第1章12 竜との戦い
~咲雄side~
アースドラゴンの喉から、低い唸り声が響いた。大きな頭は、こちらへ向いたままだ。
俺は方天画戟の石突きを少し下げ、足を開いた。何度見ても、こいつの前脚は立派なものだ。太い爪が岩をつかみ、胴の重さを支えている。あれでまともに踏みつけられたら、防具を着けていてもただでは済まない。
リンドヴルムもケルベロスも、採取の途中だったからわざわざ相手にしなかった。だが、目当ての結晶はもう採った。久しぶりにアースドラゴンと出会ったことだし、少し身体を動かして帰るのも悪くない。
「さて、やるか」
身体強化を1.5倍で使う。頭の動きを確かめながら、竜の正面から少し右へ歩いた。
向こうも身体を回す。片方の前脚が岩床を離れ、太い爪がこちらへ向いた。
次は踏みつけか。
もう片方の前脚と後ろ脚が岩を踏みしめ、浮いた脚の肩が前へ出る。振り下ろす場所は、その動きで見当がついた。俺はさらに横へ移った。
直後、持ち上がっていた前脚が岩床を打った。
足元に鈍い衝撃が伝わり、踏みつけた場所から大きな亀裂が走る。砕けた石が跳ね、砂ぼこりが広がった。俺が立っていた岩床は、太い爪にえぐられていた。
「おお、元気だねえ」
地割れを避けながら、踏み下ろされた前脚の脇へ回る。太い爪は砕けた岩に掛かったままで、竜はまだその脚に体重を預けている。すぐには引けまい。
その隙に方天画戟を横から振った。狙うのは硬い鱗の表面ではなく、関節の内側だ。刃が鱗の隙間へ入り、硬い手応えのあとに深く食い込んだ。
アースドラゴンの巨体が揺れる。竜は後ろ脚で踏ん張り、傷ついた前脚を岩から引き抜いた。踏み直すと、その側の肩がぐらついた。脚は動くが、体重を支えるには頼りないらしい。
方天画戟を引き戻し、間合いを取り直す。竜の頭から目を離さず、次の出方を見た。
竜の頭が下がる。長い首が伸び、口が大きく開いた。並んだ牙は、近くで見るとずいぶん太い。あれに噛みつかれれば、鎧の厚いところだって安心はできない。
竜が噛みつく寸前、横へかわした。太い牙がすぐ脇を通り過ぎ、風が頬を打つ。生温かい息までかかる距離だった。
首の下へ潜りすぎれば、頭を戻されたときに厄介だ。俺はすぐ脇を抜け、竜の胴の側面へ踏み込んだ。柄を返し、鱗の重なりに沿って刃を走らせる。
硬い鱗の縁を割り、その下の肉を裂いた。竜が身体をよじったところで刃を引き抜き、無理に追わず間合いを取る。
後ろ脚が岩を踏み、太い尾が床をこすった。
そのまま身体を回してくる。前脚を痛めたとはいえ、これだけの重さを動かす力は残っている。尻尾に巻き込まれないよう距離を取り、岩の欠片を飛び越えた。
竜は身体を回した勢いのまま、低く首を伸ばしてきた。大きく開いた口が、こちらへ迫る。
巨体を丸ごと寄せるより、頭だけを突き出す方が速い。顎の付け根が、方天画戟の届く高さまで下りてきた。
だったら、そこだ。
迫る顎を横へかわし、柄を握る手を穂先側へ寄せた。近すぎて大きく振る余裕はない。刃を顎の下へ差し込み、手前へ強く引く。
顎の付け根に刃が食い込んだ。
肉を裂く感触が柄を通して伝わる。アースドラゴンは頭を跳ね上げ、聞き慣れない甲高い声を上げた。口を開けたまま激しく首を振る。
「悪いな。そこは痛いだろう」
激しく首を振るたび、傷ついた側の肩が沈む。前脚がまだ思うように踏ん張れないらしい。
竜は首を振りながら後ずさりを始めた。だが前脚の踏ん張りが利かず、なかなか距離が開かない。俺も足を運び、方天画戟の届く間合いを保った。
身体強化を2倍まで上げる。首を引かれれば穂先を外される。慌てて突かず、足の運びを見た。
傷ついた前脚が岩を踏んだ。竜は体重を支えきれず、前のめりに肩を沈める。引こうとしていた首もこちらへ下がり、胴につながる鱗の継ぎ目が見えた。
今だ。
右足を踏み込んで、方天画戟の穂先をその隙間へ突き入れた。厚い肉を貫いた先で、首の骨に当たる硬い手応えがある。左足も前へ送り、柄を押し込むと、抵抗が砕けて穂先がさらに深く入った。
竜の身体がびくりと跳ねた。
竜は首を反らせ、前脚で踏ん張ろうとしたが、すぐに力が抜けた。俺は穂先を引き抜いて横へ離れる。傷んだ前脚が岩を滑り、アースドラゴンはその場へ崩れ落ちた。
最後に頭がかすかに動き、それきり止まった。
やがて全身の輪郭が薄くなり、巨体は光の粒になって消えた。押しつぶされた岩床には、大きな亀裂が残っている。
「ふう」
身体強化を解く。方天画戟の刃に欠けたところはない。さすが剛志の打った武器だ。俺は方天画戟を収納にしまった。
竜の前脚が砕いた場所へ目をやると、亀裂が思ったより遠くまで伸びていた。あの一撃は、いくら防具があってもまともには受けたくない。
さて、何か落としてくれたかな。
竜の消えた場所へ向かうと、岩の上に真空パックの袋があった。中身は赤みの強い肉だ。手に取って表示を確かめる。
『アースドラゴンの肩ロース肉 1.5kg』
「おっ、肉か!」
これは嬉しい。アースドラゴンの肉は毎回手に入るものではないし、食べ応えがある。焼いたときの香りを思い出したら、急に腹が減ってきた。
昼飯はさっき食べたばかりなんだけどな。
この量なら4人でも十分楽しめる。ちょうど数日後には修司たちと夕食を取る約束があるし、久しぶりに皆で食べるのにいいじゃないか。
厚めに切ってステーキにしよう。最初は塩だけで焼いて、あとは好みで胡椒でも振ればいい。修司は昔から肉の焼き加減にうるさかったが、今もそうだろうか。
袋に傷がないことを確かめて、収納に入れた。
竜が消えた辺りを見回し、ほかに戦利品が落ちていないことを確かめた。
「よし、帰るか」
大空洞を出て、来た回廊を戻る。あれだけの大物が動き回っていたからか、この辺りにはほかの魔物の気配がなかった。壁の深い傷をたどり、採掘した岩棚を通り過ぎる。
《自動地図》で往路の道筋を確かめる。途中の分岐で耳を澄ませたが、リンドヴルムがいた通路からは音がしなかった。わざわざ確かめに行くこともない。俺は来たときと同じ回廊をたどり、そのまま55階層の中継地点へ向かった。
中継地点まで戻ると、ようやく肩の力が抜けた。探索者たちが休んでいる脇を通り、入口へ戻るための設備を使う。
景色が切り替わり、ダンジョン入口側の通路が見えた。管理設備を通って外へ出ると、オラクルライブも終了した。
夏の日差しが眩しい。
車へ向かいながら、収納の中身を思い返す。頼まれていた深層結晶は8個。アースドラゴンの肉は1.5kg。今日はなかなかいい探索だった。
家に帰ったら肉を冷蔵庫へ移そう。志保にも、今度の食事会に持っていくと連絡しておかないとな。
――オラクル・ライブコメント――
来た!!
足が上がった!
待って地面割れたぞ!?
うわああ!
あれ直撃したら終わりだろ。
今、踏まれる前に横へ動いたよな。
床が割れるのを見てから避けたんじゃないのか。
いや、脚が落ちる前に移動し始めてた。
踏み込む方向が分かったのか?
方天画戟を振った!
前脚に入ったぞ。
脚が切れた?
切れてはいない。動かしてるけど、さっきから踏ん張りにくそうだ。
あの脚を傷つけるだけでも相当な威力だろ。
頭が下がった!
噛みつく!
近い近い近い!
今、横にかわした?
胴にも当てた!
また離れた。あんな近くで戦うのかよ。
見てるだけなのに肩に力入るわ。
身体が回った。尻尾がでかすぎる。
追ってくる頭の方が速くないか?
うおっ、また刃が入った!
今度は顎の下?
声が変わった。かなり効いたんじゃないか。
アースドラゴンが下がってる。
あ、前脚が沈んだ!
突いた!
うわっ!!
何が起きた!?
首の付け根に入ったように見えた。
倒れた……。
え、もう?
消えた! 討伐した!
マジかよ!
本当に1人で倒したぞ!
タイタン戦も見たけど、今回の方がどこを狙ってるのか分かりやすかった。
前脚、胴、顎、最後に首か。大きな攻撃は4回?
俺も4回に見えた。全部当ててるのがすごい。
A級のアースドラゴンって、こんな短時間で倒せる相手だったっけ。
違う。普通は前脚の一撃を防ぐだけでも大仕事だぞ。
最初に地割れが起きた場所、まだ亀裂が残ってる。
防具は画面からじゃよく分からないけど、方天画戟は刃も無事みたいだな。
あの方天画戟、前のタイタン戦で持ち替えた武器と同じものかな。
形は似てるな。映像だけじゃ同じものか分からんけど。
さっきの首への突き、もう1度見たかった。
ユウサクさん、アーカイブは残さないんだよね。
あんな一瞬で決まるとは思わなかった。見返せないのが惜しいな。
それで、何が落ちた?
袋?
肉だ!
アースドラゴンの肩ロース肉!?
1.5kgって書いてある。
そんなものが落ちるのか。初めて見た。
いや、アースドラゴンの肉はあるよ。珍しいけど。
「おっ、肉か!」って、めちゃくちゃ嬉しそうw
戦ってるときより声が弾んでないか?
あんな竜を倒した後に、真っ先に肉を喜ぶのかよ。
俺も食ってみたい。どんな味なんだろ。
さっきのおにぎりも旨そうだったし、また腹減ってきた。
袋しまった。今度こそ帰るのかな。
来た道に戻ってるね。
あの場所から中継地点まで歩いて戻るのか。
そうだよ。途中からいきなり地上には帰れない。
55階層に戻った。
無事でよかった……。こっちはずっと落ち着かなかったわ。
本人はいつもどおり歩いてたけどな。
入口側に戻った。もう外に出るのかな。
今日は結晶を採ってたのに、最後は竜と戦うことになるとはな。
とんでもないものを見たな。




