第7話「すれ違いと、新たな距離」
あの夜から、数日。
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「……おはよ」
スマホ越しに届く、桜井桃華の声。
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「おはよう」
僕はベッドの上で、少し寝ぼけたまま返す。
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ビデオ通話。
画面の中の彼女は、まだ眠そうな顔をしていた。
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「今日、1限?」
「うん……」
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「ちゃんと起きてて偉いじゃん」
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「桃華も仕事でしょ?」
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「午後からね」
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そんな、何気ない会話。
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でも――
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(ちゃんと“夫婦っぽい”)
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そう思える時間だった。
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大学
いつも通りの講義。
いつも通りの友人。
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「なあ颯太、最近なんか雰囲気変わった?」
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友人にそう言われて、ドキッとする。
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「そう?」
「なんか余裕あるっていうか」
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「気のせいだろ」
笑ってごまかす。
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でも内心は、全然余裕なんてなかった。
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(バレたら終わる)
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それが常に、頭のどこかにある。
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同じ大学に通っている以上、
いつ鉢合わせてもおかしくない。
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実際――
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「あ……」
廊下の向こう。
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桃華がいた。
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友人と話しながら歩いている。
完全に“他人の顔”。
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一瞬だけ、目が合う。
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でも――
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何もなかったかのように、視線を逸らされた。
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「……」
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分かってる。
これが正しい。
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でも――
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(ちょっとくらい……)
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そう思ってしまう自分もいた。
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その夜
【颯太】
「今日、大学で会ったよね」
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既読はすぐにつく。
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【桃華】
「うん、見えてた」
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少し間が空く。
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【桃華】
「ごめんね、無視みたいになって」
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胸が少しだけ締め付けられる。
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【颯太】
「いや、大丈夫」
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本当は、少しだけ寂しかった。
でも、それをそのまま送るのは違う気がした。
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すると――
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【桃華】
「大丈夫じゃないでしょ」
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心臓が跳ねる。
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【桃華】
「顔に出てたもん」
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見られていた。
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【颯太】
「……ちょっとだけ、寂しかった」
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正直に打つ。
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既読。
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少し長めの間。
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【桃華】
「そっか」
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その一言に、少しだけ不安になる。
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でも、続けて――
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【桃華】
「じゃあ、明日会お?」
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思わず、画面を見つめた。
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【颯太】
「いいの?」
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【桃華】
「短い時間だけ」
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【桃華】
「“他人じゃない時間”、ちゃんと作らないとね」
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その言葉に、胸が少し軽くなる。
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翌日
大学近くの、小さな公園。
人目が少ない場所。
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「……ごめんね」
会ってすぐ、彼女はそう言った。
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「いや、俺こそ」
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少し気まずい空気。
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でも、彼女はすぐに一歩近づいてきた。
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「はい」
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差し出されたのは、小さな缶コーヒー。
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「これで許して」
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思わず笑ってしまう。
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「安いな」
「学生夫婦だからね」
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二人で笑う。
その瞬間、空気が少し柔らいだ。
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「ねえ、颯太くん」
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「うん?」
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「ちゃんと、言ってほしい」
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「なにを?」
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彼女は、少しだけ真剣な顔になる。
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「我慢しないで」
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その言葉に、息が止まる。
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「寂しいなら寂しいって」
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「嫌なら嫌って」
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「ちゃんと言って」
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彼女の声は、静かだけど強かった。
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「じゃないと……分かんないから」
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その言葉は、どこか不安そうでもあった。
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「……分かった」
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僕は、小さく頷いた。
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「桃華もな」
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「え?」
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「無理してるなら、ちゃんと言ってほしい」
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今度は、彼女が少し驚いた顔をする。
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「……そっか」
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そして、ふっと笑った。
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「じゃあ、お互い様だね」
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「うん」
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その瞬間。
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少しだけ距離が縮まる。
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「……ねえ」
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「なに?」
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「ちょっとだけ」
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彼女は周りを確認してから――
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そっと、袖を掴んだ。
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「これくらい、いいでしょ」
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恋人繋ぎでもない。
ただ、触れているだけ。
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でも――
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それだけで、十分だった。
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別れ際
「じゃあ、またね」
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「うん」
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少しだけ名残惜しい空気。
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でも――
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「次は、ちゃんとデートしたいね」
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彼女が、ぽつりと言った。
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「普通のやつ」
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その言葉に、胸が熱くなる。
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「絶対しよう」
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「うん」
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小さく頷く。
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そして――
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また“他人”に戻る。
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でも今度は、少しだけ違った。
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ちゃんと繋がってるって、分かっているから。
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