EP3 『勇士アゲラン』
故国を踏みにじられ、多くの人的損害を被ったパーシュミリア連邦が亡命先で軍を編成するのは困難の連続だった。
まず第一に、政府中枢や軍の教導部門に値する人員が最優先で本国撤退を行ったが、それ以降の人員の撤退はほぼほぼ失敗に終わったことが大問題だった。
軍を編成しようにも、故国を取り戻そうとするパーシュミリア人が足りず、マリアネス連合内のパーシュミリア系をかき集めるには連合内の世論は昂っていなかった。
そして第二に、軍資金が不足していた。
連邦の資産はその多くがシュリーフェン帝国によって差し押さえられ、使用できる軍資金はマリアネス連合とニルドリッヒ共和国にあったもの。
連邦暫定政府は大急ぎでマリアネス連合への金移送を始め、共和国内の金の半分ほどを連合へ流し込んだあたりで、帝国は共和国を攻め落とし、残りの半分はまた帝国に差し押さえられた。
最後に、装備の生産のために動いてくれる工場がどこもなかったことだ。
亡命を受け入れてくれたサンベルナール共和国だが、軍の編成となると自国内の軍需産業を割り振らねばならないため難色を示した。
特にシミュラクラなどの装甲戦力は、最新型かつ連合内最強の一角でもあるGAX-44歩行戦闘車『ボナパルト』の増加生産と初期不良の洗い出しで火の車状態だった。
そんな状態であったパーシュミリア連邦が曲がりなりにも再編成できたのは、マリアネス連合内世論の変化による。
また、本土撤退に成功した装甲部門の開発チームであるパーシュミリア連邦軍陸軍特殊機材開発部隊『ライトジャケット』の面々がいたからこそだった。
シュリーフェン帝国の侵略を受ける前に『ライトジャケット』が開発した『アゲラン SP-180』は、戦車とシミュラクラのいいところ取りのような設計で、既存シミュラクラの性能不足を案じた陸軍機甲総監のフェルディナント・プレザン中将が命じて制作させた準戦時急造兵器だった。
一からの設計は手間も資金もかかるため、連邦国営兵器工廠で保存されていた類似兵器のデータから再構成したものとなっており、製造のためのコストもそれなりに安かった。
構造はシミュラクラ規格を使用しつつ、武装は既存火器を採用し、何はともあれ少しばかりの不便なら甘んじて受け入れ、すでにこの世にあるものを組みなおして作ったものだった。
この設計をベースにサンベルナール共和国の兵器規格に合わせ、『ライトジャケット』が再開発したものがサンベルナール国営造兵廠にて、試作も実験機も挟まず突貫で60機が生産された。
これがサンベルナール製の『SP-180M2 アゲランII』だ。
何分、クック・クレイギー方式で突貫生産された機体であるために、初期生産型と後発では多少の性能差がありもしたが、それでもパーシュミリア連邦兵にとって喜ばしいことだった。
ありったけの人員をありったけの教官で錬成し、そうしてようやく再編成されたのが『アゲラン大隊』である。
―――
四本の足をべったりと地面に付け、複数の装輪で時速50キロを維持しながら進む影があった。
6メートルにもなる長大な砲身の52口径105㎜砲を背負い、6連装地対地ミサイルポッドを装備した7機のアゲランIIはすでに戦闘態勢にある。
練成訓練で――連邦で使われていたニルドリッヒ製よりも使いづらく――たっぷりと苦渋を飲まされたサンベルナール製の戦術データリンクシステムは、しっかりと作動している。
7機それぞれに他機のターゲットマーカーが表示され、同じ標的を撃つことがないように、そして各機のセンサーからもたらされた情報が他機とリンクしている。
共和国製のものならば、7機分のデータを集約して隊長機のAIが情報処理を担当し、戦場の霧をデータによって薄めてくれたのだが、今あるのはサンベルナールだ。
つい舌打ちをしてしまうのは、7機の中で隊長を務めるゲオルゲ・アタナシウ大尉だけだ。他の6機のドライバーは、ニルドリッヒ製のリンクシステムに触れてすらいない。
(どいつもこいつも、まだ尻の毛も生えそろってねえガキどもだ)
肩を並べる6機のドライバーは、教官として練成に付き合っていたゲオルゲの教え子ばかりだ。
中にはまだ14歳の者もおり、一番の年長者でさえ21歳の誕生日を二週間前に迎えたばかりの正真正銘のガキどもだった。
この時ばかりはゲオルゲも父親似の厳めしい顔つきと長身に感謝したくもなる。彼らに不足している父性を、ゲオルゲは与えてやれば良いのだ。
(正直、この手のガキは犬と同じだ。餌をやって頭を撫でてやれば、何も考えずこっちの命令に従う)
逆に、だからこそ考えすぎる奴は目を付けてやらなきゃならない。
それと同時に、この不出来な愛犬たちよりもさきに、ゲオルゲが死ぬことは許されない。
飼い犬はゲオルゲの死を悲しむだろうが、その悲しみを乗り越えて一人で戦い抜く術をこいつらはまだ知らないからだ。
「いいか、訓練通りにやれ! 発砲はFCSが最適なタイミングで勝手にやってくれる! 下手に自分でなんでもやろうとする奴から死ぬぞ!!」
『『『『『『『了解!』』』』』』』
アゲランIIの火器管制システムは、シミュラクラのものというよりも主力戦車のそれに似通っている。
四本足という通常のシミュラクラにはない機構は、ナノマシンを介した制御に大きく制限をかけることにはなったが、一方で積載重量の増加という恩恵をもたらした。
シミュラクラという兵器自体、二本足による歩行という接地圧とのせめぎ合いに苦しむものだったのに対し、アゲランIIはそれを尻目に主力戦車なみの火力と火器管制システムを搭載できた。
もちろん、恩恵ばかりではない。
装甲はシミュラクラの基準であるし、弾薬搭載スペースの観点から52口径105㎜砲は23発が限界で、ヒト型でないためにナノマシンを入れてから実戦で通用するまでにはさらに訓練がいる。
それでもアゲランとアゲランIIは、戦車よりも安価で地形追随性能に優れ、シミュラクラ譲りの機外観測網のおかげで視野も広い。
ゲオルゲ・アタナシウはそれを身をもって知っていた。
パーシュミリア連邦首都、ビュークにおける初代アゲラン大隊は、その火力をもって獅子奮迅の活躍を見せた。
そして彼らは軌道降下猟兵の都市直接降下により各所で孤立し、次々と≪白色虐殺隊≫の近接攻撃の魔の手にかかり死んでいった。
―――彼らもまた、ゲオルゲの教え子たちだった。
イオネスク、カロル、ラドゥ、ミルチャ、ニコラエ、ナディア。
初代アゲラン大隊の新規養成ドライバーたち、四〇名。
彼ら、彼女らの死の上にゲオルゲ・アタナシウは立っている。
故に、ゲオルゲ・アタナシウと新生アゲラン大隊の前に立ちはだかる帝国の者どもは、例外なく排除する。
連邦のためではない。一足早く死んでいった教え子たちのために。
『二時方向にシグマ小隊を確認!』
「コンスタンティンの部隊だ! ならば目標は前方、敵駐屯地! 我らアゲランの勇姿を見せつけてやれ!!」
『『『『『『『了解!』』』』』』』
言うが早いか、火器管制システムはレーザー測距により駐屯地に展開中の装甲目標との距離を算出。
最大戦速であるにもかかわらず、機体の上下震動と左右のブレを意にも介せず、目標に命中するタイミングでシステムがトリガーを引いた。
52口径105㎜ライフル砲から放たれた劣化ウラン弾芯の装弾筒付翼安定徹甲弾(APFSDS)は、装弾筒を分離し毎秒一六〇〇メートルの最大穿孔効率速度で大気を切り裂き、各機のロックした目標に直撃する。
装甲に直撃した劣化ウラン弾はそれを容易に貫通し、劣化ウランの破片や微粒子が貫徹時の高熱に曝され酸化、燃焼する。
たとえそれが主力戦車であろうとも、シミュラクラであろうとも、装甲車であろうとも例外はなく、二個小隊14機、初弾命中率九五%をアゲランIIは叩き出した。
慌てて離陸しようとする戦闘ヘリに対して対戦車ミサイルをぶっぱなし、次弾の粘着榴弾(HESH)が装填される間には、頭部に位置する部位に据え付けられた三十ミリチェーンガンで歩兵や非装甲目標を一掃する。
一気に戦闘配置に入った駐屯地ではあるが、アゲランIIの第二射のHESHは管制塔や通信設備、電源、燃料庫など地上に建築されたありとあらゆる目標目掛けて撃ちこまれ、三キロもある充填されたプラスチック爆薬で吹き飛ばされた。
さらに距離をつめたアゲランIIを迎撃しようと半地下格納庫からシミュラクラが出てくるが、穴から出で来るならその巣穴ごと吹き飛ばすまでだ。
各機から対戦車ミサイルがすぐさま開いた半地下格納庫へ殺到し、それが弾薬やバッテリーに引火、穴という穴から火柱を上げて格納庫は沈黙する。
出撃に成功したシミュラクラも105㎜砲の直撃やチェーンガンの猛射によって容易に撃破され、駐屯地内部へとアゲランIIが入り込むと今度は対歩兵用サーモバリック弾を手当たり次第にまき散らして帝国人どもを火あぶりにした。
「これで戦闘処女も切れたな……まったく手がかかる」
ゲオルゲは教え込んだ通りの方法で掃討を継続する教え子たちを見ながら、一息つく。
頭の真横で空砲をぶっぱなすようなストレステストを踏まえた訓練でさえ、実戦とは空気がまるで違う。
どれだけ実戦に近づけた訓練であっても、実戦に近づけたというだけであって、実戦そのもののストレスは遥かに精神を摩耗させる。
空砲ではない実弾射撃、飛び交う銃砲弾、けたたましい警報の数々、時には論理的ですらない通信や混乱状態に陥った仲間の面倒まで見なければならない。
そして、そんな戦場にあって唯一たしかに味方でいられるのは、自分の実力だけなのだ。
当人がどれだけ強くとも、どれだけ成績がよかろうとも、どれだけ期待されていようとも、戦場は等しく軍人に死をもたらす。
千差万別の死因を喜んで用意しているクズのサディストたる死神が、肩に手を触れるか触れないかで生死が決まる理不尽の極みだ。
平時において訓練と災害出動を務め、国のためとこの年まで職業軍人として軍に在籍しているゲオルゲでさえ、その理不尽さに納得しているわけではない。
それが自分よりも一回り、二回りは若い連中が否が応でも受け止めざるを得ない。それが戦闘処女を切る最大の意味だ。
『ゲオルゲ! ゲオルゲ・アタナシウ! そっちの新人もなかなか仕上がっておるな!!』
鬱陶しく暑苦しい髭面が通信ウィンドウに現れたので、ゲオルゲは慣れた手つきでウィンドウを消しやって音声だけにしてやった。
「コンスタンティン、無駄口はよせ。ガキどもにうつっちまったら面倒だ。――作戦通りの符丁でビーコンを出すぞ。他の隊と合流せにゃならん。空軍の連中から弾を貰わなきゃ、十分暴れまわれん」
『そう焦りなさんな。連中がどんだけ気張っても輸送できる量は限りがある。常套手段だが、反転して渡河軍を援護、敵を包囲殲滅するのも手ではあるが?』
「情報が足らん。腹も減った。まずはビーコンだ。それでいいな」
『同意するわな。こっちの小隊と合わせて指揮を取ってくれるな、ゲオルゲ?』
「おれは大尉だぞ、軍曹。当然だろうが」
これで手数はアゲランIIが14機。
合流するべき手勢は多い。手数を増やす、兵数を増やす。
確実に一歩一歩、帝国を滅ぼすための作戦を進めるために。
そうして、ビーコンを設置して集結したのはアゲランIIのデルタ小隊と、ニルドリッヒの任務部隊一七八九(タスクフォース1789)が1時間以内に合流した。
アゲラン大隊の定数は二個中隊全56機、一個中隊あたり28機で、中隊は一個小隊7機が四つで編成されている、一個中隊分は別の空域であるため、残り半数がいまだに行方不明ということだ。
なんだか嫌な予感がすると、ゲオルゲ・アタナシウは思わずにはいられなかった。




