第17話 体力テスト(1)「サッカー部の1年生エース熊谷」
それから香澄はお弁当を作ってきてくれるようになり、登下校も一緒になることが増えた。
(どちらも毎日ではない。香澄にはキラキラグループの女子の付き合いがあるからだ)
そんな折、事件――ってほどのもんではないが――が起こった。
体育の時間のことだ。
その日は体力テストの長距離走がある日で、授業開始から帰宅部や文化部を中心にテンションが目に見えて低い中、
「よお、伊佐見。ちょっといいか」
スタートラインへと移動する途中で、俺は不意に声をかけられた。
声をかけてきたのはまだ一度も話したことがなかったクラスメイトの男子で、名前は確か――、
「熊谷だったよな? どうした、何か用か?」
男子イケイケグループの中心人物で、背が高くてイケメン。
たしかサッカー部の一年生レギュラーだったかな。
カッコいいだのなんだの、よく女子に噂されているモテ男だ。
そんなイケてる熊谷は後ろに数名の取り巻きを引き連れながら、俺の隣に並ぶと言った。
「お前さ、あまり調子に乗るなよな」
初対面とは思えないきつい口調、不愉快そうな声色。
どうやら友好的な接触というわけではなく、絡まれているらしい。
「開口一番、穏やかじゃないな。そもそも俺は調子に乗っているつもりはないんだが?」
誰に迷惑をかけるでもなく、俺はいたって普通の高校生活を送っているはずだ。
しかし熊谷は俺の返事が気に食わなかったのか、チッと小さく舌打ちをした。
「おいおい、知らんぷりはやめろよな。牧村さんとのことに決まっているだろ」
「香澄がどうしたんだよ?」
「それだ。なにをいきなり牧村さんを名前で呼んでんだって言ってんだよ」
「香澄が呼んでくれって言ったからそう呼んでるだけだ。それ以上でもそれ以下でもないさ」
「は? 牧村さんが名前で呼んでいいって言っただと? 嘘言ってんじゃねえよ」
「俺は嘘は言わない。それに俺が香澄をどう呼ぼうが、熊谷には関係ないと思うがな?」
「はぁ? なんだそれ。マジでお前調子乗ってんな。ろくに運動もできない帰宅部のくせによ」
別に香澄を名前呼びすることに、運動は関係ないだろ。
何でもカードゲームの強さで決まる遊☆戯〇王のスポーツ版の世界にでも生きているつもりか?
だいたいお前も名前で呼びたいなら呼べばいいだろ。
香澄はフレンドリーだし多分OKしてくれるんじゃないか?
そう言おうと思ったが、熊谷は鼻息も荒く聞く耳を持ってくれなさそうだったので、俺は少し思案して違う言葉を口にした。
「運動ができたら名前で呼んでもいいのか?」
「は……?」
「お前より俺が運動ができたら、牧野さんを香澄って呼んでいいのかって聞いてるんだ。例えば今からやる1500メートル走で俺が勝ったら、名前で呼んでいいんだな?」
俺の提案に、熊谷は一瞬ポカンとした顔をすると、
「はんっ! 俺はサッカー部の1年生エースだぞ! お前は知らないだろうが、サッカーってのは走って走って走りまくるスポーツだ。走りじゃ陸上部にだって負けやしねぇ! 帰宅部のお前ごときに1500走で負けるかよ!」
バカにしたように言い放った。
取り巻きたちが呼応して、失笑のようなクスクス笑いをする。
「なら勝負するか。負けたら金輪際、香澄とは呼ばない。だが俺が勝ったら今後はイチイチくだらないことで突っかかってくるなよな?」
「チッ、口だけは一人前みたいだな。いい度胸だぜ。おまえら聞いたな? 今から俺と伊佐美で勝負する。お前らは証人だ」
「たしかに聞いた」
「聞いた聞いた」
「つーか帰宅部がサッカー部エースに長距離走で勝つとか、マジウケるんだけど」
熊谷の取り巻きたちがやいのやいのと囃し立てくる。
「へへっ、最低限1位だけは確保して適当に走るつもりだったが、気が変わったぜ。お前は周回遅れにして恥をかかせてやる!」
「じゃあそういうことで」
というわけで俺と熊谷は1500m走で勝負することになった
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