表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

62/68

閑話⑦(後編)「再始動と、“選んだ日常”の重さ」

■夜・桃華の決断


カフェを出たその足で、桜井桃華はスマホを取り出した。


「ほのかさん」


すぐに通話が繋がる。


「……桃華さん?どうしたの、こんな時間」


少し驚いた声。


桃華は一拍だけ置いて、まっすぐ言った。


「仕事、入れてください」


「……今?」


ほのかの声がわずかに揺れる。


「本気で?」


確認というより、“覚悟の確認”。


桃華は一瞬も迷わない。


「少しずつでいいので」


「家族にも認めてもらえる形で続けたいです」


「逃げたくないんです」


その言葉に、ほのかは一度沈黙する。


「……分かった」


静かな返事。


「じゃあ、軽めの案件から戻す」


「ただし条件」


「無理は絶対にさせない。少しでも危なかったら止める」


「いい?」


桃華は即答する。


「はい」



■スケジュール再調整


数分後、メッセージが届く。


(軽めの案件から再開します)


(無理は絶対にさせません)


(体調最優先で調整済みです)


桃華は画面を見つめる。


「……お願いします」


小さく呟き、送信する。


その指先は、少しだけ震えていた。



■翌日・現場復帰


撮影スタジオ。


久しぶりの空気。


ライトの熱、機材の音、人の声。


「え、マジで戻ってきたの?」


「子どもいるって聞いたけど……」


「でも普通に綺麗すぎない?」


視線とざわめき。


その全部が、遠く感じる。


桃華はゆっくり息を吸う。


「よろしくお願いします」


その声は落ち着いていて、どこか“覚悟の層”が一枚増えていた。



■午前の仕事


「もう少し顔上げてもらえますか」


「はい」


「そのまま視線だけ左で」


「……はい」


シャッター音が連続する。


カメラの向こうと、こちら。


そこには確かに線がある。


(母としての自分)


(仕事としての自分)


以前なら曖昧だった境界が、今ははっきりしている。


ふと気づく。


(焦ってない)


(でも軽くもない)


ただ“落ち着いて重い”。


それが今の自分だった。



■午後・休憩室


「無理してない?」


ほのかが水を差し出す。


「大丈夫です」


桃華は少し笑う。


その笑顔は、作ったものではない。


「ちゃんと戻れてますか?」


ほのかは少し考えてから言う。


「戻る、じゃないよ」


「今のあなたは“整えてる”」


「昔に戻る必要ないし、戻れない」


「今の形でいい」


桃華はその言葉をゆっくり反芻する。


「……整える」


「そう」


ほのかは頷く。


「壊れない形にするってこと」


桃華は小さく息を吐く。


「……それなら、できるかもしれません」



■帰り道


夕方の電車。


窓に映る自分。


少し疲れた顔。


でも、崩れてはいない。


(私は何を選んだんだろう)


(全部守るって、こんなに重いんだ)


(でも捨ててない)


その事実だけが、静かに残る。


電車の揺れの中で、思う。


(戻るんじゃない)


(続けるんだ)



■帰宅


「ただいま」


玄関を開ける。


「おかえり」


颯太の声。


それだけで、肩の力が少し抜ける。


桃華は小さく笑う。


「ただいま」


その声には、昼間の仕事の余韻がまだ残っていた。



■夜・リビング


三つ子は眠っている。


静かな部屋。


颯太が顔を上げる。


「どうだった?」


桃華は少しだけ考える。


「……ちゃんと戻ってきた」


「仕事も、少しずつ再開した」


颯太はゆっくり頷く。


「そっか」


「無理してない?」


「してない」


即答。


少し間。


「でも……楽でもない」


桃華が正直に言う。


颯太は小さく笑う。


「そりゃそうだろ」


「全部抱えたままなんだから」


その言葉に、桃華は少しだけ目を伏せる。


「私、ちゃんと選べてるのかな」


颯太は即答しない。


少しだけ間を置いて言う。


「選んでるよ」


「正解かどうかは分かんないけど」


「でも逃げてない」


その言葉が、静かに胸に落ちる。


「……そっか」



■“選んだ日常”の重さ


桃華はソファに座る。


体が少しだけ沈む。


「ねぇ」


「うん?」


「私、戻れないよね」


颯太は即答する。


「戻る必要ないって言ってるだろ」


桃華は少し笑う。


「強いね」


「強くない」


颯太は少しだけ目を逸らす。


「ただ……そうじゃないと困るだけ」


その言葉に、桃華は静かに息を吐く。


(ああ、この人も同じだ)


(支えてる側も、同じくらい重い)



■静かな確信


夜は続く。


止まっているようで、確かに進んでいる時間。


桃華は小さく呟く。


「もう、普通には戻れないね」


颯太は少しだけ笑って答える。


「最初から普通じゃないだろ」


「でもさ」


「今の方がちゃんとしてる」


桃華は目を閉じる。


「……うん」


その返事は、もう迷いの音を含んでいなかった。



夜は静かに流れ続ける。


壊れそうで、壊れない。


揺れながら、それでも続く日常。


そしてその中心に、桃華は確かに立っていた。



最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

もしこの物語に少しでも「面白い!」と感じていただけたなら——


ブックマーク & 評価★5 をぜひお願いします!


その一つひとつが、次の章を書き進める力になります。

読者の皆さまの応援が、物語の未来を動かします。


「続きが気になる!」と思った方は、ぜひ、見逃さないようブックマークを!

皆さまの応援がある限り、次の物語はまだまだ紡がれていきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ