第20話 勇太、熊谷を諭す(1)
「はぁ、はぁ、はぁ……伊佐美」
「よ、熊谷。ナイスラン」
俺は軽く右手を挙げて、走り終えた熊谷をねぎらった。
「はぁ、はぁ……あれだけ圧勝しておいてなんだそれ。嫌味かよ」
「まさか、賞賛だ」
「はぁ、はぁ……賞賛だって?」
荒い息を吐きながら怪訝な顔を向けてくる熊谷。
「特に最後はいい粘りだったぞ。どれだけ離されても最後まで諦めなかった。最後まで負けてたまるかって気迫が伝わってきた。本当にナイスランだった」
そのせいで俺は目立ちたくないってのに、4分を切る記録を出さなくてはいけなくなってしまったのだ。
まったくいい迷惑だよ(とか思いつつ、ちょっと嬉しくもある俺だ)。
俺はこういう諦めの悪い奴が嫌いじゃないんだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……。それマジで言ってんのかよ?」
「もちろん大真面目だ。いい走りだったぞ」
俺は改めて熊谷に賞賛の言葉を送るとともに、右手でサムズアップした。
「……チッ、なんか調子狂うな。つーか、なんでそんなに速いんだよ。わけわかんねぇよ。オレはマジで長距離走には自信があったんだぞ。陸上部の長距離専門の奴にだった負けたことはなかったんだ」
「こう見えて運動は得意なんだ。意外だろ?」
「得意とか意外とかそういうレベルじゃなかったろ。先生にタイムを聞いたら3分台だって言ってたぞ。ああクソ、そんな速い相手なら勝てるわけねーよな。まったくバカな勝負を持ち掛けちまったもんだぜ」
何気ない一言。
だが俺はそこに潜む問題点を鋭く指摘した。
「違うな。お前は俺じゃなくて、自分との戦いに負けたんだ」
「えっ?」
きょとんとした顔を見せる熊谷に、俺は言葉を続ける。
「お前は俺が香澄を名前で呼ぶのに難癖をつけた。自分が上へと進もうとするんじゃなく、俺を自分と同じところまで引きずり降ろそうとした。そもそもそれが間違いだ。お前は俺に負けたんじゃない。他人の足を引っ張ってやろうっていう、お前自身の弱い心に負けたのさ」
「あ――」
「世の中、上には上がいる。当たり前だ、世界は広い。サッカーならメッシやエムベパ、ハーランド。挙げればキリがないだろ? ステージが上がれば強いヤツとはいくらでもぶつかる。お前はそのたびに相手を引きずり降ろそうとするのか?」
「それは――」
痛いところを突かれた自覚があるんだろう、熊谷が視線を泳がせた。
「強いヤツと当たったら、相手を引きずり下ろすんじゃなくて自分を高めろ。お前にはそのための才能がある。その素晴らしい才能を、諦めない粘り強い闘争心を、もっと真っすぐに伸ばしてやろうぜ?」
熊谷の運動能力の高さは、俺を除けばぶっちぎりの速さでゴールしたのを見れば一目瞭然だ。
なにより気持ちが強いヤツは何をやっても成功する。
これは勇者として長年・最前線で戦ってきた俺の持論だった。
極限状態において、強い意思は時に圧倒的な技術差すらも覆してしまう。
「伊佐美――」
「競技中の取り組み自体は間違っていない。だからそれ以外、たとえば競技に入る前だったり、普段の行いや日常の過ごし方を少しだけ変えてみないか?」
「…………」
「強いヤツは強いだけだ。でもカッコいい奴は、強くなくてもカッコいいんだ。せっかくなら、強くてカッコいい奴になってみないか?」
「強くてカッコいいやつ――」
「俺が言いたいのはこんなとこかな」
伝えたいことを全て伝えた俺は、そこで口を閉ざした。
上辺だけでなく熊谷の心に伝わればいいなと思って、後はただただ熊谷の目をしっかりと見つめた。
熊谷も俺を見つめ返してくる。
男同士で見つめ合うこと数秒、
わずかな沈黙の後に、
「伊佐美の言うとおりだ。オレが間違ってた。調子に乗っていたのはオレの方だった。いろいろムカつくことを言っちまって悪かった。この通りだ」
熊谷はキリッとしたいい顔で言うと、ガバっと頭を下げた。
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