第12話「告白、そして崩れる日常」
■夜の帰り道
カフェを出たあとの空気は、少しだけ軽くなっていた。
さっきまでの“圧”が抜けたはずなのに、その分だけ現実の輪郭がくっきりしていく。
街灯の光に照らされて、二人の影が長く伸びる。
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「……終わったね」
桃華が小さく言う。
「うん」
颯太は短く返す。
「ほんまに終わったんかな」
「終わりっていうより通過点やろ」
「またそれ言うやん」
「事実やし」
「事実ばっか言うなや」
「嘘つくよりマシやろ」
「正論うざいねん」
「今さらやろ」
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■歩きながら
車の音は遠い。人の気配も薄い。
桃華がぽつりと続ける。
「……怖かった」
「分かる」
「即答すぎる」
「考えるまでもないしな」
「どこが一番やった?」
「岸田さんの“間”」
「わかる。あの沈黙な」
「あと千香さんの“は?”」
「それな。あれ一番人間らしかった」
「いや逆に救いやったわ」
「せやな」
⸻
少し間。
桃華が視線を落とす。
「でもさ」
「うん」
「ちゃんと言えたの、よかった」
「せやな」
「うち、言ったあと手震えてたん気づいた?」
「気づいてた」
「え、言えや」
「別にええやろ」
「そういうとこやねん」
⸻
桃華が小さく笑う。
「“結婚してる”って言った瞬間さ」
「うん」
「頭真っ白になったわ」
「そらそうやろ」
「でも逆に、もう戻られへんって思って楽にもなった」
「分かるわ、それ」
「分かるんかい」
「そらな」
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■沈黙と現実
靴音が揃う。
コツ、コツ、と夜に溶けていく。
桃華がぽつりと言う。
「ほのかさん、ほんま怖かった」
「仕事の圧やばかったな」
「“リスク分かってる?”の一言、刺さりすぎ」
「刺さるどころか貫通やろ」
「やめてそういうの」
「事実や」
⸻
少し笑い合って、また静かになる。
桃華が続ける。
「でも千香ちゃんさ」
「うん」
「意外と優しかったよな」
「最後だけな」
「“泣かせたら許さない”とか言うとこ」
「あれ一番普通の人やった」
「普通って安心するわ」
「それな」
⸻
桃華が少しだけ前を見る。
「……守るもの、増えたね」
「元からやろ」
「でも“ちゃんと見える形”になったやん」
「まぁな」
「子供も、仕事も、颯太くんも」
「俺だけ雑に入れたな今」
「雑ちゃうし」
「いや雑やったやろ」
「大事枠やし」
「言い方が適当すぎる」
⸻
颯太は少し息を吐く。
「増えたってことは、失うもんも増えたってことやけどな」
「急に現実やめて」
「いや現実やろ」
「ほんま冷静やな」
「冷静やないと無理やろ」
⸻
■信号
赤で止まる。
夜の交差点はやけに静かだった。
桃華が横を見る。
「ねえ」
「うん」
「後悔してる?」
一瞬、風が止まったように感じる。
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颯太はすぐに答えない。
でも視線は逸らさない。
「してへん」
「ほんまに?」
「ほんまに」
「一回も?」
「一回も」
⸻
少し間。
桃華が小さく笑う。
「強いなぁ」
「強くない。決めただけや」
「それが強いねん」
「知らんて」
「雑」
「うるさい」
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信号が青に変わる。
二人は同時に歩き出す。
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■夜道(会話が増える)
住宅街に入ると、音がさらに消える。
桃華がぽつり。
「さっきさ」
「うん」
「岸田さんの条件、ちゃんと覚えてる?」
「覚えてるに決まってるやろ」
「言ってみて」
「絶対バレんこと、仕事に影響出さんこと、俺が中途半端にならんこと」
「完璧やん」
「そらな」
「でもさ」
「うん」
「一番最後のやつ、ちょっと怖い」
「どれや」
「“中途半端になるな”ってとこ」
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颯太は少しだけ間を置く。
「ならんやろ」
「そんな軽く言う?」
「軽く言ってるんやなくて、もう決めたからや」
「……ずる」
「何がや」
「そういうとこ」
「どこやねん」
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桃華は少しだけ笑う。
「安心するって意味やで」
「回りくどいな」
「うるさい」
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■家の前
足が止まる。
玄関の前。
明かりがひとつだけ灯っている。
桃華が鍵を持つ手を止める。
「颯太くん」
「ん?」
「ほんまにさ」
小さく息を吸う。
「これから大変やな」
「うん」
「でもさ」
「うん」
「なんか、ちょっと楽しい気もする」
⸻
颯太は横を見る。
「変やな」
「そう?」
「普通怖がるやろ」
「怖いよ」
「即答やな」
「でもな」
桃華は少し笑う。
「怖いだけやったら、もう無理やってる」
「……」
「うちは選んだんやと思う」
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扉の向こうから生活音。
小さな現実の気配。
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桃華が続ける。
「一緒にいるってさ」
「うん」
「楽しいだけやないんやな」
「今さら気づいたんか」
「うるさい」
「事実や」
「ほんま腹立つ」
「でも来てるやろ、ここまで」
「……来てるな」
⸻
桃華は小さく笑う。
「じゃあもう戻れへんやん」
「戻る必要ないってさっきから言うてるやろ」
「しつこ」
「お前が聞くからや」
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■リビング
扉を開ける。
灯りが二人を包む。
靴を脱ぐ音。
遠くで冷蔵庫が低く鳴る。
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桃華が小さく息を吐く。
「……帰ってきた」
「せやな」
「でもさ」
「うん」
「前よりちょっと重い帰り方やった」
「そらな」
「でも」
桃華は少しだけ笑う。
「嫌じゃない」
「それ何回目やそのセリフ」
「気に入った」
「便利やな」
「でしょ」
⸻
■少しだけ増えた“現実”
奥の部屋から小さな寝息が聞こえる。
桃華が声を落とす。
「守るものってさ」
「うん」
「怖いけど」
「うん」
「でも、ちゃんと理由になるね」
「理由?」
「うん。生きる理由」
颯太は少しだけ笑う。
「大げさやろ」
「ほんまやし」
「まぁ否定はせんけど」
⸻
桃華はソファに座る。
「ねえ」
「うん」
「今日さ」
「うん」
「一歩進んだよね」
「進んだな」
「後戻りは?」
「知らん」
「またそれ」
「でも戻る必要はない」
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桃華はその言葉を聞いて、少し目を細める。
「……そっか」
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■夜の続き
静かな時間。
電気の音だけがかすかに響く。
桃華がぽつりと言う。
「怖かったけどさ」
「うん」
「ちょっと安心した」
「何が」
「ちゃんと現実になったから」
「変な安心やな」
「でもほんまやもん」
⸻
颯太は短く笑う。
「じゃあ戻られへんな」
「戻らん」
「即答やん」
「当たり前やし」
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沈黙。
でももう重くない。
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桃華が最後に小さく言う。
「逃げなくてよかった」
颯太は少しだけ間を置く。
「せやな」
「これからやな」
「これからや」
⸻
少しだけ間。
颯太が続ける。
「なぁ」
「うん」
「怖くなったら言えや」
桃華は少し笑う。
「そっちもやろ」
「当たり前や」
「じゃあお互い様やん」
「せやな」
⸻
夜は続く。
でももう、ひとりじゃない。
その事実だけが、静かに部屋の中に残っていた。
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