閑話⑤(前編) 「はじまりの距離、あの日の“好き”」
昔のファン感謝祭の時…
斉藤ももとのお泊まり会に参加した颯太の話…
病室・夜
「……そういえばさ」
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静かな病室で、水上颯太がふと口を開く。
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「昔の話、していい?」
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ベッドの上の桜井桃華が、少し首を傾げる。
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「昔?」
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「うん」
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少しだけ照れたように笑う。
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「初めて“ももちゃん”に会った時の話」
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数秒の沈黙
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「……ああ」
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桃華の表情が、少し変わる。
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「ファン感謝祭の?」
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「そう、それ」
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颯太が頷く。
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回想・高校3年の春
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バスの中。
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ざわつく空気。
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男性ファン、約30人。
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その中心に――
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“斉藤もも”。
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(……本物だ)
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初めて目の前で見る存在。
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画面の中じゃない。
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現実にいる。
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(やばい……)
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心臓が、ずっと速かった。
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鎌倉・旅館
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「じゃあ、順番に行きまーす」
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スタッフの声。
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一人ずつ、ももと向き合う時間。
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緊張で、頭が真っ白になる。
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(何話すんだよ……)
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(無理だろ……)
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そして――
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「はい、次の方どうぞ」
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自分の番。
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目の前にいる、彼女。
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「こんにちは」
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優しく笑う“斉藤もも”。
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(……可愛すぎるだろ)
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言葉が出ない。
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病室・現在
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「……で?」
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桃華が少しだけ笑いながら聞く。
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「何したの?」
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「何もできなかった」
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即答。
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「え?」
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「マジで固まってた」
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「ふふっ」
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思わず笑う桃華。
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回想・続き
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その後の企画。
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全員での交流。
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距離は少しずつ縮まっていく。
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そして――
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大浴場のシーン。
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(いや、これやばいだろ……)
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非日常。
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現実感がない。
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「隣、いい?」
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ふと聞こえた声。
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振り向くと――
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“ももちゃん”。
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(……は?)
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思考停止。
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「……ど、どうぞ」
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それが精一杯だった。
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病室・現在
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「……隣、いたよね」
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桃華が、小さく呟く。
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「覚えてる?」
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颯太が少し驚く。
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「うん」
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少し恥ずかしそうに笑う。
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「静かだった人」
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「マジで何も喋れなかったからな」
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苦笑する颯太。
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回想・その瞬間
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湯気の中。
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すぐ隣にいる“推し”。
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距離が、近すぎる。
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(……無理だろこれ)
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頭の中がぐちゃぐちゃになる。
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でも――
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その時。
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「どうしたの?」
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優しく声をかけられる。
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その一言で。
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全部、溢れた。
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「……好きです」
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気づいたら、言っていた。
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病室・現在
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「……あれ、覚えてる?」
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颯太が少し照れながら聞く。
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桃華は、少しだけ目を伏せて――
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「……うん」
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小さく頷く。
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「びっくりした」
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「急に真っ直ぐ言うんだもん」
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「今思えば、やばいよな」
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颯太が苦笑する。
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「でも」
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桃華が続ける。
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「ちょっと嬉しかった」
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「え?」
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思わず聞き返す。
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「ちゃんと“好き”って言ってくれたから」
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少しだけ、照れたように笑う。
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病室の静けさ
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あの時は――
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ただの“ファン”と“演者”。
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でも今は違う。
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「……あの時からかもね」
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桃華が小さく呟く。
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「何が?」
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「こうなるの」
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その言葉に、颯太は少しだけ笑う。
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「いや、それはさすがに予想できないだろ」
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「ふふっ、確かに」
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二人で、少しだけ笑う。
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遠い昔のはずの記憶。
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でも――
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確かに“今”に繋がっている。
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