カイラード①
カイラードは正妃の長男として生まれた。
彼は第一王子であり王家の象徴である蜂蜜色を含んだ黄金の髪と国王と同じサファイヤのような瞳を持ち、王妃と陛下の寵愛を受けて育った。
けれど、彼の背後にある母の実家は力が弱く、いつも側室とその息子である第二王子の影のように扱われていた。
王宮の者たちはたかが子爵令嬢に過ぎなかった母や、その腹から生まれた自分を心のどこかで蔑んでいた。それは幼いカイラードにもありありと感じるほどに。
向けられる冷ややかな視線、どこか投げやりな態度がそれを十全に理解させた。
「第二王子殿下は、この間の武道大会で優勝されたとか…」
「勉学の進みも早くすでに外国語を3ケ国語もマスターされたとか。それに比べて第一王子殿下は……」
第二王子は側妃に似た黒髪と青い瞳ではあったが、カイラードよりずっと出来が良かった。
耳を塞いでも聞こえてくるユーリスへの賞賛とカイラードを小ばかにする声は日に日に彼を追い詰め、消えないコンプレックスとなっていった。
彼が持つ王家の象徴などユーリスの前ではかすんでしまう。
(僕は何をやってもダメなんだ。弟の方が立派ですごいやつなんだ)
そして、その周囲の声をカイラード以上に気に病んでいたのが母である王妃だった。
ヒステリックになった母はユーリスを賞賛しているメイドや侍従に対して、大したことのないミスを見つけては厳しい罰ばかり与えて罷免していった。
そうなるとカイラードの周りは彼を忖度するもので固められていき、カイラードが内容を理解できていなくても教育係たちは機嫌取りのために「素晴らしい出来です!」と合格を出した。基盤ができていないのだから次の課題など当然できるわけがない。
そうして負のループが出来上がり、彼の成績は見た目は良くても実態は身についていないという張りぼての状態となっていた。
ある日、父と母がいつになく上機嫌で「お前の婚約者が決まった」といった。
そして「彼女はこの国で王妃である母と側妃の次に高貴な令嬢だ」とも。
その瞬間、カイラードの胸に小さな灯がともった。
第二王子のユーリスよりも先に自分にそれほど身分の高い令嬢があてがわれた。
それはつまり、父が弟よりも自分を世継ぎとして認め愛してくれているということだ。
父からの愛情を感じてカイラードは素直に嬉しかった。
それに、将来を共にする相手だ。父上と母上のようにお互いを愛し、仲良く寄り添いたいと心から思った。
そうして迎えた、婚約者であるアルティエ・ラステロウ侯爵令嬢との初めての会合の日。
緊張しながら庭園の東屋で待っていると彼女は時間ぴったりに現れた。
彼女を初めて見たときあまりの美しさに思わず息を呑んだ。
絹のようなプラチナブロンドの髪は輝いて最高級のルビーのような赤い瞳を持った美しい令嬢。
カイラードは、生まれて初めて胸が激しく高鳴るのを覚えた。
「来てくれてありがとう。今日は楽しみにしていたんだ」
「光栄です」
優雅で隙の無いカーテシーで挨拶をする彼女は微笑み短くそう答える。
そうして二人きりでのお茶会が始まった
カイラードは何とか彼女と親しくなろうと、必死に言葉を紡いだ。
「アルティエ嬢、好きな花はなに?」
「バラが好きですわ」
「バラか! たしかにバラは綺麗だよね。今度王宮のバラがきれいに咲いたらプレゼントしたいな。何色のバラが好きなんだい?」
「…バラは何色でも好きですわ」
「そ、そうか。じゃあその時はこちらできれいに咲いた花を見繕わせてもらうね」
「はい、お願いします」
「………では、好きな本はどんなものを読むのかな?」
「歴史書ですわ」
アルティエは問いかければきちんと答えてくれた。。
けれど、万事がこのような短い回答のみで 会話のキャッチボールがまったく成立しない。
アルティエからカイラードへの質問は一つもなく、自分から新しい話題を出すことも決してなかった。沈黙になればそのまま黙って紅茶を飲んでいるだけ。
最初は緊張しているのだと思った。
けれど次のお茶会も、その次も、彼女の頑なな態度は何一つ変わらなかった。
言葉をつくしても、つくしてもまったく手応えがなく、まるで人形に向かって話しているようだった。
それでもカイラードは諦めなかった。少しでも仲良くなろうと必死に話題を振り、時には自分の恥ずかしい話や、出来の良くない成績さえも話のきっかけとして話題にしてみたりもした。
(一緒に勉強しましょうと言ってはくれないかな…)
少しの期待をもちつつ話をすれば「そうでございますか」と興味なさげに聞き流すだけで
カイラードの期待はバッサリと切られる。そればかりか、彼女は静かにこう告げた。
「わたくしと会うよりも、勉強の時間を増やされたらいかがでしょう」
カイラードは自分を思いやるようで、この交流をなくしたいというような口ぶりのアルティエの言葉にさすがに胸がズキリと痛んだ。
「んー、そうなんだけど、アルティエ嬢とのお茶の時間も大切だからね」
必死にそう返したものの、彼女は明らかにがっかりとした態度を隠そうともしなかった。
その拒絶漂う態度に寂しいのを通り越して、悲しくなり危うく涙を流しそうになった。
(私がつまらない男だから…だから彼女は退屈してるんだ。もっと、この時間を楽しいものにしなきゃ。)
そう思い、一般には手に入らない本がある王宮の図書室に誘ってみたり、活動的なことが好きなのかもしれないと乗馬に誘ってみたりもした。けれど、結果は惨敗でけんもほろろに断られた。
それでも諦めきれず、彼女が好きだと言っていた作家の貴重な初版本を人脈を使って探させ、彼女が好きだと言ったバラの花束を贈り、好きだと言ったお菓子を届けたりもした。
彼女はいつも微笑んで「ありがとうございます」と受け取ってくれた。だけどその先の言葉が出てこない。
一緒に読みたいだとか、一緒に食べましょうとか…共有という言葉は一切出てこなかった。
カイラードの淡い期待はいつも粉々に打ち砕かれていった。
(彼女は……私を嫌っているのではないか?)
その疑念は日に日に膨らみ彼の心を黒く蝕んでいった。
どれだけ手を伸ばしても彼女は一歩も近づいてきてくれない。
まるで人形のようなアルティエの微笑みを見るたび、カイラードは不安と孤独にじわじわと押しつぶされそうになっていた。
そんな鬱々とした日々を送っていたある日、いつものようにそっけないお茶会が終わり席を辞した彼女の足元に一枚のハンカチが落ちているのに気づいた。
「あ、アルティエ嬢……っ」
声をかけたが、彼女はすでに部屋を出てしまった後だった。
何かのきっかけになるかと思い「自分で届けるよ」と侍女たちを制止して慌てて追いかける。
息を切らせて王宮の回廊を抜け、庭園に出た時、少し先を歩く彼女を見つけた。
「あ、アルティ…」
カイラードが呼びかける前に彼女の背中がぴたりと立ち止まるのが見えた。
さらに彼女の視線の先には前方から偶然歩いてくる弟のユーリスがいた。
アルティエが身分に従って頭を下げようとしていたのを止め、ユーリスは気安い様子で彼女に何かを話しかけた。そしてそのまま二人が立ち話をし始めたその瞬間、カイラードの瞳に見えたものに彼は凍りついたように動けなくなった。
それは遠目からでも、はっきりと分かった。
ユーリスの言葉に耳を傾ける彼女の横顔は咲き誇る大輪の薔薇よりも美しく。
どんな精巧な宝石よりも輝いていた。
それは、カイラードがどれだけ尽くしても、どれだけ必死に請い願っても、決して見せてくれなかった心からの笑顔だった。
そして話しかけているユーリスもまた同じように頬を染め美しい彼女に見惚れながらやさしい笑顔を向けている。
そこには自分が入り込めない二人だけの空間があった。
(……ああ、そういうことか)
妙に納得がいった。彼女の心がどこにあるのか、カイラードは一瞬で理解できた。
それからというもの、カイラードはアルティエに何かを期待することを一切やめた。。
けれど、自分が置かれている危うい立場を誰よりも自覚していたカイラードは王命で決められた婚約者をあからさまに蔑ろにするほど馬鹿ではなかった。
それに彼女をないがしろにして、それを慰めるユーリスとアルティエを想像するだけでムカついた。
であれば、婚約者の仮面は外さないで、義務は完璧に果たす。
月に一度のお茶会はこれまで通りに続け、誕生日のプレゼントも、夜会のエスコートも投げ出しはしなかった。
自分の気持ちに気づかれているなんて露ほども思っていないアルティエもまた微笑んでそれを受け取り、差し出した手を完璧な所作で取った。
(これでいい。お前の出番はないとユーリスに見せつけるんだ)
二人の間にある壁に見ないふりをしてお互いに仮面を被ったままの冷え切った婚約状態は続いた
カイラード君は成長過程で一人称が変わりました(僕→私)




