〈4〉狩猟本能に目覚めてしまいましたが、“狩る”のはまだあなたではありませんわよ?
結局、使用人たちにお茶の場を整えてもらい、それから詳しい話を聞いていただくことになったのですが……そのあまりの手際の悪さに言葉を失いました。
「その、すまない……」
私が驚いていると、気まずそうにクロード様がぽつりと呟きます。その時、私の後ろを使用人が通り過ぎたのですがあからさまに不慣れな新人のメイドのようでした。伯爵家の私が王家の問題に口を出すべきではないのでしょうが、使用人のレベルが明らかに低すぎる気がします。
クロード様はまだ子供です。いくら嫌われ王子だからって、本来なら数人の侍女に指示役の乳母や優秀な執事、それに護衛だってつけていなくてはいけないはずなのに、どう見ても使用人の数が少なすぎませんか。
いえ、本当はさっきからおかしいとは思っていました。だって、いくら急な王命があったからとはいえ、伯爵令嬢が突然第三王子であるクロード様を訪ねて押しかけてきたら主君を守るためにもっと警戒するはずですから。
私が先ほどまでクロード様におこなっていた行為は本来ならなかなかの不敬ですし、護衛の騎士から止められてもおかしくないはずでしたのに……かなり自由にやってしまいましたもの。一応これでも反省はしておりますのよ。後悔はしていませんが。
つまり、それくらいクロード様が放っておかれているということです。それに、今いる使用人たちにも向上心が見られません。普通は王族に仕えたらもっとやる気を出して頑張るものですのに、今も面倒くさそうにお茶のセッティングしているのがバレバレでしてよ。
たぶん、これまでクロード様を訪ねて誰かが来るなんてほとんどなかったのでしょうけれど……それにしたっていくらなんでも酷い扱いですわ。
やっとお茶の準備が終わったものの、出されたお茶はぬるくて渋いし、お茶請けのお菓子もありません。これは、うちの伯爵家の使用人の方がはるかに優秀そうですね。
でもまぁ、クロード様が何も言わずにいるのでここは私もおとなしくしているつもりです。……《《今はまだ》》ね。
それにしても、カクカクシカジカが通じないなんて大誤算でしたわね。我が家では大概がこれで通じますのに。
いえ、対面してお茶を飲みながらの会話は楽しかったですわよ。例えその内容が“あんなこと”でも。なにせ最推しのご尊顔を拝みながら飲むお茶はどんな味だろうと最高です。
ただ……なぜか、ものすごく(心の)距離があったような気がしましたけれど。どうしてかしら?
「……とにかく、陛下からの王命だと言うことはわかった。ヴィッツ伯爵令嬢……姉が本当に申し訳ない事をした……」
軽い感じで私がここに来た経緯をお話したのですが、やはり“自分の姉が婚約者を寝取った上に無理矢理婚約破棄させてキズモノにした挙げ句に父親の権力を使って嫁に出させた。”と言うのはそれなりにショックだったようです。複雑な顔で頭を下げてこられましたが、決してクロード様が謝るようなことではありませんのに。
「あら、あまり気になさらないで下さいませ。私的にはそんな簡単に浮気をするような殿方と婚約破棄が出来て逆に喜んでおりますし、なにより……こうしてクロード様とご縁が結べましたわ。私にとってこの縁談は、とても幸運な事ですのよ?」
にこりと微笑みながらそう言えば、クロード様は「な、何を言って……?!」と、今度はやたら慌て出して視線を泳がせておられます。どうしたのかしらと首を傾げかけて、あぁ、と思い当たりました。
……もしかしなくても、今までクロード様はどちらかと言うと家族を含め、他人ともあまり関わりを持たずに暮らしていらしたから戸惑っていらっしゃるのかもしれないわ。この使用人たちではあまり期待出来ないですしね。
「そうですねぇ……。どう言えば伝わるでしょうか?
実は私はクロード様のことをとてもお慕いしていて、この結婚を心から喜んでいるのです。クロード様からしたらこんな年上の年増女などご迷惑でしょうが、もしもここで拒否されてしまうと後はイカれた老人の後妻か落ちぶれた修道院くらいしか行く当てがございませんの。どうか、ご慈悲を与えて頂きたいのです……」
テーブルを押しのけ、椅子を蹴り倒す勢いでぐいぐいとクロード様との距離を詰めます。押し迫りながら懇願すれば、いつの間にか椅子から転がり落ちていたクロード様は顔をひきつらせながら一歩二歩と後ずさりし出しました。……こんな状態でも使用人たちはチラッとこちらを見るだけのようです。もしも私がクロード様の命を狙っていたらどうするのかしら?いえ、ハートなら狙ってますけどね?
それにしても、人間の本能って獲物に逃げられると追いたくなるものなのですのね。私ったら、はしたないと思いつつやめられません。
しばらくはジリジリと一定の距離を保ちながらの攻防戦が続きましたが、クロード様の背中が壁に押し当たり動きが止まりました。
狩猟本能に目覚めた私がこの機会を逃すはずがありません。壁ドンチャンスです!
「さぁ、クロード様。私が嫁ぐ事をご了承下さいませ?」
クロード様の顔の横にある壁にどん!と手をつき、クロード様の顎に指を添わせてそう呟けば「わ、わかったから!離れてくれ────っ!」とクロード様は顔を赤くしたり青くしたりしながら私の腕の隙間からするりと逃げてしまったのでした。
おっと、楽しくなったからってやり過ぎてしまったかしら。怯える姿がなんとも可愛らしくてつい。
でもまぁ、これで言質は取りましたね。なんだかんだと真面目なクロード様なら、今後私を無下に追い返すなんてできなくなるでしょう。
「ありがとうございます。私のことは是非、リゼルとお呼びくださいませ。これから良き妻になるために精進致しますわね!
では早速色々と準備して参りますわ」
こうして私はクロード様から一歩離れ、完璧な淑女の礼をして嫁入りの準備を始めることにしたのでした。
クロード様は私の言葉に不安そうな顔をなさりましたが、ご安心くださいませ。
まずは、この塔での暮らしを改善しないといけませんわよね?妻として!そう、妻として!!




