第6話 この世界は勇者の力があればスローライフじゃね?
その日の夜。
「さて、これからどうしたものか」
俺は真っ暗な自室のベッドの上で、座禅を組んで呼吸を整えながら――勇者の呼吸法――現状と今後の方針について考えていた。
まず大前提として、俺には勇者の力がある。
大魔王すらも倒しうる、人類が手にするものでは文字通り「最強無比の力」だ。
そしてこの世界には倒すべき魔王はいない。
もちろんこの世界は完全平和とは言えないが。
が、少なくとも人類存亡の危機からは程遠い。
(俺自身は世界から争いがなくなることはないと考えている。
知性とは争いをなるべく起こさないために生み出された人類の適者生存の結果であり、時に争いの代替物ですらあると思うからだ)
「ま、とりあえずは高校生活を満喫かな」
俺は異世界の勇者であると同時に、入学したばかりの高校1年生でもある。
性格や言動はかなり勇者ユータリアに寄っているが、あくまで自認は伊佐見勇太なのだ。
「っていうか、よく考えたら今の俺ってある種のスローライフだよな?」
さっき高校の宿題をやったんだが、全教科すいすいと片付けることができた。
ずっと苦手にしていた英語もスラスラと解ける。
なんなら習っていないところでも、パッと理解できてしまった。
「俺の持つ勇者の力は『愛と知の女神エステル』から与えられたものだからか? 明らかに勉強への理解度が高まっているな」
高校になって増えた宿題量に四苦八苦していた、昨日までの俺とは大違いだ。
「これって学歴社会においては圧倒的なチートだよな」
少なくとも高校生活は楽勝になる。
学生生活でしんどいのはやはり勉強と人間関係。
その1つを完全に余裕でこなせるのはありがたすぎる。
ちなみに人間関係はこれまでヘタレ陰キャだったのもあって、正直ここまではあまりうまくはいっていない。
友だちと呼べるような仲のいいクラスメイトいないし、部活もやっていないので縦の繋がり――いわゆる先輩・後輩関係もない。
とはいえまだまだ入学したばかり。
既にクラス内のグループは固まりつつあるが、まだ何とでもなる。
実際に今日はクラスで一番人気の香澄と仲良くなれた。
偶然とはいえ香澄の信頼を得たのは大きい。
ここを起点に人間関係はいくらでも改善していけるだろう。
香澄といえば――
「せっかくだし連絡ぐらい入れておくかな?」
連絡先を交換したんだから、今後の関係性のためにも一言くらいメッセージを入れてもいいかもしれない。
人間関係は小さな積み重ねが大事だからだ。
「……ま、俺からはやめておこう」
香澄は俺に助けてもらった恩義を感じている様子だった
助けた側と助けられた側。
歪な人間関係をことさら相手に意識させることは、俺は好きではない。
そんな歪な関係が生み出すのは、対等ではなく上下の関係だから。
ゆえに香澄から連絡があればやりとりはしようと思うが、俺から連絡を入れるのは自重しよう。
恩着せがましいのは性分じゃない。
「ああ、そうだ。あとは運動だな。これはやりすぎないようにしないとだ」
勇者の力を本気を出したら世界記録を楽勝で更新してしまう。
さすがにそれはまずい。
運動に関してはかなり自制が求められるだろう。
とりあえず考えをまとめるとだ。
「これって俺が勇者引退後にやろうと思っていたスローライフだよな?」
俺はそう結論するに至った。
今の状況はきっと愛と知の女神エステルが俺に用意してくれた、勇者として頑張ったご褒美に違いない。
完全な楽観論だが、転生した理由なんてわかりようがないので、今はこれでいい。
もし何かあっても、その時に対処すればいいだけのこと。
というわけで俺は勇者の力をいい感じに使って、高校生活をゆるりと楽しむことを決めた。
「さて、明日から悠々自適な高校生活を満喫するぞ」
俺は瞑想を終えると、ベッドに横になった——
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