カイラード⑩
「……途中までは、すべて上手くいっていたはずですわ」
アルティエは、青ざめた顔でカイラードを激しく睨みつけた。
「なぜ、あなたがお父様と一緒に現れたのですか……! 大人しく婚約破棄を叫ぶだけでよかったのに…。計画が台無しですわ!あなたよりユーリス様の方がずっと、ずっと立派で、国王にふさわしいお方ですのに!」
悔し紛れに私をなじる彼女を、私はただ静かに見つめた。
「そうだな。君たちの関係を無理やり引き裂いた王妃。よく調べもせずねだられたからと言って私にアルティエ嬢をあてがった陛下。何も知らずそれを受け入れた私…。君たちからすればすべての元凶は私たちなのだろう。それに、アルティエ嬢。君には母上からの横暴なしつけによって、辛い体験をさせてしまっていたようだね。それは私の不甲斐なさからくるものだ。本当に済まない」
そう言って、カイラードはアルティエに向かって静かに頭を下げた。
王太子が格下の侯爵令嬢に頭を下げるその姿に別室の誰もが息を呑み、アルティエさえも言葉を失って目を見開く。
「けれど……初めから、そう言えばよかったんだ」
カイラードがゆっくりと顔を上げると、その瞳には憎悪でも怒りでもなく、ただ哀れみを称えた瞳で彼女を見つめた。
。
「え……?」
「この婚約を受け入れたのは君たちもだろう。大人の事情や王命があったとしても。であれば私に対して、人として真摯に向き合い信頼関係を築いてくれても良かったのではないか?」
カイラードは取り乱すことなく、冷静にアルティエとユーリスに向き合う。
「そのうえで…、君が私に他に慕う人がいると相談してくれれば。私だって…お互いが幸せになれる別の道を探せたはずだ。こんな回りくどい、誰も幸せにしない罠を仕掛けなくても」
その言葉は、ユーリスとアルティエの胸に深く突き刺さった。
「ふてくされて私という人間をないがしろにし、見下して…挙句罪をかぶせてくるような人間に王妃は務まらないよ」
アルティエはカイラードの言葉にうつむくしかできなかった。
「ユーリスもそうだ。国の未来を担うべき高位貴族の令息たちにこれほど決定的な瑕疵を付けさせて……。事が露見した時、彼らの親たちが黙っていないことさえ考えなかったのか? たった一人の女への執着のために、国を内側から陥れるような策を立てる男が、本当に次期国王にふさわしいと思うのか?」
カイラードの冷徹な問いかけが別室に響き渡る。
側近の令息たちは自分たちの愚行がどれほど親の家門を巻き込む大罪であったかを突きつけられ、いよいよ絶望に顔を白く染めてガタガタと震えだした。
「ラステロウ侯爵、貴方もだ。アルティエの気持ちを慮ったようで、その実、貴方が考えていたのはラステロウ家の権勢だけだ。高位貴族の特権を手放さぬようにするためだけに…。国の統治を揺るがすようなこんな愚策を裏で容認し利用しようとするなんてな。まったく筆頭侯爵家がこんな愚策しか立てられぬようじゃ国は衰退する一方だ」
「なっ……王太子殿下、言葉が過ぎますぞ……!」
侯爵が顔を真っ赤にして気色ばんだが、カイラードのすべてを見通したような怜悧な双眸に射すくめられ、その言葉は力なく霧散した。
国王はカイラードの言葉を聞き、王妃のおねだりに答えたことからのこの騒動に自身の不出来さを痛感し後悔した。
結局、今回の騒動で全員が手痛い罰を受けることとなった。
こうなってしまってはカイラードとアルティエの婚約続行は難しく婚約解消として手打ちになった。しかしそうなると後ろ盾のないカイラードは王太子から外れることとなる。
けれど、ユーリスもまた兄王子の婚約者に懸想した王子となり瑕疵が付いた。さらに貴族の令息たちを巻き込んで自分の欲を満たそうとしたことで側近たちだけでなく令息を持つ貴族から忌避されてしまい、そのためこちらも立太子などできようもない。
アルティエもまたあの婚約破棄劇場で建前上はカイラードとカリナの仲があったとはいえ、不貞のレッテルが貼られてしまい社交界での立場をなくしてしまった。
そして王妃がパーティー会場で暴力沙汰をおこしたこと、さらにしつけという虐待を令嬢に施していたことを知った国王はさすがに彼女をかばいたてできず、王妃の権力をはく奪して離宮へ幽閉することにした。
代わりに側妃が大っ嫌いな国王と共に王宮を管理せねばならない立場になった。いまっまで通りぬくぬくとしてはいられないことに側妃はため息ばかりついている。
ラステロウ侯爵も娘の不祥事に足を引っ張られ、侯爵の権力に媚びへつらっていた貴族たちから徐々に手のひらを返され、ラステロウ侯爵家の権力はあっという間に地に落ちていった。
そして、カリナについてはもとは領地が水害にあった際の国の対応が遅く借金を背負わせてしまったことにより、侯爵たちにいいように使われてしまったことを鑑みて二度と王都に近づかないことを条件に社交界からの追放で手打ちとした。
王太子を罠にかけようとしたが、最終的には罠にかからなかったので罪人とまでできなかったこともある。
側近の令息たちも同様だった。 婚約破棄の計画が完遂しなかったとはいえ国の中枢を揺るがそうとした大罪である。家門の取り潰しや廃嫡にまでは至らなかったものの周囲からの冷酷な陰口と批判に晒され、婚約解消はもちろんのこと、嫡男の座を下ろされたり、遠方の領地へと引きこもらされたりするなどの処置がとられた。彼らもまた、二度と華やかな表舞台に戻ることは叶わず、社交界から静かに追放されていった。




