第16話「変化の兆しと、新たな違和感」
■朝・通話
「おはよ」
桃華の声は、前より少し柔らかかった。
颯太はスマホを手に取りながら答える。
「おはよう」
「ちゃんと起きてる?」
「起きてるわ」
「ほんとに?」
「ほんとにってなんやねん」
少しだけ笑いが混じる。
⸻
「最近さ」
桃華が言う。
「ちゃんと寝てる?」
「それなりには」
「それなりじゃダメ」
「うるさいな」
「うるさくする」
⸻
そのやり取りに、少しだけ空気が軽くなる。
颯太は少し間を置いてから言う。
「お前の方こそ寝てるん?」
「寝てるよ」
「ほんまに?」
「ほんまに」
「声、ちょい疲れてるけど」
その瞬間、少し沈黙。
⸻
「……気のせい」
「ほんまか?」
「ほんま」
でも、その“間”が少し引っかかる。
⸻
■大学・昼
「なあ颯太」
同級生が笑いながら近づく。
「また桜井さんと連絡?」
「普通や」
「普通って言うやつほどやってるやつやん」
「うるさいわ」
軽く流す。
でも心の中では――
(普通、か)
⸻
■カフェ・千香
「いい感じじゃん」
春日千香はストローを回しながら言う。
颯太はコーヒーを見ながら答える。
「まあ、落ち着いてきた」
「“落ち着いた”は危ない言葉ね」
「なんでや」
「油断するから」
⸻
少し間。
千香が続ける。
「桃華、最近どう?」
「普通やと思うけど」
「それ一番怪しいやつ」
「またそれかい」
⸻
その横で桃華は少し黙っている。
千香が振り向く。
「桃華?」
「え?」
「大丈夫?」
「……うん、大丈夫」
「ほんとに?」
「うん」
でも――その“間”が少しだけ長い。
⸻
■数日後・撮影現場
「おはようございます」
桜井桃華はスタジオに入る。
スタッフ「おはようございます!今日もよろしくお願いします!」
「よろしくお願いします」
声は整っている。
でも一拍だけ、呼吸が遅い。
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スタッフA「桃華ちゃん、今日スケジュールちょい詰めだけど大丈夫?」
桃華「はい、大丈夫です」
スタッフB「昨日ちょっと顔疲れてたって聞いたけど?」
桃華「……気のせいだと思います」
スタッフA「ほんと?無理しないでね」
桃華「無理はしてないです」
⸻
メイクルーム
メイクスタッフ「桃華ちゃん、今日ちょっと肌乾いてるね」
桃華「そうですか?」
メイクスタッフ「うん、いつもより」
桃華「最近ちょっとだけ忙しくて」
メイクスタッフ「寝れてる?」
桃華「……寝てます」
メイクスタッフ「その“間”、怪しいなぁ」
桃華「気のせいです」
⸻
■控室・撮影前(ここから“もも”)
スタッフA「じゃあ今日の1本目いきます!」
もも「はい」
スタッフA「長回し多いから集中で」
もも「了解しました」
スタッフB「カメラ回るよー」
スタッフA「スタート!」
⸻
■撮影中
スタッフA「OK、そのまま流れで」
もも「……はい」
スタッフA「視線こっち」
もも「……」
スタッフA「いいよ、そのまま」
スタッフA「テンポ落とさないで」
もも「……分かりました」
スタッフA「表情キープ」
もも「……はい」
スタッフA「OK、そのまま続けて」
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(呼吸が少しだけ浅い)
(なんか、遠い)
(今の、違った)
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スタッフA「……今の大丈夫?」
もも「大丈夫です」
スタッフA「ちょっと休憩入れようか」
もも「いえ、続けられます」
スタッフA「いや、入れよう」
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■休憩
スタッフA「無理してない?」
もも「してないです」
スタッフA「してる顔してるけど」
もも「仕事なので」
スタッフA「仕事でも人間だからね」
もも「……はい」
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■岸田ほのか(廊下)
ほのか「今日、やっぱり揺れてるね」
スタッフA「分かる?」
ほのか「分かるよ」
スタッフA「原因は?」
ほのか「プライベート」
スタッフA「颯太くん?」
ほのか「うん」
ほのか「止めても戻らないタイプ」
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■ほのかともも(控室)
ほのか「座って」
もも「大丈夫です」
ほのか「座って」
もも「……はい」
⸻
ほのか「今日、“大丈夫”何回言った?」
もも「覚えてません」
ほのか「多いよ」
もも「……そうですか」
ほのか「隠すのやめたら?」
もも「仕事に支障が」
ほのか「逆。隠す方がズレる」
もも「……」
⸻
ほのか「颯太くんにちゃんと言いな」
もも「言ってます」
ほのか「“普通”じゃなくて」
もも「……」
ほのか「“今どうなってるか”」
もも「それは……難しいです」
ほのか「うん。だから難しい」
⸻
■夜・ホテル(桃華)
桃華はベッドに座る。
スマホを見る。
既読のままのメッセージ。
「ちゃんと休めよ」
⸻
桃華「……会いたいな」
小さく呟く。
すぐに首を振る。
「ダメだ」
「仕事」
「ちゃんとしなきゃ」
でも指先は動かない。
⸻
■夜・通話(颯太)
「今日どうやった?」
「普通」
「またそれか」
「ほんとに普通」
「ほんまに?」
「うん」
少し間。
⸻
「なんかさ」
「うん?」
「ちょい違う気するけど」
⸻
「……気のせい」
「ほんまか?」
「ほんま」
でも声がわずかに揺れている。
⸻
「疲れてるやろ」
「疲れてない」
「嘘つくなや」
「ついてない」
「じゃあその声なんやねん」
⸻
「……ちょっとだけ、重いだけ」
⸻
「体?」
「うん」
「ちゃんと休めや」
「うん」
⸻
■通話後
颯太「……なんやろな」
(前と違う)
(でも言うほどでもない気もする)
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桃華「……なんか、変やな」
(疲れ?ストレス?それとも)
やめる。
スマホを見る。
「ちゃんと休めよ」
⸻
「……うん」
⸻
■同じ夜
颯太「なんか違う気する」
桃華「気のせい」
颯太「ほんまか?」
桃華「ほんま」
⸻
でも本当は――
二人とも気づき始めている。
“普通じゃない何か”に。
まだ小さい違和感。
でも確実に育っている。
⸻
そのことだけが、静かに日常の中へ混ざり始めていた。
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