第39話「復帰後の“斉藤もも”ファン感謝祭お泊まり会」
イベント当日
「……本当にやるんだな」
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会場の前で、水上颯太は小さく呟いた。
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そこにはすでに長蛇の列。
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“復帰後初のファン感謝祭・お泊まりイベント”
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その文字が掲げられている。
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内部控室
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桜井桃華(=斉藤もも)は鏡の前に立っていた。
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スタッフが声をかける。
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「体調、大丈夫ですか?」
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桃華は静かに頷く。
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「大丈夫です」
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でもその目は、どこか遠い。
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(今日だけは……)
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(ちゃんと“仕事”としてやる)
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参加者30名
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一般男性30人。
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そしてその中に――
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颯太。
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誰にも気づかれていない。
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妻であり、父であり、そして“ファン”としてそこにいる。
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イベント開始
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最初はトークイベント。
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笑い。
拍手。
カメラ。
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でも徐々に空気が変わる。
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「距離が近いイベント」が進んでいく。
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桃華は一人ずつ向き合う。
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身体を別の男性に、映してキスをしたり…
また別の男性には顔を互いに向けた状態でキスをされたり…
別の男性は露天風呂の中で身体を揺らされた。
その頃の颯太は夫でありながらファンでもあったが…
他の人の様子など見るよしもなかった。
また1人… また1人と斉藤ももは繋がれてくる。
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(仕事だ)
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(これは仕事)
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心の中で何度も繰り返す。
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颯太の番が近づく
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列が減っていく。
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残り数人。
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颯太は静かに呼吸を整える。
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(バレるな)
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(絶対に)
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でも胸の奥がざわつく。
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最後の一人へ
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ついに順番が来る。
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颯太が前に立つ。
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桃華は顔を上げる。
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一瞬――
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ほんの一瞬だけ目が合う。
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「……」
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気づかれそうで、気づかれない距離。
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そして颯太はようやくももと身体を重なり合った
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颯太は、何も言わない。
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ただ、そっと手を伸ばす。
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指が触れる。
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恋人繋ぎのように。
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桃華の目がわずかに揺れる。
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激しい濃厚なキスを… 他の人も同じ様に。
ファンの人と同じ様に、ただ、ファン以上に激しく…
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「……あなた」
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その小声は、仕事用の声ではない。
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颯太は小さく笑う。
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「大丈夫」
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それだけ。
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そして――
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軽く唇が触れる。濃厚なキスを
他の人と同様の時間にたっぷりと厚くて熱くて長いキスを…
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ほんの一瞬。
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でも確かな“合図”。
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「大好きだよ‼︎ あなた」と小声で耳元に…
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桃華は目を閉じる。
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そして、静かに言う。
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「……ありがとう」
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他の列の時間
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その間も、イベントは続いていた。
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一人ひとりが順番に桃華と向き合う。
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笑顔。
言葉。
距離。
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そして…
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サイン。
会話。
写真。
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でも颯太の頭の中には、それは入ってこない。
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(今、ここにいる)
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(誰にも言えない形で)
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イベント終了
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夜。
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全員が退出したあと。
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控室で桃華は静かに椅子に座る。
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颯太は少し離れた場所に立っている。
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「……疲れた?」
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颯太が聞く。
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桃華は少し笑う。
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「うん」
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でもその笑顔は柔らかい。
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「でも」
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桃華は続ける。
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「来てくれてよかった」
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颯太は少し目を伏せる。
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「バレなかったな」
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桃華は小さく頷く。
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「うん」
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そして静かに言う。
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「……守ってくれたね」
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颯太は短く答える。
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「当然」
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夜・帰り道
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二人は別々に帰る。
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でも同じ方向を見ている。
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外の世界は何も知らない。
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ただ一つだけ確かなのは――
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“この関係は、まだ誰にも壊されていない”
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