カイラード⑧
カイラードは小さく息を吐き、もう一つの核心に触れる問いを重ねた。
「では、ユーリスのことはどう思う? 私の弟だ」
「第二王子殿下、でございますね」
セシリアは今度も淀みなく、素直な敬意を込めて微笑んだ。
「ユーリス殿下もまた、文武に秀でた大変立派な方だとお見受けいたします。すでに国の施策にも関わっておいでとも…。ですからカイラード殿下の良き補佐として国を支えていただけるのではないでしょうか」
「……良き補佐、か」
セシリアの言葉は、まさにこの国の理想的な王室の姿だ。
しかし、カイラードが見抜いたユーリスの正体はそれとは程遠い。ユーリスの一番はアルティエだ。それもまた愛情深い素敵な男なのだろう。少なくてもアルティエにとっては。
けれどアルティエへの執着を最優先にするということは国家の利益や民の安寧よりも一人の女を優先するということだ。現国王のように…。
「ですが…これはあくまで私の希望でありますので、カイラード殿下から見たユーリス殿下がそうではない、と思うのであれば…きっとそうなのでしょう。」
セシリアはカイラードの思考を思いやるように言葉を続ける
「正直…田舎の一貴族である私には殿下やラステロウ侯爵令嬢のお立場はわかりません。ましてやお気持ちなど図りようもございません。ですがカイラード殿下がここでどれほど悩み、苦しい思いをしながら、この国の行く先を考えていることは感じておりました。ですから、容易に出した答えではないことはわかります。…えっと、何が言いたいかというと、殿下が悩みぬいて導きだした答えなら、きっとそれは正しいと、私は思います」
少し恥ずかしそうに、けれど迷いのない真っ直ぐな瞳で微笑む彼女を見つめながら、カイラードは胸の奥が熱くなるのを感じていた。
(――正しい、か)
「……ありがとう」
そうセシリアに伝えると、彼女は静かに微笑んだ。
「もうすぐ…卒業だな。ここに来るのも今日で最後だ。ローレル嬢は…卒業パーティーは出るのだろう?」
「……はい。それが終われば、領地にそのまま帰ります」
「そうか……。元気でな」
「………殿下も………お元気で」
セシリアが何か言いたそうに口を開く。がやはり彼女は何も言わず挨拶の言葉のみを口にした。
けれどその琥珀の瞳からはうっすら光るものが見えたが、カイラードはそれを見ないふりをした。
それを言ってしまえば、きっと彼女に甘えてしまうだろう。
カイラードは黙って図書室を出て一人薄暗い廊下を歩いていく。
そうして、カイラードは心を決めた。すべてセシリアが教えてくれた。
自分のためではなく、この国のため、そして何よりセシリアが愛する領地…美しい大地と領民たちの未来を守るため。
そのために泥を被ってでも自分の果たすべき責務を全うする。
それが今自分ができる最良の方法なのだ。
その為にカイラードは一人の男に会いに行くことにした。
そうして卒業パーティーを迎えた日。
カイラードはあえて誰の供も連れず、ただ一人、ラステロウ侯爵家へと向かった。
「婚約者殿を迎えに来ました」
豪奢なエントランスで、そうにこやかに侯爵家の家令に伝えれば、彼は青い顔をして「殿下がどうしてここに…」とぶしつけにもそうつぶやく。
(まぁそうだろうな。いままで婚約者としての責務を放棄してしまっていたからな)
彼らの困惑の理由を冷徹に理解しながらもカイラードはにこやかな王太子の微笑で言葉を返す。
「婚約者をエスコートするのはあたりまえではないか」
だがカイラードがそこについたときには、すでにアルティエは会場に向かっていた。
彼女の元にも今日の婚約破棄の計画はカリナから伝えられているのだろう。
カイラードが今更迎えに来るなどとは夢にも思っていなかったのだ。
侯爵家全体にもそのように伝わっていたに違いない。
家令が慌てて奥へ走ると間もなくしてラステロウ侯爵閣下があからさまに動揺を滲ませながらエントランスへと姿を現した。
「殿下、まさか殿下自らがエスコートされるとは思いもよらず…娘は一人で会場に向かってしまわれました」
だが、こちらは流石に百戦錬磨の狸だ。すぐに表情を取り繕うと、今まで放置していたのに今更だろうと言うようにどこか上から目線の態度である。
しかし、どれだけ尊大に振る舞おうとも侯爵の瞳の奥の動揺までは隠しきれていない。
仕組んでいる婚約破棄劇場が機能しない可能性に心の中では冷や汗をかいていた。
「それはすまないね。令嬢とはちょっとした行き違いがあってね。だがこれ以上の行き違いはお互いのためにならないからね。なにせ私たちは結婚し共にこの国の王太子、王太子妃になるのだから」
カイラードが放ったその言葉に、ラステロウ侯爵の顔面が見事に引きつった。
それを見ただけで、カイラードの胸の奥には今までのうっぷんが晴れる気がした。
「では、せっかくだ。令嬢が先に行かれてしまったのなら、閣下は私と一緒に会場へ向かいましょう」
カイラードが誘えば、侯爵の顔がますますひきつる
「いえ、私は…」
「遠慮することはない。閣下もパーティーに参加するのだろう。ならばいっしょに行こう。なにせ未来の義父だ」
カイラードは有無を言わせぬ笑みで、侯爵の逃げ道を完全に塞いだ。
侯爵を伴って夜会広間に到着した頃、ちょうど国王夫妻である父と母、そして側妃が馬車から降り立っていた。側妃はカイラードとラステロウ侯爵が並び立つのを認めた瞬間、ピクリと眉尻を跳ね上げたが、瞬時にいつもの艶やかな笑顔へと戻る。
(まったく、どいつもこいつもうまく顔を隠すものだ……)
カイラードはそんなことを思った。
「父上、母上、側妃殿。私たちもちょうど到着したところです。せっかくですから、皆様共に会場へ向かいましょう」
この計画の関わる全ての者を逃がすわけがない。父と母は何も知らないだろうがこの二人も計画の中に組み込まれているのだ。ならば、すべてを特等席で見届けてもらわねばならない。
そうして、物語はあの始まりの瞬間へと巻き戻る。




