カイラード③
カリナとの距離が近づくと共に最近彼女がふと不安げな表情を見せることが多くなった。生徒会室の片隅で俯いて小さくため息をつく彼女の姿にカイラードは胸を締め付けられる。
「カリナ……何か悩み事でもあるのか? 私にできることなら、何でも力になるよ」
声をかけるとカリナはびくりと肩を揺らし、水色の瞳にじわじわと涙を溜めて私を見つめた。
「い、いえ……その……。実は、アルティエ様から、カイラード様との距離が近すぎると……そう、強く叱責されてしまいました。私のような身分の者が、殿下の隣にいるのは不敬だと……。私、やっぱり少し、殿下と距離を置いた方がいいのでしょうか……っ」
カイラードはアルティエにたいして、疑問を持った
(彼女は何をしても私に興味など持たなかったはずでは?)
お茶会の席でどれだけ必死に話を振ってもすべてを拒絶していたあのアルティエが?
(まさか!私に興味はないくせに、王太子妃の座だけは手放したくないというのか……!)
目の前で悲しそうにしているカリナを見るとカイラードの心はこれまでにないほど怒りがわいてきていた。
自分を全肯定してくれる唯一の光であるカリナをアルティエが傷つけた。その事実だけがカイラードを憤らせる。
それはカイラードだけではなかった。 そばで話を聞いていた生徒会の側近たちもカリナの悲しそうな顔を見て一斉に表情を強張らせた。
「いくら婚約者だからといって、殿下の友人関係にまでケチをつけるのは横暴だ。嫉妬をそんな陰湿な形でぶつけるなんて、高位貴族の風上にも置けないな」
「ラステロウ侯爵令嬢は厳しすぎる!カリナちゃんが泣くほど言い詰めるなんて!」
カリナを守るように囲む側近たちは、アルティエに対して隠しきれない憤りを募らせていく。
生徒会室の空気はカリナの涙によって一気にアルティエへの憎悪に変わっていった。
そしてカイラの憂いはそれ1回だけではなかった。
教本を隠されたり、女生徒に突き飛ばされたりするようになって陰湿ないじめがエスカレートしていったのだ
カイラはアルティエに対し怯えるようになっていった。
(みんなが幸せなんて、甘い考えだった。アルティエは王妃には向かない冷たい女だ!)
カイラードの中で、アルティエが裏で手を引いてカリナを苛めているという確信は強まっていった。
自分を慕う健気な少女を理不尽に傷つけるような女性を王太子妃として迎えるわけにはいかない。彼はそう強く思うようになっていった。
そのせいで、アルティエとの定例のお茶会は一切なくし、誕生日のプレゼントも、夜会でのエスコートもすべてやめた。
あからさまな拒絶を示すことで、カリナへの嫌がらせを牽制しようとしたのだ。
さらにアルティエからカリナを守るためにランチの時間も生徒会メンバーでとるようになっていった。
そんなある日、いつものようにカリナと側近たちとランチをしていたらふと、カリナが何かを思い出したように愛らしくクスリと笑った。
「そういえば、カイラード様ってば、まだうんと幼いころ、お気に入りの熊のぬいぐるみに国王陛下の指輪をはめて遊んでいらして、それが抜けなくなって陛下に大層怒られて大泣きされて…逃げ出した先で転んで噴水に突っ込んでしまわれたとか?ふふっ、幼いころのカイラード様は、とってもやんちゃで可愛らしかったのですね」
楽しげな声とは裏腹に、カイラードの心臓はドキンと大きな音を立てて跳ね上がった。 全身の血の気が、一気に引いていくような感覚。
「……ああ、そんなこともあったね。懐かしいな。でも、カリナ。そんな昔の話、一体どこから聞いたんだい?」
(落ち着け。表情に出すな。決して、カリナに不審に思われてはならない……!)
王子然とした微笑みを完璧に貼り付けてカリナに問いかけた。
「え? ええと、それは……誰からでしたっけ? 学園の、誰かから噂で聞いたような……」
カリナはあからさまに動揺し、泳いだ水色の瞳を隠すように慌ててスープを口に運んだ。 しかし、彼女のそんな不自然な様子に気づかない側近たちは、「ははは、きっと殿下が以前、雑談の席で僕たちに話されていたのをカリナちゃんが覚えていたんじゃないかい?」などと言って、その話題を笑いながら流してしまった。
カイラが口にしたその話はかつてどうしても笑ってくれないアルティエの心を少しでも和ませたくて、お茶会の席で彼女にだけ、恥を忍んで教えた内容だった。
『恥ずかしいから、僕とアルティエ嬢だけの秘密だよ』と伝えた特別な記憶だった。
アルティエ以外でもたしかにその場にいたメイドたちも知ってはいるが…、カリナと接点はあるはずがない。
(なぜ、カリナがそのことを知っている……?)
まさか、という思いとカイラを信じたい気持ちがカイラードの胸の中で激しく入り混じり、せめぎ合う。
カイラを信じたい、その思いでカイラードは密かにカリナの身辺と、アルティエの動向を調べさせた。
そして、残酷な真実に辿り着いてしまった。




