閑話③(中編) 「打ち明けた命と、先に進む者の言葉」
■コンコン――
「どうぞ」
中から返る、落ち着いた声。
桃華は一度だけ深く息を吸ってから、ドアを開けた。
「失礼します」
⸻
■楽屋
柔らかい照明。
静かな空気。
外の喧騒が嘘みたいに遠い。
ソファに座っているのは――如月美咲。
「桃華ちゃん」
ふわりとした笑み。
「来てくれたんだ」
「はい」
桃華は軽く頭を下げる。
「お疲れ様です」
「お疲れさま」
美咲は軽く手を振るように返す。
「座って」
隣をぽん、と叩く。
「……失礼します」
桃華はゆっくり腰を下ろす。
⸻
■沈黙
「……」
一瞬、言葉が止まる。
でもその沈黙は、怖くない。
むしろ――
(ここから先は、ちゃんと話す時間)
そんな空気。
美咲が先に口を開く。
「で」
「どうしたの?」
「顔、ちょっと違うよ」
桃華の心臓が跳ねる。
「……やっぱり、分かりますか」
「うん」
即答だった。
「隠してるつもりでもね、分かる」
「そう、ですよね……」
桃華は視線を落とす。
⸻
■核心へ
「で?」
美咲の声が少しだけ変わる。
「わざわざ来たってことは、話あるんでしょ」
「……はい」
桃華は唇を噛む。
(言う)
(ちゃんと)
「私」
一拍。
「……できました」
「……何が?」
美咲はあえて聞き返す。
桃華は、息を吸う。
「命が」
⸻
■静寂
空気が止まる。
でも崩れない。
むしろ、受け止める沈黙。
「……そっか」
美咲は驚かない。
ただ静かに頷く。
「やっぱりね」
「……分かってたんですか?」
「うん」
軽く頷く。
「なんとなくね」
「体の変化って、隠せないから」
桃華は小さく息を吐く。
「……そうですよね」
少しだけ肩の力が抜ける。
⸻
■問い
美咲が姿勢を少し正す。
「で」
「どうするの?」
空気が一段階、重くなる。
桃華は一瞬だけ目を閉じる。
でもすぐに開く。
「……産みます」
迷いはなかった。
美咲はじっと桃華を見る。
「即答?」
「はい」
「怖くない?」
「怖いです」
即答だった。
「すごく」
美咲は小さく笑う。
「だよね」
「怖くない方がおかしい」
⸻
■会話が深くなる
美咲は少しだけ前に身を乗り出す。
「ねぇ桃華ちゃん」
「はい」
「現実、分かってる?」
「……はい」
「仕事」
「はい」
「体調」
「はい」
「全部変わるよ?」
「はい」
桃華は全部、真正面から受ける。
それを見て、美咲は少しだけ目を細める。
「……いいね、その顔」
「え?」
「逃げてない顔」
⸻
■美咲の本音
美咲は少しだけ視線を外す。
「私もね」
「同じだったから」
「え……」
桃華が顔を上げる。
美咲は小さく笑う。
「怖かったよ、普通に」
「仕事も全部壊れるかと思ったし」
「でもさ」
一拍。
「それでも、選んだんだよね」
その言葉は軽くない。
経験そのものだった。
桃華はゆっくり頷く。
「……私も、そうです」
⸻
■核心のさらに奥
美咲は少しだけ声を落とす。
「ねぇ」
「はい」
「誰と?」
「え?」
「相手」
桃華は一瞬固まる。
「……颯太くんです」
美咲はふっと笑う。
「そっか」
「ちゃんといるんだ」
「はい」
桃華は少しだけ頬を緩める。
「ちゃんと、一緒にいます」
⸻
■美咲の表情
美咲はその言葉を聞いて、少しだけ優しい目になる。
「なら、大丈夫かもね」
「え?」
「そういう人がいるなら」
「一人じゃないでしょ」
桃華は小さく息を飲む。
「……でも」
「怖いです」
美咲は即座に返す。
「当たり前」
「怖くない方が変」
「でもね」
少しだけ声が柔らかくなる。
「怖いままでもいいの」
「進めばいいから」
⸻
■決定の言葉
桃華はゆっくり頷く。
「……はい」
美咲はふっと息を吐く。
「で」
「ちゃんと行くんだよ」
「え?」
「病院」
「明日とかでいいから」
桃華は目を見開く。
「え、でもまだ」
「まだとかない」
即答だった。
「ちゃんと見てもらいな」
「一人かどうかも」
「状態も」
「全部」
その言葉は、命令ではなく――経験者の助言だった。
「……分かりました」
桃華は強く頷く。
⸻
■最後の一言
立ち上がる桃華。
「行く前にさ」
美咲がふと思い出したように言う。
「はい?」
「桃華ちゃん」
少しだけ優しく笑う。
「ちゃんと、生きなよ」
その一言が、静かに刺さる。
でも温かい。
「……はい」
桃華は深く頭を下げる。
⸻
■退室
「失礼します」
ドアを開ける。
カチャ。
外の空気が一気に戻る。
桃華は廊下を歩きながら、小さく息を吐く。
(明日)
(病院)
(現実)
でも、その全部を前にしても――
もう逃げる気持ちは、なかった。
代わりにあるのはただ一つ。
(ちゃんと、生きる)
その覚悟だけだった。
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