第3章 そういえばパトレイバーって、かなり変な作品だった
『機動警察パトレイバー』。
俺の好きな作品のひとつなのだけれど、改めて考えると、あれはかなり変わった始まり方をしている。
普通、アニメや漫画の展開を考えるとき、どこかに「原作」があることが多い。漫画が人気になってアニメ化されるとか、小説が売れて映画になるとか、まず一本の作品があって、そこから別の媒体へ広がっていく。
でもパトレイバーは、ちょっと違う。
最初からHEADGEARというクリエイター集団が企画を立ち上げ、1988年にOVAと漫画がほぼ同時期にスタートした。そこから劇場版が作られ、テレビシリーズが始まり、小説やゲームにも広がっていった。
しかも面白いのは、それぞれが同じ話を別の媒体でなぞっているわけではないことだ。
漫画には漫画のパトレイバーがあり、OVAや劇場版にはそちらのパトレイバーがある。テレビシリーズもまた少し違う。登場人物や基本的な設定は共有しているのに、ひとつの原作を中心にして全部が枝分かれしている、という感じでもない。
今の言葉で考えると、かなりIP的な作り方に見える。
「機動警察パトレイバー」という世界とキャラクターが先にあって、それを漫画なら漫画、アニメならアニメ、それぞれの作り手が自分の媒体に合わせて料理していく。
もちろん当時から「メディアミックス」という言葉はあったし、パトレイバー自身もその先駆的な作品としてよく語られる。ただ、今になって「IP」という言葉を知った上で見直すと、俺には少し違ったものにも見えてくる。
ひとつの作品を別の媒体へ移植するというより、ひとつの“器”から複数の作品を作っている。
そう考えると、かなり今っぽい。
しかも、この話には妙な続きがある。
1988年に始まったパトレイバーは、その後ずっと新作を作り続けてきたわけではない。長い間、大きな映像展開がほとんどなかった時期もある。
それでも2026年の今、また新作が映画館にかかっている。
三十年以上前に作られたキャラクターと世界観が、一度眠ったような状態になっても、もう一度引っ張り出して新しい作品を作ることができる。
これも考えてみれば不思議な話だ。
テレビシリーズを毎年続けていたわけでもない。新作映画を定期的に作っていたわけでもない。それなのに「パトレイバー」という名前を聞けば、今でもイングラムや特車二課が頭に浮かぶ人がいる。
作品そのものがずっと動き続けていたわけではないのに、何かが残っている。
そして、その残っているものを使えば、何十年後でもまた新しい作品を作れる。
このあたりまで考えて、ようやく少し分かってきた気がした。
もしかすると、「メディアミックス」と「IP」は似ているようで、見ている方向が違うのかもしれない。
メディアミックスは、ひとつの作品や企画をどう広げるかという話。
一方でIPという言葉は、その作品やキャラクター、世界そのものを、どう残して、どう使い続けるかという話なのではないか。
同じように見えて、微妙に違う。
その違いをもう少し整理してみることにした。




