近くで見れば、まっすぐなものも、途中で曲がったものもある。剛志は専門業者に切り出しと研磨を頼むと言っていた。現物を見ただけで製品に使えるかどうかまで俺が決めることはできないが、加工する余地がありそうな大きさのものを選んでおきたい。


収納から手袋とノミ、小さなハンマーを取り出した。最初の1本は、周囲の岩にちょうど亀裂が走っている。結晶に刃を当てないよう、少し外側から岩を崩していく。根元が緩んだところを両手で支えて外した。

手のひらより少し長く、向こうの岩がぼんやり透けて見える。これなら剛志たちも現物を見て判断できるだろう。


次の1本は斜めに埋まっていた。先を引いても動かない。岩棚に足を掛けて横から根元を覗き、ノミを入れる位置を変える。こちらは少し手間がかかったが、太い部分を折らずに取り出せた。そのあとも、長さや太さの違うものを選びながら、根元を傷めないよう採り出していく。


気づけば大小8個になっていた。剛志たちが現物を比べられるよう、1個ずつ布に包み、箱に入れて収納する。加工に向くかどうかは工房で確かめてもらえばいい。今日はこれだけ持ち帰ることにした。


作業道具を収納に戻して立ち上がると、腹が鳴った。

岩棚の近くは見通しが悪いので、少し戻って、曲がり角まで見渡せる広い通路を選ぶ。しばらく耳を澄ませたが、近くで動く気配はない。壁を背に腰を下ろし、水筒と握り飯を取り出した。ダンジョンで食べる握り飯は、いつもうまい。

食べ終えて道具を収納に片付ける。さて、次はどうしようか。


結晶は採れた。戻れば今日の頼まれ事は終わりだが、せっかく久しぶりに来たのだから、もう少し奥を見ておきたい。《自動地図》にはこの先の大空洞まで、以前歩いた経路が残っていた。

俺は通路の奥へ進んだ。


奥へ行くほど天井が高くなり、石が大きくなっていく。壁の一部が深く削れ、岩の塊が通路の脇へ寄せられていた。こういう跡は、昔からこの辺りにいた大物が歩き回ってつけることもある。

やがて、遠くから鈍い音が聞こえた。間隔を置いて地面が揺れ、砕けた石が転がる。

立ち止まって耳を澄ませる。ずいぶん重そうなやつだな。何がいるのか気になって、足は自然と先へ向いていた。


狭い岩の間を抜けると、急に視界が開けた。

高い天井の先は暗く、左右の壁も遠い。広い空洞の中央近くで、岩の塊のようなものがゆっくりと動いていた。盛り上がった背中、ごつごつした鱗、石を踏み砕く太い脚。長い尾が地面を引きずっている。


「ああ、アースドラゴンか」


アースドラゴンが首を持ち上げた。大きな頭がこちらへ向き、その目が俺を捉える。


この竜を相手にするなら、手持ちの初期剣では威力が足りない。俺は収納から剛志の打った方天画戟を取り出し、両手で柄を握った。


向こうもこちらを見ていた。





――オラクル・ライブコメント――


お、ユウサクさんの配信始まった。


今日はどこだ? 石造りの中継地点みたいだけど。


これ秩父じゃない? 前に遠征配信で見た気がする。


秩父の55階層だと思う。奥に伸びる通路が同じ形だ。


55階層!? そんな深いところから始められるのか。


本人が登録してる中継地点なら、そこへ移動できるよ。


秩父って確か70階層まであるんだよね。


55階層ってことはA級区域か。前回のタイタンクラスが普通の世界とかこわ。


もっと奥の方はS級なんだっけ。


ああ。奥へ行くほど危険になる。ただ、55階層でも十分危険。


俺、B級区域で仲間と探索してるけど、A級へ一人で行く気にはならん。


深層攻略ライブもよく見るけど、自分でA級に潜るのは別だよな。


あれ、これタイタンを倒した人?


旧『黎明』の神代咲雄さん。あのイベントの後で名前が広まった。


もともと名前は広まってたから、再発見じゃね?


あの時は防具を着てなかったけど、今日は手甲が映ってる。


手甲の板が重なってるな。何の素材だろう。


一人称だから胴体の防具は見えないな。手元だけでもずいぶん厳重そう。


ところで剣は? 何も持ってないよね。


タイタン戦で武器が急に変わったし、収納してるんじゃないか。


あのサイズの方天画戟をずっと持って歩いたら邪魔だろうしな。


でも魔物が来た時に間に合うのか? 俺なら先に持っておきたい。


中継地点を出た。もう安全地帯じゃないぞ。


56階層か。岩の割れ目が深いな。


ライトの先まで洞窟が続いてる。思ったより広い。


壁がきらきらしてる。結晶かな。


こんな景色を見ながら歩けるなら楽しそう。


景色はいいけど、A級の魔物が徘徊してるけどな。


ユウサクさん、全然しゃべらないね。


元々実況するタイプの配信者じゃなさそう。今のところ本当に歩いてるだけだ。


左から何か聞こえた。


ガリッて音、岩を削ってる?


止まった。左の通路を覗いてるな。


うわ、何か長いの通った。


でかっ。


リンドヴルムじゃないか?


うわ、リンドヴルム!


あの胴の太さ、やばいだろ。


前に別の国の討伐配信で見たリンドヴルムは、身体を曲げて一気に突っ込んできたぞ。


今は岩壁の方を向いてるな。こっちは見てなさそう。


気づかれる前に戻った方がいいんじゃ?


あ、右へ行った。


戦わないんだ。


それ思った。なんとなく方天画戟から某ゲームの脳筋キャラのイメージに引っぱられるw


俺ならあんなのを見た時点で、中継地点まで引き返す。


右も安全とは限らないけど、あの蛇竜に近づくよりはいい。


さっきの岩を砕く音、まだ聞こえる。結構近かったんだな。


白い結晶だらけだ。あれは採らないのかな。


見向きもしないね。別のものを探してる?


待って、今度は唸り声がした。


横穴の奥、動いてない?


頭が3つある!


ケルベロス?


ケルベロスだ!


今日、魔物の引きが強くない?


56階層だし、どっちも出現する種類ではあるけどな。


今の距離なら見つからずに通れそうだけど、近寄りたくない。


また避けた。


2体見て2回とも戦闘なし。討伐配信だと思って来た人は肩透かしかも。


逆にどこまで戦わずに進むのか見たくなってきた。


軽々タイタンを倒してたんだから、倒していけば良いのに。ドロップ品も出るかもしれないし。


そんな感覚で探索できるような階層じゃないだろう。


お、岩棚だ。


さっきの白い結晶とは違うのが生えてる。


透明だな。向こう側の岩が透けて見える。


「あったあった」って言った。これが目当てだったのか。


やっぱり採取か。


ここまで来て結晶採りとは。討伐しか見てなかったから新鮮だわ。


採掘配信なんて珍しくないだろ。深層でやるのは大変そうだけど。


手袋とノミが出た。


ハンマーも。道具まで全部収納に入れてるんだな。


周りの岩を少しずつ崩してる。根元から取るつもりだな。


採掘の仕事をしてるけど、透明な結晶は欠けたら目立つからな。あの手つきは慎重だと思う。


でも俺なら手元に集中してる間、背中が気になって仕方ない。


仲間と採取するときは、作業する人とは別に周囲を見る人を置くよ。


この人、一人なんだよな……。


取れた!


思ったより長い。


おお、きれい。


あれ、何の材料になるんだろう。


透明でも内部に傷があれば加工で割れることがある。映像だけじゃ品質は分からんよ。


今度は斜めに埋まってるのか。


引っ張っても動かなかったな。


ノミを入れる位置を変えた。無理に抜こうとしないんだ。


作業の丁寧さと戦闘の激しさの差がすごい。


いやあの人タイタン戦を見るかぎり、戦闘も丁寧だと思うぞ。


まだ採るのか。何個必要なんだろう。


大きいのと小さいの、両方選んでるね。


数えてたけど8個か。


一つずつ包むのはありがたい。うちの加工場でも原石がぶつかって欠けるのが一番困る。


俺、まだ収納を使えないから羨ましい。採掘の帰り道がどれだけ楽になることか。


道具をしまった。帰るのかな。


あ、移動した。さっきより通路が広い。


水筒?


え、握り飯。


ご飯の時間だったのか。


ここ中継地点じゃないよね?


56階層の通常通路だよ。さっきの魔物たちと同じ階層。


魔物怖くないのかよw


見通しのいいところへ移動して、壁を背にしてるのは分かる。


俺はA級の探索行くことあるけど、休憩するとき絶対に仲間と交代で見張りをする。


ソロの配信では一人で飯を食ってる人もいるぞ。


いるよ。ただA級の通常区画なら、俺には同じことをする度胸はない。


今、しばらく周囲の音を聞いてから座ってたよな。


そこまで確認しても、魔物が来ない保証はないからなあ。


俺はこっちで画面見ながらおにぎり食べてる。安全な部屋って最高だな。


こっちはいつ大きい音がするかと思って落ち着かない。


本人はうまそうに食ってるな。


俺も腹減ってきた。


何の具だろ。


明太子っぽい気がする。


なんで人の飯ってこんなに旨そうに見えるんだw


採掘より食事の場面の方がコメント増えてるの笑う。


食べ終わったか。よかった、何も来なかった。


あれ、帰らないの?


結晶はもう全部しまったよな。


別の採取場所に行くのかと思ったけど、道具は出してないね。


実況がないから目的が分からないのが気になる。


俺はむしろこういう探索の映像が好き。次に何が見えるか分からない。


壁の傷が深くなってきた。


あの大きな岩、通路の脇に押し寄せられてるぞ。


地面をえぐるほどの大物が通ったみたいに見える。


待って、今揺れた?


揺れたよね?


低い音がずっと続いてる。


この音、足音じゃないか。


さっきのリンドヴルムとは違う感じがする。


あの人、音の方へ進んでるよね。


え、近づくの?


採取は終わったのに、わざわざ見に行くのか。


大空洞に出た。奥が暗くて見えない。


中央のあれ、岩?


動いてる!!


脚があるぞ。


うわっ。


何だあれ。


アースドラゴン!?


アースドラゴンだ!


マジか!


でっっか。


逃げろ逃げろ!


いや、この人タイタンを倒した人だぞ。


それでもアースドラゴンと一人で向き合うのは別の話だろ!


一緒だろ!前回も一人で倒したんだから。どうせ、また簡単に倒すぞきっと。


あの前脚で踏まれたら地面ごと割れるぞ。


前に討伐配信で見た。地面割られてバランス崩してぺしゃんこになった人がいたわ。


あの広い空洞で、竜がこっちを向いたら逃げ道を探すのも大変そう。


ちょっと待って、本人なんて言った?


「アースドラゴンか」って言った。


それだけ!?


なんでそんな落ち着いてるんだよw


竜の頭がこっち向いた。


見つかった!


やばい。


ユウサクさん、武器まだ持ってないんだけど!


出た!


うわ、でかい武器!


方天画戟!


やる気じゃん


あの時も途中で出してたな。今度は最初から方天画戟か。


ずっと手ぶらで歩いてたのは、必要な武器をすぐ出せるからか。


今まで手ぶらだったのに、構えるまでが速いな。


竜が目の前なのに、柄を握る手がまったく慌ててない。


戦うの?


戦うつもりなのか!?


ここまで魔物を避けてたのに、今度は構えたぞ。


俺、さっきまで採掘を見てたんだよな……?


完全に戦闘の空気になった。


待て待て待て。


どっちが先に動く?


次の一歩、見逃したくない。


見てるこっちの心臓がもたん。


来るのか……!?


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