この世界 1
◇
「総員、気を付け!」
覇気のある声があたりに響き渡り、プレートアーマーを装備した者たちが一糸乱れずに身を固めた。
総勢60名程の騎士たちが6列横隊で整然と並ぶ光景は流石の威容で、それを更に誇張するかのように統一された銀色のプレートアーマーはここぞとばかりに光り輝いていた。
通りを歩く者たちも少し歩みを止めて見物する状態で、そんな野次馬たちの中に一人、背の高い黒髪の男がいた。
黒髪の男はしばらくの間、その騎士たちの様子をボーっと見詰めていたが、傍らにもう一人の男が足早に歩み寄ってきた。
「おいヤマト、なにボサッとしてんだ。早く作業場に移動しないと親方にどやされるぞ。」
そう声を掛けられた男、紀寺大和は未だ視線を騎士たちにやりつつも、男に返事をする。
「サムウェルか。すまん、ボーっとしてた。今行く。」
大和は返事をすると、自分を追い越して行ったサムウェルという男を追い掛けるように歩き出した。
しかし、視線はまだ少し離れた練兵場の騎士たちにあった。
この稽古を初めて見てから、もう何日たっただろうか。
大和は胸中でそう考える。
彼の視線の先で行われている騎士たちの毎朝の日課、早朝稽古を見るようになってから既に数週間が経過した。
大和はこのヴェンス村に抑留されるようになってからというものの、犯罪者予備軍として日々騎士団の監視下に置かれる毎日を過ごしていた。
監視下にあるということは当然、行動に制限があり、村への使役・奉仕作業中以外は常に独房の中で生活しているため、数週間とは言え、大和の精神は既に疲弊の一途を辿っていた。
しかし、この奴隷にも似た境遇も完全に無駄とは言えなかった。
監視対象者として行動に制限があるものの、他人との会話はある程度認められていた為、大和は積極的にこの村の身近な人間に手あたり次第声を掛けていた。
つまりは、このヴェンス村で抑留されている最中、大和は出来る限りで情報収集を行っていたのだ。
大和にとってこの世界は宇宙のように未知の世界だ。
これまで彼が過ごしてきた世界の常識は既に過去のものであり、それまで得てきた知識や経験は一切役に立たない。
このヴェンス村に来るまでは、心のどこかで質の悪いテレビ番組のドッキリに付き合わされているのではないかという往生際の悪い考えもあったが、今では完全にその考えは吹っ飛んでいた。
当然だ。
何しろ中世ヨーロッパ時代の時のような格好をした者たちが、電気もガスもない生活を営み、土と石で出来た家で寝起きしているのだ。
極めつけはこの村に生活している住人の姿を見た時だ。
大多数の者は大和が知っている人類そのものの姿形をしていたが、そんな彼らの中に驚愕する存在が混ざっていた。
それはこの世界の者たちが言うところの【獣人】たちだった。
頭は動物、体は人間。
そんな空想の世界の存在だと思っていた者が実際に眼前にいたのだ。
ある者は犬のような頭を持ち、ある者は猫、ある者は兎と言った特徴を持った住人たちが、人間たちと同じように服を着て、同じように生活している様子を初めて見た大和は卒倒しそうになったところをグッと堪えたことを今でも覚えている。
そんな住人たちが住まうこの世界をどうして嘘や偽物だと言えようか。
それ以来大和は自身の思考を180度転換し、何とかこの世界に適応しようと必死になって食らいついた。
その結果、住民同士の日常会話から年寄りのボケた独り言まで、何でもスポンジのように吸収するように努めたのだった。
彼のその行動は自然で、極当たり前と言えただろう。
そんな日々の生活で判明したことがいくつかあった。
この世界、アースガルドは大小の大陸5つが存在し、現在大和がいる大陸は西方大陸と呼ばれているらしい。
西方大陸は創造神フレイヤが最初に創造した大陸で、ここにはかつて【始まりの民】という高度な文明を持った者たちが存在し栄華を誇ったらしいが、【神の審判】という厄災で2週間ほどでその文明は滅んでしまったとのことだ。
その後【神の審判】を生き残った【最後の人々】と伝えられる民族がこの西方大陸中に広まり、それぞれの国家や集団を形成し、度重なる戦争や飢饉等で滅んでは生まれてを繰り返して、現在に至るという。
現在西方大陸には大小の国家が無数に存在している。
その中でも有力な国家が大陸の北に位置する【レ・エリエル法国】と、その南の国境を接する【ぺシニア王国】。
そして両国との緩衝地帯とも言えるサラーステップと呼ばれる乾燥した高原地帯と無数の小国家が乱立した大陸中央部より東に位置する国家が、今大和がいるヴェンス村が所属する【アインアルド神聖帝国】だ。
【レ・エリエル法国】とは先程紹介した【最後の人々】と呼ばれた民族の中の有力な血筋を引いた者が興した国家だ。
この国を興した者の名は、ピシャー・レ・エリエル。
歴史書や神話ではこの者は神の奇跡なる法術を扱えるとのことで、創造神に愛されし者として民衆に敬われ、その結果この大陸最大の宗教たる【正フレイ教】を確立し、その教えに共感し帰依していった者たちが建国した国がこのレ・エリエル法国だ。
同国の国民は全て正フレイ教の信徒であり、現在その国民たちの頂点に立つ指導者は【グロリウス・レ・エリエル三世】で、彼は同国の王でありながら宗教の長である為【法王】という唯一無二の存在として君臨していた。
また、同国の政治体制としては専制君主制が敷かれており、国家中の全ての財産や土地、果ては国民までもが君主の所有財産であるとされていることから、法王の権力は絶大であり故に法王の方針次第で国が荒れたり、あるいは豊かになったりと安定性に欠けると評されていた。
しかし現在の法王グロリウス三世は国民から賢王と呼ばれ、歴代の法王とは比べ物にならない程に国家運営に秀でているとされている。
結果同国は建国以来の繁栄を極め、単純な国力だけで言えば西方大陸一とも言える。
ちなみに同国の軍事力は、国家の評判より劣ると評されているが、これは同国が積極的な対外戦争を行わないことを国是としていることが原因とされ、それに伴い常備軍という概念はなく、いざ戦争が始まれば老若男女問わず徴兵することによって練度の低い軍隊が出来上がる為と言われているが、それでも神の教えを妄信する信徒たちの結束は侮りがたく、未だ潜在性は高い。
【ぺシニア王国】
この国の始まりは比較的新しい。
現在からおよそ600年前、この国が位置する地域は小国が乱立する所謂戦国期にあったが、ぺシニア王国の建国の祖と伝えられる初代ぺシニア王【ボリス・サラフィア一世】がその当時、他国を凌駕する軍事力を以て、周辺国家を吸収・併合し、現在の勢力を形成した。
国土の大半は急峻な山々が聳える厳しい環境であるが、それ故に周辺国家からの侵略に遭うことなく国力を拡大させ、現在では国土の南に位置する海岸部までその手中に収めたことから海運が活発化し、大陸国家としての力を持ちつつも、海洋国家としての側面をも併せ持つようになり、軍事力のもならず、海運力を活かした貿易活動の恩恵から経済大国として急速に勢力を拡大している。
その活動領域は北の国境を接するレ・エリエル法国領にまで及び近年では民族間の諍いから、果ては局地的な国家間紛争まで引き起こしている。
国家君主は【エドワード・サラフィア四世】で、政治体制は封建領主制である。
国王エドワード四世の統治下において、順調な政治的舵取りが行われているように思えるが、水面下では各領主貴族達が激しい政争を繰り広げており、いつ内戦が勃発してもおかしくはないと評されている。
これの原因としてはやはり同国の成り立ちが起因しており、有力な領主の中にはかつて初代ぺシニア王によって滅ぼされた旧王家を祖とする者が存在するためで、その玉座を虎視眈々と狙っていると噂されている。
軍事力としては強力な騎士団を中心とした陸上戦力と強大な艦隊からなる海上戦力を所有していることから、大陸一の軍事国家と言われているが、その軍事力の基礎となる各領主たちの連携は悪く、一枚岩と言えないため、国家同士の戦争となった場合は聊か疑問が残る。
【アインアルド神聖帝国】
同国は皇帝【テレソア・エイレーネ―・アインアルド】という女帝を戴く封建領主制を敷く国家である。
国土は東に海、西に穀倉地帯という恵まれた地域にあり、レ・エリエル法国と同様に【最後の人々】の中の最有力民族【アインアルド】という者たちが興した国が礎となっている。
その歴史は古く現存する書物・文献では遡れない程とされているが、国中に散見される城壁や街道の石畳から考察するに、少なくとも3つの時代から成り立っているとされる。
一番古い時代は【最後の人々】であるアインアルド人が隆盛を誇った時代で、それより比較的新しい時代は今から800年ほど遡った【カロネリア朝時代】であることが最近の調査で判明している。
同国の歴史家が考察するに、長い歴史を持つ同国では何度かの内戦があったとされ、特に顕著だったものがこの【カロネリア朝】に変遷した時代だったと言う。
数少ない残存文献ではカロネリア朝に移るまでの支配者だったアインアルド家だったが、時の国王の急逝により国中を巻き込んだ御家騒動となり、激しい内部対立の結果アインアルド家の分家であるカロネリア家がその玉座を継承することになったとされる。
それから所謂カロネリア朝時代が続くのだが、何世代にも渡って続いた圧政により国民の怒りが限界に達し、その時、カロネリア家の陰に甘んじて、落ちぶれていた現皇帝直系の先祖であるバウマス・ハルマン・アインアルドを先頭にクーデターが発生し、これが見事成功してバウマス帝は玉座を奪還した。
この際、バウマス帝は自身の権威と支配力を盤石なものとするべく、国王という称号を捨て改めて皇帝と名乗った。
また仇敵だったカロネリア家に関しては大公という身分を授け、皇室に身を捧げることを固く誓わせたという。
そのような複雑且つ長い歴史を持つ同国であるが、近年では再びその皇帝の治世が揺るがされようとしている。
原因は現皇帝テレソアにあった。
テレソアは前皇帝ルドルフ・アインアルドの長女としてこの世に生を受け、皇太子となる兄エラルドと自身の弟、皇位第二継承権者であるゲイリーが兄弟として存在していた。
テレソアはその美貌はさることながら、とても柔和な性格をしており、そのような外見・内面をしていたことから皇帝を初めとした皇室全体や帝国中から愛されて育ち、その半生は順風満帆だった。
しかし今から数年前、前皇帝ルドルフが急逝したことを境に事態が急変していく。
父のルドルフが死亡したことによって当然皇太子のエラルドが皇帝の地位に就くと誰もが思っていたが、ある時エラルドが弟ゲイリーと共にとある山中にて鹿狩りに興じていたところ、運悪く足を滑らせ、崖から転落し死亡してしまったのである。
皇太子だったルドルフが死亡し、皇帝の座は第二継承権者だったゲイリーに移ったのだが、ゲイリーは愛してやまない兄が死亡したことに精神を衰弱させ、挙句には自身の居室において自害するという事態になってしまった。
テレソアは幼い頃に実母であるエネリアを亡くしており、これにより遂に天涯孤独の身となってしまうのだが、彼女は喪に服する暇もなく混乱の渦中に身を置くことになる。
前皇帝ルドルフの子はテレソアのみとなってしまったのだが、ここに更に大きな問題が発生した。
帝国はその帝国法により、皇帝はその直系男子かあるいは直系女子の配偶者のみとしていたのである。
この法により、新皇帝の座を巡る激しい闘争が繰り広げられ、帝国内の領主貴族たちはテレソア擁立派と男系皇帝擁立派に二分されることになった。
テレソア派には時の宰相であり大公のマクシミリアン・カロネリアがおり、男系皇帝擁立派には大公マクシミリアンの腹違いの弟であるヨーゼフ・カロネリア・ハインツ公爵がいた。
当時の対立の趨勢は宰相たるマクシミリアン率いるテレソア派に傾いていると見られたが、男系皇帝擁立派のヨーゼフは皇室直轄諮問機関である枢密院議長であり、またその勢力下には皇室侍従長のワイアット公爵や財務卿のルマン伯爵等といった帝国の名立たる貴族たちが対抗勢力として名を連ねていた。
この問題は帝国の立法機関である帝国元老院で連日争議され、ある時は罵り合い、ある時は揉み合いとなり、果ては元老院外である貴族同士の領地争いとなるまでに至った。
しかしながら、元老院での論争はマクシミリアンたちテレソア派の奔走により、僅差であるがテレソア派の勝利となり、帝国法の皇位継承に関する法律が一部改正され、女子であっても直系であれば皇位を継承することが出来ると法的に認められることとなった。
これにより、テレソアは正式に皇位継承し晴れて帝国初の女帝となったのだが、この騒動は国内に問題の種火として依然、燻り続けている。
このように、帝国は長い歴史と文化、そして経済を持つ豊かな大国のひとつであるが、巨大な国家であるが故に、貴族や官僚の汚職や犯罪の多発、貧富の格差等、内面の問題を多く抱える側面があり、近年では国土の西にあるサラーステップを居住地とする騎馬民族による略奪や同じく西の小国家群の一つである【キスルス】との国境摩擦問題を抱えている状況にある。
軍事面は過去と比較すればかなり弱体化したと言える。
帝国の軍事力はすなわち貴族たちの軍事力であり、帝国軍とは国内貴族たちの私兵の集団である。
各貴族たちが一致団結し、帝国軍として指揮を統制できたとすれば、これは大陸最強であるといえるが、貴族たちが肩を並べて強調することは有り得ず、よって純粋な戦力として他国と比較することはできない。
この問題はぺシニア王国と同様、封建領主制の宿命とも言える。




