第29話「迫る取材と、崩れ始める均衡」
病院・外来フロア
「……すみません」
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受付で、落ち着いた声。
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スーツ姿の女性――あの出版社の記者。
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「この患者さんに、お見舞いで来たのですが」
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手にしているのは、小さな紙。
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そこに書かれた名前。
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桜井桃華
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受付のスタッフが確認する。
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「ご家族の方ですか?」
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「いえ、知人で」
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微笑みながら答える。
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だが――
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その目は、笑っていない。
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数分後・廊下
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コツ、コツ――
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ヒールの音が響く。
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記者は、ゆっくりと歩く。
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(確か、この階……)
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手元のスマホには、斉藤ももの画像。
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そして――
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さっき見た“桜井桃華”。
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(やっぱり、似てる)
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確信に近づいていた。
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病室
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「……なんか、嫌な予感する」
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ベッドの上で、桃華が呟く。
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「どうした?」
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颯太が聞き返す。
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「分かんないけど……」
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その時。
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コンコン。
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二人の動きが止まる。
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「……っ」
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一瞬で空気が凍る。
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「はい……」
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桃華が、できるだけ平静を装って答える。
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ガラッ――
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扉が開く。
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そこに立っていたのは――
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「失礼します」
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あの、記者。
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数秒の沈黙
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「……また、あなた」
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颯太が、静かに言う。
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「すみません」
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記者は軽く頭を下げる。
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「どうしても気になって」
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「何がですか?」
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少し強めの声。
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「この方」
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桃華を見る。
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「本当に“桜井桃華”さんですか?」
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核心。
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空気が張り詰める。
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「そうですけど」
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颯太が即答する。
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「学生です」
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「そうですか」
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記者は、一歩近づく。
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「でも――」
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スマホを取り出す。
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画面には、斉藤もも。
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「似ていませんか?」
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「……」
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桃華は、何も言わない。
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言えない。
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颯太が、前に出る。
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「似てる人なんて、いくらでもいますよ」
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冷静に言う。
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「そうですね」
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記者も引かない。
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「ですが」
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視線が鋭くなる。
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「体調不良で活動休止」
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「同時期に、この方が入院」
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「偶然にしては、出来すぎている」
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完全に、ロジックで詰めてくる。
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緊張のピーク
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「……帰ってください」
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颯太が、はっきり言う。
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「ここ、病室です」
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「患者にストレスかけないでください」
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その言葉に、看護師の気配が近づく。
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「どうしました?」
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記者は、一瞬考えて――
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「……失礼しました」
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引いた。
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だが――
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「また来ます」
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そう言い残して、部屋を出ていく。
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扉が閉まる
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「……っ」
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桃華の手が震える。
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「大丈夫」
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颯太がすぐに手を握る。
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「まだ確信じゃない」
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「でも……」
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声が弱い。
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「もう時間の問題かも」
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病室の静寂
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二人とも、何も言えない。
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現実が、すぐそこまで来ている。
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一方・病院外
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記者がスマホを操作する。
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「……黒に近い」
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小さく呟く。
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「あと一歩」
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その目は、完全に“追う側”の目だった。
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夜・病室
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「……どうする?」
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桃華が、静かに聞く。
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「もし、バレたら」
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颯太は、少しだけ考えて――
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「それでも守る」
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答えは、変わらない。
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“秘密”は、もう限界に近い。
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そして――
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決定的な瞬間が、すぐそこまで来ていた。
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