第35話「退院と、新しい生活の始まり」
病院・朝
「退院、できます」
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医師のその一言で、空気が少しだけ軽くなる。
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ベッドの上の桜井桃華は、ほっと息を吐いた。
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「……やっとだね」
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隣で水上颯太が頷く。
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「長かったな」
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その視線の先には、三つのベビーベッド。
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男の子・颯
女の子・桜
女の子・桃佳
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病院の出口
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小さな包みを抱えて、桃華が一歩外へ出る。
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「……眩しい」
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思わず目を細める。
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颯太がすぐ横に立つ。
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「大丈夫?」
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「うん」
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でも、その声は少しだけ震えている。
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帰り道
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車の中。
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三人の赤ちゃんは静かに眠っている。
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桃華はそっと窓の外を見る。
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「普通の世界だね」
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颯太は少し笑う。
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「今さら何言ってんだよ」
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「でもさ」
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桃華は続ける。
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「戻ってきた感じする」
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颯太はハンドルを握りながら言う。
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「ここからが本番だろ」
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水上家
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玄関が開く。
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「ただいま」
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颯太の声。
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そこには母・水上阿利佐が待っていた。
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「おかえりなさい……!」
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すぐに赤ちゃんへ視線が向く。
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「小さい……!」
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「当たり前でしょ」
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颯太が笑う。
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家の中
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リビングが一気に“育児空間”に変わる。
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ベビーベッドが三つ並ぶ。
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ミルクの準備。
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おむつ。
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タオル。
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「戦争だなこれ」
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颯太が呟く。
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桃華は少し笑う。
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「うん、戦争」
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でも、その表情は穏やかだった。
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夜
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三人が寝静まる。
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家の中は静かになる。
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「……すごいな」
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颯太がソファに座る。
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「さっきまで騒がしかったのに」
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桃華は隣に座る。
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「これが毎日になるんだよね」
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颯太は少し考えてから言う。
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「嫌じゃないな」
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桃華が少し驚く。
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「え?」
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「むしろ」
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颯太は笑う。
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「いい」
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その言葉に、桃華は少しだけ目を伏せる。
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「……そっか」
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静かな時間
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テレビもつけていないリビング。
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遠くで赤ちゃんの寝息。
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桃華がぽつりと言う。
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「普通って、こういうことなんだね」
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颯太は頷く。
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「やっと分かったな」
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少しの沈黙。
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「ねえ」
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桃華が言う。
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「これからも、ちゃんと一緒にいてくれる?」
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颯太は迷わず答える。
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「当たり前」
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その一言に、桃華は小さく笑う。
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「じゃあ大丈夫だね」
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外では何も変わっていない世界。
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でもこの家の中だけは――
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確実に“新しい人生”が始まっていた。
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