この世界 2
ここまで大和はこの世界の情勢を少しずつであるが理解できていた。
これは彼のお目付け役であるビットリオのおかげで、ビットリオは犯罪者予備軍という肩書を持つ大和に対し、割と寛大な態度を示していた。
そんなビットリオの好意に甘えに甘えた大和はこの世界の歴史や情勢のみならず、人々の暮らしや文化と言った細かな事まで質問しては、彼を困らせた。
その成果もあってか、大和は異世界からの来訪者であるにも関わらず、比較的早くこの世界に馴染んでいった。
いや、馴染むように自分から仕向けていったのだ。
馴染まなければ何も知ることは出来ないし、誰とも接点を持つことは出来ない。
それはこの世界の情報をえることが出来ないということであり、彼とってみれば元居た世界に帰る方法を得ることが出来ないことと同意義である。
だから彼はこの数週間、常に勤勉で常に公平で、常に優しくあることを心掛けていた。
どんな嫌な仕事でも率先してやり遂げ、誰かが困っていればすぐに手を差しのべた。
まあこれは、元から彼の性格があって出来たことだったが、そんな大和の打算的な思惑も知らず当初は警戒していたビットリオ以外の騎士団員や村の住人たちも次第に心を開いていったのだった。
おかげで彼は現在では監視対象者の模範員と言う立場になり、ある程度の身の自由が許されていたのだが、その一方で相変わらず寝床は独房のままだったことは、まあ仕方ないのだろう。
◇
ところは打って変わって、ヴェンス村の材木加工場だ。
ここではラギアや帝国内の都市向けの木材を加工しているヴェンス村唯一の加工場だ。
ミールス丘陵付近の森林から伐採された木材は都市部の富裕層からは一定の評価があり、この村の主要産業の一つだった。
大和は終日、ここでの使役を命じられており、他の監視対象者と共に木材の切り出しやカンナ掛けなどの作業に当たっている。
自分がいた世界との労働環境を比べても仕方ないのだが、ここでの作業は元の世界のそれより何倍も過酷だった。
重い材木を運び、切り出し、カンナを掛け、そしてそれを運び出す。
単純な作業の繰り返しなのだが、これがかなりの重労働で、少しでも休もうものなら、すぐに親方の檄が飛んだ。
「おい!そこのお前!」
茂った顎鬚を揺らしながら、厳めしい表情の親方と呼ばれる男が鞭を持ち、ツカツカと歩み寄ってくる。
大和は思わず体を強張らせるが、当の親方の怒りの対象は彼の後ろにいた獣人、キャットシーと呼ばれる猫の頭をした男だった。
「誰が休んでいいって言った!...それにてめえ、全く作業が進んでねえじゃねえか!」
「...か、勘弁してくだせえ。朝からずっと作業をしているんです。このままじゃ本当に倒れちまう。」
キャットシーの男は懇願するかのようにその場に跪き、頭を垂れながら言う。
しかし親方は鞭をしならせながら、怒鳴る。
「うるせえ!この犯罪者風情が!文句を垂れるほどの余裕があるってんなら、まだまだ動けるだろ!」
「お、俺は犯罪者なんかじゃねえ! 冤罪だ! 何も悪いことなんてしていない!」
「よっぽど働きたくねえみてえだな! よし分かった。怠け者のてめえには特別な罰を与えてやろう。」
親方はキャットシーの男を睨みつけながら、鞭を伸ばすと大きく振りかぶる。
そしてそれを力強くキャットシ―の男の頭目掛けて振りかざしたのだった。
バシン!!
乾いた音が加工場内に響き渡る。
打たれた男は額から血を流し、そのまま地面に伏せてしまった。
「うう、痛え、痛えよ... もう勘弁してくれ」
「この猫野郎、まだ減らず口を...」
そう呟いた親方は荒い呼吸のまま再度鞭を振りかぶった。
その光景を目の当たりにした大和だったが、途中の作業を放り出して、親方とキャットシーの方へ歩き出した。
「おいヤマト!やめとけ!」
その大和の様子を見たサムウェルが思わず声を出して制止するが、大和は構わずに親方とキャットシーの男の間に割り込んだ。
親方は割り込んできた大和をギロリと睨みつける。
「ああん? なんだてめえは? ...確かキデラとか言う模範員だったか。なんか文句でもあんのか?」
「親方、先程の鞭打ちで彼への罰は終わったと思います。彼の軽率な行動と言動に関しては模範員たる私から厳しく指導しておきますので、どうかこれ以上は。」
大和はそう言うと、その場に跪き頭を下げた。
土下座だ。
「なんだお前、犯罪者同士で仲良く助け合いってか? ...気に入らねえな! そいつを罰するのはここの責任者である俺の自由だ! まだ邪魔するってんなら、てめえも一緒に鞭打ちだ!」
「……」
大和は土下座の姿勢を崩さないまま声を上げることもなかった。
これに対して、親方は顔を真っ赤にして叫ぶ。
「ようし、分かった! てめえも鞭打ちだ!」
親方はすかさず鞭を振りかぶると、大和に向けて打ち付けた。
と、サムウェルを含めた周囲の面々が思わず目を瞑ったが、しばらくしても一向に乾いた音がしてこない。
不思議に思ったサムウェルが恐る恐る目を開けると、そこには驚きの光景があった。
「!?」
「親方、監視対象者への処罰は認められているが、過度な暴力は越権行為だ。これは看過できぬな。」
親方とは違う、聞きなれた声に思わず大和は目を開けて、上を仰いだ。
そこにいたのは親方の右腕を制するビットリオの姿だった。
「ビットリオさん...」
大和がそう呟くと、ビットリオはニコリと微笑み、口を開いた。
「キデラ、見ていたぞ。お前の行動は賞賛に値する。」
「ビ、ビットリオ!? どうしてお前がここに!?」
そんなビットリオの姿を目にして、親方は思わず叫んだ。
「いて当然だ。俺は大和たち監視対象者の監視役だからな。そんなことより親方、先程の処罰は度が過ぎていたな。鞭を使った処罰等は主に犯罪者に対して行われるやり方だ。」
「こいつらはどいつもこいつも犯罪者だろうが!一体何が問題なんだ!」
「彼らは全員監視対象者であって犯罪者でなければ、奴隷でもない。休憩もさせず、挙句疲労困憊の相手に対し鞭打ちとは何事か! 恥を知れ!!」
「ひっ く、くそう...分かったよ!俺が間違っていた!今日の作業は中止だ!帰ってくれ!」
ビットリオの一喝に流石の親方も怯んだのか、先程までの威勢は鳴りを潜め、すごすごとその場を後にする。
「皆聞いたな?今日は閉店だそうだ、誰か彼を介抱してやってくれ。」
ビットリオの声に呼応し、数人の監視対象者がキャットシーの男を手当てしつつ抱き抱えて去っていく。
その中に大和の姿を捉えたビットリオは彼に対し、こちらに来るように声を掛ける。
「ビットリオさん、先程はありがとうございました。」
大和はそう言うと、ビットリオに対し深々と頭を下げる。
そんな大和を見詰めつつ、笑いかけた。
「キデラ、お前と言う奴は本当にお人好しな奴だな。俺が止めなければ、お前もあの男のように鞭で打たれて怪我をしていたところだぞ。」
ビットリオのその表情は半ば呆れ顔ではあったが、どこか喜々としている。
大和も申し訳ない気持ちがほとんどであったが、自分の行動については一切非がないと思っている。
「確かに自分の行為は一歩間違えれば問題となる軽率な行為だったと思います。その点についてはビットリオさんにご迷惑をお掛けしました。」
「謝罪の言葉なんぞいらぬ。人としての道を違わぬその心意気に免じて今回の件に関しては不問とし、あのキャットシーも怪我が癒えるまで作業から外すよう手配しよう。」
「はい、ありがとうございます!」
大和は再度頭を下げ、その場を去ろうとするが、ビットリオが制止した。
「待てキデラ。話はまだ終わっちゃいない。」
「はい?」
思わぬ制止に大和は訝しむ表情を浮かべた。
それに対し、ビットリオは大和へ少し近づくと声を潜めて言った。
「近々、この村の衛士隊、つまり我が騎士団管轄の下部組織で要員の臨時募集がある。俺はお前を推薦したいと考えている。」
その言葉に大和は驚いた。
同時に様々な考えが頭を巡る。
村の衛士隊と言えば準軍事組織にあたり、普段は農夫や商人、土木作業者と言った一般の村人が片手間に従事する、言わばボランティアだ。
大和の世界で言うところの消防団のようなものである。
しかし、この衛士隊の一員となるためにはそれなりの武術や教養が必要であり、また賃金は発生しないことから担い手の数は年々減少している。
衛士隊の業務と言えば騎士団のサポートの範囲に留まるが、村の治安維持活動は勿論、火事の消火活動から魔物などの害獣の処理、野盗の捕縛並びに処刑等様々な業務がある。
ハイリスク・ノーリターンではあるが、それでも大和にとってはこの世界での確固たる身分を有するまたとない機会であり、それにいつまでも監視対象者として牢屋で過ごすことにも限界を感じていたことから、とてつもなく良い話だった。
また、公安職なのだから、努力次第では騎士団かそれ以上の身分に就くことも可能であり、そうなれば元の世界に帰る切っ掛け、つまりはあの女神がオーダーした世界を救うというヒントを得ることが出来るかもしれない。
「この件については既にシュトラウス団長から承認を得ている。あとはお前の気持ち次第だがどうだ?衛士となれば、この生活からおさらば出来るぞ。」
ビットリオの申し出に大和は断る気持ちは全くなかった。
しかし、ある点については疑問が残った。
「是非ともお受けさせて頂きたいです!...しかし一点だけ確認しても?」
「なんだ?」
「私の嫌疑は晴れたのでしょうか。今のこの気持ちの状態では衛士隊の務めが果たせるとは思えません」
大和がそう言うと、ビットリオは盛大に噴き出し、笑った。
「本当にお前という奴は馬鹿正直な奴だ。...お前の嫌疑については団長を始めとした騎士団幹部会で精査した結果、白だということになったよ。その為に俺たちはお前を数週間にも渡って監視していたのだ。今回の件もお前が悪党ではないという確固たる裏付けだ。だから、衛士隊にならずとも、近々お前の身柄は解放していた。」
「そうですか。」
大和は力なくそう言うと、その場に尻餅を付くように座り込み、大きくため息を吐いた。
「なんだなんだ? 嬉しくないのか。」
「いえ、そうではなく。これまでの生活からやっと解放されると思うと一気に疲れが来まして...」
「そいつは結構! で、衛士隊に入るつもりはあるか?」
「もちろんあります!」
この日は大和にとって、この世界で初めての良い日となったのだった。




