カイラード⑨
大扉が開かれ、カイラードが国王夫妻らと共に会場に足を踏み入れたその時。
そこではユーリスとアルティエの愛の劇場が披露された後だった。
アルティエが夢から覚めたように
「どうして……どうして、貴方がそこにいるのよ……!?」
彼女の金切り声が響き、淑女の仮面がはがれ落ち、カイラードに憎悪の顔で怒鳴りつける。
隣のユーリスはよほど自分の策に自信があったのか、不意すぎるカイラードの、それも侯爵や両親を従えての登場にまだ頭の処理が追いつかないらしく立ち尽くしたままだ。
周囲の異常なざわめきに国王は険しい表情で会場を見渡すと「それで、いったい何の騒ぎだ?」と重々しく問いかけた。
管理官が国王に事の次第を伝える。その傍らで王妃が管理官からアルティエの裏切りに聞き及ぶと、そのまま激しい怒りに燃える目でつかつかと彼女に向かって歩き出した。
「この売女―!!」
凄まじい怒号と共に王妃はアルティエに向かって容赦なく右手を振り上げた。
彼女の頬目がけて叩きつけられんとするその右手に、カイラードと、ようやく我に返ったユーリスが同時にそれを止めようと身体を動かす。
そして、ユーリスがアルティエを抱きかかえ、カイラードが彼女の前に立つと王妃の右手がカイラードの頬を打った
「……いっつ!」
息を呑む観衆の前で王妃は我が子の行動が信じられないというように目を見開く。
「カイラード……! なぜ貴方がそんな女を庇うのです……!」
その瞬間をラステロウ侯爵は見逃さなかった。実の娘に向けられた暴力と王妃のあまりの醜態に怒り狂った様子で国王夫妻へと詰め寄る。
「陛下、王妃の我が愛娘への不当な暴力、断じて見過ごせませんぞ……!」
それを皮切りにそこからは会場はもうてんやわんやの大騒ぎとなった。
華やかなはずの卒業パーティーは一瞬にして見るに耐えない泥沼の修羅場へと化していく。
「―静粛にせよ!!」
地鳴りのような国王の怒声が狂乱の会場を圧した。
最終的にこれ以上の醜態を晒すまいと国王が事態の収拾を図るために宣言した。
「……当事者は全員奥の別室へ来なさい。卒業する皆は引き続き楽しんでくれたまえ」
背を向け、大股で歩き出す国王。
その後を追うユーリスと、抱きかかえられたまま未だに激しい呼吸を繰り返すアルティエ。理性を失いかけた王妃は陛下の後ろを護衛に引きずられていき、ラステロウ侯爵と側妃も顔色を険しくして後に続く。
そして、婚約破棄を言い渡していた側近たちとカリナもまた護衛たちに連れられていた。
カイラードは赤く腫れ上がった頬にそっと指を触れながら彼らの背中を冷ややかに見つめていた。
騒然とする観衆の中、まっすぐに自分を見つめる琥珀色の瞳に気づく。
彼女は泣き出しそうなほど心配そうな瞳でカイラードだけを見ていた。
カイラードは自分を案じてくれる唯一の女性に向けて、安心させるように少しだけ唇を綻ばせて微笑むと黙って国王たちの後を追った。
関係者がいなくなった広間でセシリアはただ立ち尽くすしかなかった。
(カイラード殿下……。どうか、もうこれ以上傷つかないでくださいませ……)
彼女ははここでそう祈ることしかできなかった。
そしてあの渦中で何もできない無力な自分に対しセシリアは激しい憤りを覚えた。
だが、去り際に彼が見せたあの微かな微笑みが脳裏をよぎる。
(もし、殿下が納得できる道筋がすでに立っているのなら…)
セシリアはぎゅっと胸の前で手を握り締め、彼が選んだ未来を信じようと心に決めた。
別室で静まり返る中、初めに声を発したのは側妃だった。
彼女は震える声で「アルティエちゃんはユーリスのお嫁さんになるはずだったのに…、貴方方が無理やり横やりを入れたからではないですか」と叫んだ。
始まりはやはり王妃の横やりの婚約だった。
側妃はあの窮屈な王宮の中で自分を支えてくれていた親友と愛息子の結婚だけを夢見ていたのだ。
それを受けてアルティエとユーリスの告白が始まる。
アルティエは泣きながら「わたくしは…わたくしはユーリス様とずっと一緒にいたかっただけですわ」といえばユーリスも「最初は、兄上とアルティエの婚約がなされた時に彼女を諦めました。でも兄上がそこの女と現を抜かし、婚約者の義務を放棄した。…であればアルティエを返してもらってもいいと…」
彼らの言い分を並べ立てれば、まるで王妃とカイラードの不徳こそがすべての元凶であるかのようだった。でも…。
「だが、カリナはアルティエ嬢が仕込んだのだろう」
その瞬間、アルティエとカリナの身体が、同時にビクッと大きく震えた。
「しって…いたのですか?」
アルティエが絶望に染まった声で呟いた瞬間、隣にいたカリナがついに堪えきれなくなったようにわっと泣き出した。
「わ、私はいやだって言ったんです。ですがアルティエ様が言う通りに王太子を誘惑すれば、実家の借金も、妹の病気のことも何とかしてあげるって……だから、だから私は……!」
ラステロウ侯爵は苦虫をかんだような顔のまま無言を貫いていた。
カリナの自白を間近で聞いた側近たちも血の気の引いた顔でただうつ向くことしかできずにいるようだった。




