第5章 ガンダムはもう「ひとつの作品」なのか?
ガンダムという言葉を聞いて、何を思い浮かべるかは人によってかなり違うと思う。
初代の『機動戦士ガンダム』を思い浮かべる人もいれば、『Ζガンダム』かもしれない。『SEED』で入った人もいるし、『00』や『鉄血のオルフェンズ』、『水星の魔女』が最初のガンダムだった人もいる。
ここで改めて考えると、なかなか妙なシリーズだ。
『Ζ』や『逆襲のシャア』のように初代から続く作品もある一方で、『Gガンダム』や『ガンダムW』、『SEED』、『00』などは世界そのものが違う。
歴史も違う。登場人物も違う。モビルスーツが存在する理由すら違う。
それでも全部「ガンダム」だ。
もしこれが普通の物語なら、主人公も世界も設定も違えば、もう別作品と言ってしまってもよさそうなものだ。でも、頭に角のようなアンテナがあって、二つ目のロボットが出てきて、「ガンダム」という名前を背負えば、ちゃんとガンダムとして受け入れられる。
もちろん実際には、それだけでガンダムになるわけではない。作品ごとに戦争や人間関係、兵器としてのモビルスーツなど、長年積み重ねてきた要素がある。
ただ、それらは「同じ物語を続けるための設定」ではなく、「新しいガンダムを作るための材料」になっているように見える。
ここが面白い。
最初は『機動戦士ガンダム』という一つの作品だったものが、いつの間にか「ガンダムという名前で新しい作品を作ることができる仕組み」になっている。
たぶん、これが長寿IPのかなり強い形なんだと思う。
仮面ライダーも似ている。
初代仮面ライダーとクウガと電王を、ひとつの長い物語として見る人はあまりいないだろう。
主人公も違えば、敵も違う。変身する理由も違うし、作品の雰囲気もかなり違う。
それでも新番組が始まって、主人公が「仮面ライダー」を名乗れば、こちらは自然に「ああ、今年のライダーはこういう感じなのか」と受け入れる。
考えてみれば、ずいぶん便利な仕組みだ。
毎回まったく同じものを作る必要はない。
世界観を変えてもいい。デザインを大きく変えてもいい。子供向けに振ってもいいし、少し重い話にしてもいい。
変えてはいけない部分を最低限残しながら、それ以外は時代に合わせて作り直せる。
だから何十年も続けられる。
逆に、ひとつの主人公、ひとつの世界、ひとつの物語だけを延々と続けなければならないシリーズだったら、ここまで長く続けるのはかなり難しかったんじゃないだろうか。
そう考えると、ガンダムや仮面ライダーは「長く続いている作品」というより、「新しい作品を何度でも作れる名前」になった、と言った方が近い気がする。
これは漫画原作を中心にした長寿作品とは、少し違う。
『ONE PIECE』なら、どれだけ映画やゲームやグッズに展開しても、中心にはやはり尾田栄一郎の漫画とルフィたちの物語がある。
それに対してガンダムや仮面ライダーは、初代の主人公がいなくても新作を作れる。
昔の物語を知らなくても、新しい入口から入れる。
この違いはかなり大きい。
今回考えている「IP」は、たぶんこういうものに近い。
一つの作品をいつまでも引き延ばすのではなく、その名前や基本的なイメージを残して、そこから何度でも新しい作品を作る。
作品がIPに飲み込まれたというより、作品を生み出すための大きな箱ができた、と考えた方がしっくりくる。
ただ、ここまで考えて、もうひとつ気になる例が出てくる。
仮面ライダーと同じように、毎年新しい主人公を出して、毎年新しい玩具を売り、半世紀近く続いてきたシリーズがある。
スーパー戦隊だ。
条件だけを見れば、仮面ライダーとかなり似ている。
それなのに、こちらは50年で一度、従来の形を終えることになった。
なぜだろう。




