第1章09 先生役は柄じゃない(前編)
~咲雄side~
川越の学校で話をする日が決まったのは、志保に返事をしてから数日後だった。
講話が終わったら、秩父にも足を延ばすつもりだ。三浦工房の真紀さんには、関東へ行く日を伝えてある。結晶を採りに潜る日はまだ決めていないので、そちらは予定が固まってから連絡することにした。
学校の駐車場に車を止め、受付で名前を告げる。廊下にはダンジョン実習の写真が飾られていた。盾を構える学生や、岩場で地図を広げる学生たちが写っている。
俺が探索を始めた頃には、こういう学校そのものがなかった。誰かに基本を教わってから潜れるのは、いいことだと思う。
「神代さんですね。お待ちしていました」
迎えに来てくれたのは、三浦と名乗る男性教員だった。先日のイベントでは大庭さんたちの実習を引率していたそうだ。
「今日はよろしくお願いします。学生には、先日の戦闘で何を見ていらしたのかを聞かせていただければ」
「ええ。ただ、人前で話すのは慣れていなくてね。おかしなことを言ったら助けてください」
「そのときは私から質問しますよ」
ありがたい。修司や志保なら大勢の前でも平気そうな顔をするが、俺はこういう役をずっと避けてきた。
階段を上がり、教室へ向かう途中で声をかけられた。
「あっ、神代さん!」
振り向くと、大庭陽菜さんが小走りで近づいてくる。先日の拠点防衛戦で一緒に戦った女の子だ。あのときは緊張で顔をこわばらせていたが、今日はずいぶん元気そうだ。
「大庭さん。あれから変わりありませんか?」
「はい! 今日は来てくださって、ありがとうございます」
「陽菜、早いって」
後ろから女の子と男の子が追いついてきた。
「同じ班の森川夏帆と柳瀬直樹です。あの日は実習中に離ればなれになっちゃったんですけど、2人とも無事でした」
「森川です。陽菜からいろいろ聞きました」
「柳瀬です。よろしくお願いします」
「神代咲雄です。皆さん、無事で何よりでした」
3人で顔を見合わせ、笑っている。あの騒ぎのあとで、いつもの友達とこうして並んでいられるのは、きっと嬉しいことだろう。
「あの、神代さん。前に聞こうと思っていたことが……」
大庭さんが口を開いたところで、三浦先生が教室の扉を開けた。
「大庭さん、その話は中で聞いてもらえるかな。ほかの皆さんにも参考になると思うから」
「あ、はい。すみません」
「俺も助かりますよ。何を話そうか、まだ迷っていたところですから」
教室には30人ほどの学生が集まっていた。端末を机に立てかけている人もいれば、ノートを開いて待っている人もいる。大庭さんたちは前の列に座った。
三浦先生が俺を紹介する。先日の拠点防衛戦に参加し、大庭さんと同じ組になった探索者。続けて昔の『黎明』の名前まで出されると、後ろの席から声が上がった。
そんな昔のことを覚えていてくれるのか。ありがたいが、少々照れくさい。
「神代咲雄です。普段は1人で好きな場所へ潜っています。今日は先生から、あの戦いで何を考えて動いていたのかを話してほしいと言われました。俺が答えられることなら何でも聞いてください」
どこから手が上がるかと思ったら、窓際の男子学生だった。
「タイタンと戦うとき、どうして防具を着けていなかったんですか?」
ああ。やはりそこが気になるのか。
「最初からタイタンと戦うつもりじゃなかったんです。富士のダンジョンへ、マグマイグアナの肉を探しに行っていましてね」
「……肉ですか?」
「ええ。夕飯にしようと思って」
何人かが顔を見合わせた。どうやら、夕飯のおかずを探してダンジョンへ行く人間が珍しいらしい。
「でも、深い階層なら防具を着けた方がいいですよね?」
「もちろん。皆さんは着けてくださいね。俺はあの階層の魔物なら、今のレベルとスキルで十分対処できると思っていたんです。《回避》も《耐衝撃》もありますし、多少攻撃を受けても大きな怪我にはなりにくい。それに、防具を着けると少し動きにくいでしょう」
「それでも、万が一ってことは……」
「ありますよ。ですから、俺が言うのも変ですが、着けた方が安全です。まあ、あのときは着込むのが少し面倒だった、というのもありますね」
教室のあちこちから小さな笑い声が上がった。三浦先生は苦笑している。学生に勧められる支度ではないと、俺も分かっている。
「じゃあ、防具は持っていなかったんですか?」
「いいえ。収納には入っていました。ただ、転移してすぐ戦闘になりましたからね。武器は取り出せば使えますけど、防具は着て留め具を締める時間がいる。敵が次々に来る中では、なかなか着けられませんでした」
「タイタンが出たときもですか?」
「ええ。あの腕をまともに受けるのは嫌でしたよ。あのときは、さすがに防具を着けておけばよかったと、少しひやひやしました」
俺がそう言うと、質問した学生は意外そうな顔をした。俺だって痛い目に遭うのは御免だ。今回は運よく、余計な怪我をせずに済んだ。
「じゃあ、最初の剣はどうしてあんなに簡単なものだったんですか?」
別の学生が尋ねた。
「最初に神様からもらった直剣ですよ。丈夫で手に馴染んでいますし、ゴブリンやオークならあれで十分でした」
「でも、タイタンが来たら替えましたよね」
「はい。直剣でも傷くらいはつけられるでしょうが、あの大きさの相手を倒すには時間がかかります。柱のそばで暴れられる前に、脚を傷めて動きを鈍らせたかったんです」
俺は両手を離して、長い柄を握る真似をした。
「あのとき使ったのは方天画戟です。三浦工房の剛志さんに作ってもらったものですね。重いですけど、長さも刃の大きさも、ああいう相手には向いているんですよ」
「魔法の付いた武器ですか?」
「いいえ。あれは刃の形や重さ、折れにくさを考えて作った武器です。剛志さんに『それだけです』なんて言ったら、作るのにどれだけ苦労したと思ってるんだ、と怒られそうですけど」
つい工房での顔を思い出して笑う。あの人なら重心の話だけで授業を1つできそうだ。
「当日、陽菜さんのライブを見ていたんですけど、武器を替えたあたりから動きが速くなりました。身体強化も変えたんですか?」
先ほどとは別の男子学生が手を上げていた。
「よく見ていましたね。あのときは全身の身体強化を2倍まで上げました」
「それなら、重い武器でも楽に使えるんじゃないですか?」
「振る力は増えます。でも、振り下ろしたものは止めなきゃいけませんし、次の攻撃に移るにはまた向きを変えないといけない。腕や腰はちゃんと疲れるんですよ。俺も翌朝までだるかったです」
学生は、自分の腕を見てから隣の友人の方を向いた。どうやら、重い武器を使ったことがあるらしい。
三浦先生が俺に尋ねた。
「神代さん、攻撃魔法で対応する方法もありましたよね。あのときは、どうして武器を選ばれたのでしょう」
「もちろん、魔法を使う手もありました。遠くから攻撃して注意を引くこともできたと思います。ただ、俺がまず止めたかったのは、あの巨人の足です」
「足、ですか」
「ええ。あいつが柱へ歩いて行くのを止めたかった。だから同じ脚へ何度も傷をつけて、踏ん張れなくしてやろうと思ったんです。方天画戟なら、腕を振り回されても少し離れたところから脚を狙えます。身体強化で間合いを出入りしながら攻撃するのには、あの場では使いやすかったですね」
「魔法ではできなかったんでしょうか」
「できたかもしれません。ただ、使い慣れた武器で、狙った場所へ繰り返し攻撃する方を選びました。絶対にあれが正解だったという話ではないですよ。別の場所や別の敵なら、魔法を使ったかもしれません」
そのとき、大庭さんが手を上げた。
「神代さん。私、あのときからずっと聞きたかったことがあるんです」
「ええ。何でしょう」
「タイタンが出たとき、神代さんは1人で向かいましたよね。私たちはそのまま柱のところで戦っていました。でも、まだ会ったばかりなのに、どうして私たちだけで守れると思ったんですか?」
なるほど。それは気になるだろうな。
「守り切れると分かっていたわけじゃありませんよ。誰がどのくらい戦えるのかも、最初は知らなかったですから」
「それでも、何か見て判断したんですよね」
「はい。あの戦いの間に、だんだん分かってきたことがありました」
口で説明するだけでは分かりにくい。俺が黒板へ目を向けると、三浦先生が頷いた。
「戦っていた場所を描きましょうか」
「お願いできますか。真ん中に柱があって、通路が正面と左右に3本です」
先生は柱を四角く描き、3方向から通じる道を付け足した。細かな幅は違うが、どこから敵が入ってくるかは分かる。
「最初に目を引いたのは、正面の盾と剣の2人です。深沢さんが盾で受け止めた敵へ、坂井さんが横から斬り込んでいました。敵が増えても、深沢さんが受けている間に坂井さんが回り込む。あの連携が崩れなかったんですよ」
三浦先生が正面の通路の前に、盾と剣の印を書いた。
「その2人は、前から一緒に潜っていたんですか?」
「そう聞いたのは、戦いが終わってからです。あのときは、初対面なのに息が合うなと思っただけでした」
俺は左の通路へ指を向ける。
「村瀬さんという弓の青年は、矢を撃つたびに立つ位置を変えていました。ほかの通路も見ていて、左から敵が来たときには声を出して知らせてくれた。正面の2人が目の前の敵に集中していても、別の方向を見ている人がいたんです」
「村瀬さん、矢を撃ちながら見てたんですよね」
大庭さんが頷いた。
「ええ。俺も助かりました。もちろん、俺自身も通路に響く足音を聞いていましたよ。右から敵が来ると分かったときには、村瀬さんに知らせたこともありました」
「《危険察知》のスキルで分かるんじゃないですか?」
学生の1人が尋ねる。
「俺も持っていますが、自分へ及ぶ危険の前触れを感じるものです。遠くの通路に何体いるか、どちらから来るかを教えてくれるわけじゃありません。あの場所では音がよく響きましたし、仲間の声もありましたからね」
三浦先生が黒板へ戻り、柱の裏から左右へ短い矢印を引いた。
「では、神代さんはこの辺りを動いていたんですね」
「そうですね。柱の裏へ回ろうとする敵を止めて、手の足りなそうな方へ移る。俺の立ち位置は何度も変わりました。そこに1人分の印を置くより、動いた道を描く方が近いと思います」
先生は矢印をもう1本足した。俺が正面にいる2人の後ろへ動き、また反対側へ回った形になる。
大庭さんが黒板を見つめていた。
「じゃあ、私は……」
「大庭さんは、柱の近くにいましたね。自分の前へ来た敵を槍で止めていたでしょう」
「でも、最初は深沢さんたちに助けてもらってばかりでした」
「そうでしたね。あの状況で、いきなり上手に戦える人はそういません。ただ、途中からは自分でゴブリンを倒していました。敵を追いかけて遠くへ行ったりもしなかった」
彼女は、しばらく黙って黒板の柱を見ていた。
「あの場所で大事なのは、誰が1番たくさん倒すかじゃなかったんです。大庭さんが柱へ近づく敵を止めてくれていれば、その間、俺はほかの方へ動ける。初めから誰か1人を頼り切りにしなくて済んだんですよ」
「……私のことも、見てたんですね」
「もちろん。あの場には5人いたんですから」
大庭さんは黒板から俺へ目を戻した。何か言いかけ、結局小さく頷いた。先日、何度も礼を言ってくれたときとは少し違う顔だった。
「では、その状態でタイタンが現れたわけですね」
三浦先生が広場の奥に、ひときわ大きな丸を描いた。
「もし全員が柱の近くであの巨人を迎え撃ったら、どうなったでしょう」
「柱まで来られてしまいますね。あの腕を振られたら、巻き込まれる人も出たかもしれません」
前の列の学生が答えた。三浦先生が俺を見る。
「はい。俺もそれが嫌でした。だから柱へ来る前に引き受けて、外へ注意を向けさせました。タイタンの相手ができるのは俺だと思いましたし、それまでの敵なら残った4人で対処できる見込みがあったからです」
ここで、後ろの席から別の手が上がった。
「でも、巨人を相手にしている間に、柱の方が危なくなったらどうするんですか?」
いい質問だ。あのときも、そこが気になっていた。
「まず見なきゃいけないのは、タイタンが柱へ戻ろうとしていないかどうかです。あいつがそちらへ向き直るなら、先に進路をふさがないといけません。小さい敵が柱へ入り込んだときは、俺にも見えましたが、タイタンからすぐ離れる方がかえって危ないと思いました。それで皆さんに声をかけたんです」
大庭さんが顔を上げる。
「『柱の近くの小さいのをお願いします』って言われたときですね」
「そうです。大庭さんが前へ出て、そのあと坂井さんも来てくれた。もし誰も止められずに柱が壊されそうなら、俺も動き方を変えるしかありません。ただ、巨人に背中を向けて走れば追いかけてこられるかもしれない。何を先に止めるかは、その場で決めるしかなかったんです」
学生は黒板の巨人と柱を交互に見た。
「じゃあ、4人が絶対に守れると思っていたわけじゃないんですね」
「ええ。守ってくれると助かる、とは思っていましたよ。実際、皆さんが守ってくれましたからね」
大庭さんが手を下ろすと、隣の森川さんが身を寄せた。
「この前の戦闘実習でも、直樹が前の相手役を追いかけたとき、後ろが空いたでしょう」
「あれは気づかなかったんだって。夏帆が声をかけてくれたから戻れたけど」
「私も直樹を見ていて、別の相手役が陽菜の方へ回ったのを見落としたんだよね」
「私も、気づいたときにもっと早く声を出せばよかったと思ってた」
3人は顔を寄せたまま、次の実習のことを話し始めた。前の方なので俺にも声は届いたが、ここは3人で考えてもらう方がよさそうだ。
俺は黒板に残った矢印を眺めた。学生の頃にこうした授業があれば、俺も少しは楽ができただろうか。いや、あの頃の俺はきっと、人の話を聞き終わる前にダンジョンへ行きたがっていたな。
「神代さん、もう1ついいですか?」
柳瀬君が今度は教室全体へ聞こえる声で尋ねた。
「昔は『黎明』の4人で探索していたんですよね。その頃は、誰がどこを見るか、最初から決まっていたんですか?」
「いいえ。4人だって、最初から何も言わずに動けたわけじゃありませんよ。行きたい方角も、先へ進むか戻るかも、よく相談しました」
「宮坂総理や、高瀬会長とも?」
「ええ。修司は今では総理大臣、高瀬は日本探索者協会の会長ですけど、あの頃は2人とも一緒に迷宮を歩いていた仲間でしたからね」
俺が答えると、ほかの席からも手が上がった。さっきまで戦闘の図を見ていた学生が、今度は昔の仲間の方を知りたがっている。
「まだ少し時間があります。当時の皆さんがどんなふうに探索していたのかも、聞かせていただけますか?」
「そうですね。修司たちの話なら、いくつか覚えていますよ」
高瀬が聞いたら、余計なことまで話すなと言われるかもしれない。まあ、あいつも俺のことなら好き勝手にしゃべるだろうし、お互いさまだ。
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