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第116話 「“帰宅の約束”と、二つの顔の待つ時間」


■午後の終わり


大学の講義はいつも通り終わった。


⸻


けれど水上颯太の意識だけは、

朝からずっと同じ場所に引っ張られたままだった。


⸻


(……あかん、今日ずっとこれや)


⸻


ノートは取れていし… 授業も理解している。

だが頭の片隅は、完全に別の映像で埋まっていた。


キャンパスを出る。


夕方の風の少し冷たい空気。

その中で、スマホが震える。桃華からのメッセージ。


⸻


『今日は何時くらいに帰る?』


⸻


たったそれだけ。



颯太は少し迷ってから返信する。


⸻


『普通に帰る』


⸻


すぐに既読し… そして返事。


⸻


『了解。待ってるね』


⸻


それだけで、十分だった。


⸻


⸻


■帰宅前の余白


帰り道の電車。


窓の外の景色は、流れていく。


⸻


(今日、長かったな……)


⸻


鼻血のことも。

同級生の反応も。

そして朝の“もも”も。


全部が一日として繋がっているのに、どこかだけ現実味が薄い。


⸻


⸻


■家の気配


玄関を開けると、すぐに匂いが変わる。


⸻


夕食の準備の気配。

子どもたちの気配。

そして―― 桃華の気配。


⸻


⸻


「おかえり」


⸻


⸻


■待っていたもの


リビング。


桜井桃華が立っている。

眼鏡をかけている。

その姿は、いつもの“日常側”。


⸻


⸻


颯太は一瞬だけ安心する。



(あぁ、こっちや)


⸻


■約束の記憶


しかし同時に、朝の言葉も思い出す。



「帰ってきたら、キスするって言ったよな」



桃華は少しだけ目を細める。


「覚えてたんだ」



■切り替え


桃華はゆっくり眼鏡に手をかける。


⸻


外す。


⸻


空気が変わる。“もも”になる。


⸻


■再会のキス


ももは一歩近づく。


そして、迷いなく唇を重ねる。


朝よりも静かで、昼よりも深いキス。

一瞬、呼吸だけの世界になる。


⸻


⸻


■言葉


離れたあと、ももが小さく笑う。


「これで約束、果たしたよね」



颯太は少しだけ息を吐く。



「……せやな」


⸻


■夜の前触れ


ももはそのまま手を伸ばし、

颯太の袖を軽く引く。


⸻


「ねえ」


静かな声。


「お風呂、入ろっか」


⸻


■理解


その一言で、颯太は全部を理解する。


⸻


朝の“もも”。

昼の授業。

そして今の夜。


全部がこの瞬間に繋がっていた。


⸻


(今日は……そういう日か)


⸻


■風呂場へ


湯気が立ち始める。


水音。静かな密室。

そこにはもう“日常”と“非日常”の境界がない。


⸻


⸻


あるのはただ一つ。


⸻


“二人のももと颯太の時間”。


⸻


■締め


外の世界は何も知らない。

大学も、SNSも、静かなまま。


⸻


⸻


だが家の中だけは、

少しずつ濃く、確かに動いている。


そしてその中心には、変わらず三人がいる。

颯太、桃華、そしてもも。



最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

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