EP4 『フェアダムニス』
アゲラン大隊第二中隊の指揮を執っていたミルチャ・チャウシェスク大尉は、自分の教え子たちが殺されるのをただ見ていることしかできなかった。
乗機のアゲランIIはすでに手足どころか、武装システムもなにもかも、有視界センサー以外は破壊されつくしている。
有視界センサーだけが生きているのは、ただ、ミルチャの前で教え子たちを処刑する様を見せつけるためだけに残したのだ。
わざわざ円形にずらりと並べられ地面に転がっているコアブロックが二八個、それが灰色のシミュラクラに次々と踏みつぶされていく。
人間が、おれの教え子たちが、圧殺されていくのをただ見て、聞くしかできない。
その処刑場の長は、ミルチャの視界の先、円陣のど真ん中にいる。
新規格戦列機の≪ティーガー≫、対シミュラクラ用陸戦兵器。
こいつは既存のシミュラクラよりも高い出力とペイロード、そして火力を持つ。大きさはシミュラクラ規格のおよそ1.4倍。
そして目の前にいるこいつは、パーシュミリア軍のシミュラクラが採用していたディスクアクチュエータを取り込んだ忌々しいキメラ。
「≪フェアダムニス≫……ッ!!」
『劫罰』を意味する名を持つ灰色の機体、パース国家弁務官区の弁務官、マンフレート・ツェロット・フォン・ヴュルテンベルクの乗機。
穏健な占領地政策を進めていたナッサウ公から統治を引き継ぎ、すべてを変更し、すべてを叩き潰し、パーシュミリアを地獄に変えた張本人。生か死かという飴と鞭をチラつかせ、苛烈な暴力と鉄血により君臨する、パーシュミリア人が殺さなければならない男。
その男が目の前に、火砲があれば撃ち殺せるほどの距離にいるというのに、ミルチャにはなにもすることができない。
『ほう、私の機体の名前を覚えてくれているとは嬉しいね。なにせその名は君たち反乱分子に向けたメッセージなのだから』
通信ウィンドウに現れるのは、白銀の長髪に殺気を感じない碧眼を持つ、中性的な美男子だった。
その容貌からは不思議とまったく、恐ろしくなるほどに殺意や殺気、あるいは暴力的な感情を一切感じなかった。
今、彼の部下たちの操る灰色のシミュラクラの片足が、アゲランIIのコアブロックをゆっくりとじわじわと踏みつぶされていく中にあっても、マンフレートからは血生臭さがしないのだ。
ミルチャ・チャウシェスクは愕然とする。
耳朶に響き渡る教え子の断末魔が、どこか遠くで鳴っている気がした。幻聴なのではないかとすら思えた。
職業軍人であるミルチャは、人殺しの目を嗅ぎ分けることに長けている。人は人を殺した時、目の色が変わってしまうものだ。
けれど、今こうして教え子を殺して回っているマンフレートの目は、なにも感じないのだ。
ただ自分に与えられた使命の一つだからこなしているのか、はたまた、そうすることが愉悦なのかもしれないが、それにしたってこの男のその目には、血生臭さがない。殺意や殺気を感じない。
この男は常人よりも超然とした精神を持つか、あるいは決定的な欠陥を、欠落を持っているとしか思えない。
『マンフレート・ツェロット・フォン・ヴュルテンベルクの名は君たち反乱分子に≪白銀の獣≫として恐れられ、それに付随して私の機体、≪フェアダムニス≫はその象徴となる。素敵なことだ』
「素敵だと……パーシュミリアを、俺たちの祖国を秘密警察と密告者で、地獄のようにしやがったお前が、素敵だと……!?」
『そうだよ、素敵だ。君たち反乱分子は対応が甘いとつけあがる。すべて殺して、身の程を学ばせてあげなきゃならない。≪フェアダムニス≫は黙してそれを語る象徴なんだよ』
「狂ってる。そんな考え方は常人のすることじゃない!」
『私が常人だと誰が決めた。私はただ完璧を目指すだけだ。―――さあ反乱分子諸君、密告するといい。そうすれば君たちは情報提供者として助けよう』
「誰がお前に、お前などに仲間を売り渡すものか!! 知っているぞ、ヴュルテンベルク家の庶子が血生臭い権力闘争で当主に成り上がった! それがお前だ!」
『その通り。私は一六歳で兄や姉を皆殺しにしなければならなかったんだ。まったく、無能で不貞な奴を母に持つと苦労が絶えない。しかし本家のベルゼリア家は私のやり方を気に入ってくれた。それもまた素敵なことじゃないか』
「な、なんだと……?」
『話は終わったかい? では、君たちの歪んだ忠義に対して私も礼を尽くさねばならないね』
踏みつぶされたコアブロックは四つ、残っているコアブロックから灰色のシミュラクラは足を退ける。
『各機、抜剣』
代わりに彼らはマンフレートの命令の下、背部に吊るしている剣を抜き、静かにミルチャと、その生き残りの教え子たちが入っているコアブロックを見下ろした。
『君たちの民族的英雄のやり方に倣うとしようか。喜んでくれ、串刺しだ』
剣の切っ先が落とされる。
最期の瞬間、ミルチャが見ていたマンフレートの顔には、楽しそうな微笑みがあった。
血生臭さや殺気を感じさせない、まるで子供にものを教えて、その楽しみを味わっているような微笑みが。




