閑話⑥(後編) 「境界線が壊れる日」
水上家・朝
「颯太」
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呼び出しの声は、いつもより低かった。
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姉・水上眞衣。
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その視線は、妙に鋭い。
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「話ある」
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数日後・カフェ
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テーブルには三人。
* 颯太
* 桜井桃華
* 水上眞衣
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空気は重い。
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眞衣は、桃華をじっと見ていた。
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「……ねえ」
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ゆっくり口を開く。
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「君さ」
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「顔のパーツ、全部整いすぎてるんだよね」
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桃華の動きが止まる。
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「鼻筋、目元、唇、顎」
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「全部どこかで見たことある」
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そして――
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一瞬の間。
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「……もしかして」
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「AV女優の斉藤ももちゃん?」
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沈黙。
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桃華の顔から血の気が引く。
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「……っ」
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何も言えない。
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眞衣は確信する。
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「やっぱり」
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その瞬間。
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「姉ちゃん!!」
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颯太が声を上げる。
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だが遅い。
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眞衣は一歩引く。
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「……気持ち悪い」
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その言葉が、空気を切る。
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桃華は、完全に固まったまま動かない。
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颯太の拳が震える。
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「言いすぎだろ」
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眞衣は冷静に言う。
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「だって事実でしょ」
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颯太の告白
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数秒後。
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颯太は息を吐く。
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そして――
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「そうだよ」
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「斉藤ももが、俺の妻」
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「桜井桃華」
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「大学の同級生でもある」
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眞衣は目を細める。
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「……マジで?」
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「マジ」
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「どこで?」
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颯太は少しだけ間を置く。
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そして答える。
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「30回目の握手会」
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「そこで、交際0日婚を申し込んだ」
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眞衣は絶句する。
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「……意味わかんない」
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現実の重さ
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眞衣は頭を押さえる。
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「で」
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「今どうなってんの」
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颯太は淡々と答える。
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「子ども三人」
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「は?」
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「男1、女2」
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眞衣の表情が完全に固まる。
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「……は???」
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姉の現実的な怒り
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眞衣は一気に言う。
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「AV女優だよね?」
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「それ分かってる?」
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「危ない仕事だよ?」
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「バレたらどうすんの?」
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「浮気とかされたらどうすんの?」
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颯太は即答する。
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「大丈夫」
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眞衣は怒る。
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「何が大丈夫なの!!」
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颯太はもう一度言う。
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「信じてるから」
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沈黙。
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桃華の言葉
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桃華が小さく口を開く。
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「……すみません」
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「でも」
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ゆっくり顔を上げる。
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「裏切りません」
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「浮気もしません」
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眞衣はじっと見る。
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そして――
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「……ほんとに?」
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桃華は即答する。
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「はい」
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姉の結論
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眞衣は深く息を吐く。
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「……もういい」
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「理解はできないけど」
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「止める気もない」
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颯太が少し驚く。
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「姉ちゃん……」
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眞衣は続ける。
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「ただ一つ」
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「弟を壊すな」
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桃華はしっかり頷く。
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「絶対にしません」
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解散
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眞衣は立ち上がる。
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「じゃ、帰る」
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去り際に一言。
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「ほんと変な家族できたね」
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颯太は苦笑する。
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「だな」
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桃華は少しだけ笑う。
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「でも、悪くないです」
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夜
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帰り道。
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颯太がぽつりと言う。
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「これで全部バレたな」
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桃華は少しだけ空を見る。
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「うん」
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でも不思議と、怖くなかった。
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「……終わりじゃなくて」
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「始まりだね」
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颯太は頷く。
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「うん」
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“隠す物語”は終わった。
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そして――
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“家族として生きる物語”が始まった。
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