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チョロ王太子の婚約破棄騒動の話  作者: 南方夢那


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9/10

カイラード⑦

もしアルティエとカイラードが婚約解消としたって令嬢であるアルティエにはどうやっても瑕疵が付く。たとえカイラード側が悪くても、だ。

父と母の場合は側妃が自ら母を持ちあげたことでうまくおさまっただけに過ぎない。

しかも側妃は父の妃であることは変わりないのだ。

けれどアルティエの場合は違う。カイラードではなくユーリスを選ぶとなればいくら侯爵令嬢といえどやはり反対されるだろう。ましてやカイラードが廃嫡されればユーリスが王位につくのだ。婚約破棄された女など正妃としては到底認められないだろう。良くて側妃だ。だが一歩間違えばその側妃すら厳しくなる。

ラステロウ侯爵自体は娘が正妃だろうが側妃だろうがカイラードをはねのければそれでいい、くらいに考えていそうだが。


(ユーリスはアルティエがカリナをうまく使っているのを感づいたのだろう。そうしてこの茶番劇をさらに利用して側近たちをうまく乗せたか…?)


ユーリスはカイラードが侯爵たちに見限られたとしって自分が王位につくことになると知ったのだろう。であればアルティエを手に入れられるチャンスが巡ってきたと喜んだに違いない。だから彼女に瑕疵を付けずに正妃として手に入れる策を練っていた。


(真実の愛の裏で被害者となった哀れな婚約者、それを救う王子の劇を周囲に見せつけることで貴族だけでなく民意までもの期待を高ぶらせて反対派を抑える…か?)


そうまでしてアルティエを正妃にしたいということであろうと、カイラードは考える。

ユーリスもまたアルティエに執着しているのだろう。


(あれもまた、己の野心に踊らされたかわいそうなやつなのかもしれないな)

ユーリスの考えに踊らされている側近たちを見ながらカイラードは一人ため息をついた。


周囲の思惑にどの道を選ぶべきかカイラードは図書室の受付机の下に身を潜めたまま、膝を抱えて深く考え込んでいた。

セシリアは、彼が言葉にできない重い悩みを抱えていることに気づいていた。

時折、心配そうに視線を向けては、どう声をかければいいのかを測るように、小さな唇をかすかに動かす。けれど、結局は何も言わないことを選んだ。

ただ、彼を一人にしないように静かにその傍らに寄り添い続けている。

その不器用で温かい沈黙がカイラードの心を少しだけ解きほぐした。

彼は床を見つめたまま、ずっと胸の内にあった、けれど誰にも聞くことはなかった問いをぽつりと口にした。


「……ローレル嬢。君は、ラステロウ侯爵令嬢が我が国の王妃になることについてどう思う?」

突飛な質問だったかもしれない。

セシリアは驚いたように丸い瞳を瞬かせたが、すぐに次期領主としての、そして一人の貴族令嬢としての真摯な顔つきになり、言葉を選びながら答えた。


「……大変素晴らしい、立派な王妃になられるかと存じます。そのお血筋はもちろん、立ち居振る舞い、教養、どれをとっても完璧な方だと、私などの耳にも届いておりますわ」

「そうか……」

「ただ……」

セシリアは少しだけ言いにくそうに、けれど決して嫌味にならないように言葉を紡いだ。

「なんだ?」

「学園でのラステロウ侯爵令嬢の御様子や、選ばれる書物の傾向を拝見しておりますと……王都以外の、遠い地方の領地のことにはあまりお心が向いていらっしゃらないように見受けられます。もし、あの方がこの国の国母となられる日が来ましたら……どうか王宮の外へも目を向け、私たちの故郷のような、王都から離れた領地の営みも色々とお心に留めていただけたら、これほど嬉しいことはございません」

セシリアの言葉はどこまでも優しかったが、だからこそカイラードの胸には冷徹な現実が突き刺さった。


(…彼女にも気づかれているんだな)


カイラードは、これまでのアルティエの言動を思い返していた。

彼女はたしかにとても優秀で、王妃として遜色ないだろう。その頭の良さで施策も難なくこなすことは容易に想像できる。

けれど…小さいころから王都出身の高位貴族に囲まれ、自身も高位貴族として育った彼女の根底にあるのは強固な選民思想だ。

うまく隠しているが彼女にとって、価値があるのは王都の中心にいる一握りの高位貴族だけであり、下位貴族や地方の田舎貴族など彼女の意識にはないものだ。ましてや平民など意味をなさない、ただそこにあるだけのものなんだろう。

そしてそれはカイラードの中にも実はあったものだ。

だが、セシリアと語り合う中で得たものは、国を真に支え、豊かにしているのは最前線で汗を流し、実務を担う下位貴族や地方の領主たちだ。そしてそこで働く領民たちこそが国の宝そのものだと気づいた。

けれど…アルティエは変わらない。ただ自分の周りの貴族のみを贔屓し、その特権を守ることしか考えていない。

(だからこそ…カリナの将来を顧みず捨て鉢のように駒として使った…)


そんな彼女が国母になれば、地方は疲弊し、この国は内側から腐り落ちる。

それはあまりにも危険な未来だった。




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