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第83話 「“誘い”と、外の視線が追いかける日常」


■授業後・夕方のキャンパス


講義終了のチャイム。


――その一音を境に、教室の空気が一気にほどけた。


「はぁ〜終わった……」

「今日マジで長かったな」

「次どうする?飯行く?」


椅子が引かれる音。

ノートを閉じる乾いた音。

ペンが机に転がる小さな音。


そして――スマホの通知音が、あちこちで鳴り始める。


日常。


何も特別じゃない、いつもの大学の風景。


⸻


だが――


その“いつも”の中に、明らかに“異質”なものが混ざっていた。


⸻


■先輩たちの誘い


「颯太くん、今日このあと飲み行かない?」


声をかけてきたのは、サークルの先輩男子と先輩女子。


軽い調子。

断っても成立する距離。

でも、乗ればそれなりに楽しい――そんな誘い。


颯太はカバンを肩にかけながら、少し考える素振りを見せる。


「どうしようかな――」


⸻


その時だった。

先輩男子の視線が、ピタッと止まる。


⸻


「……え?」


⸻


動きが止まる。


まるで時間だけが一瞬止まったように。



「え、ちょっと待って……」



声のトーンが明らかに変わる。


さっきまでの軽さが消え、“現実を疑う声”になる。


⸻


■驚きの理由


「……本当に来てるんだけど……」


その視線の先。


そこに立っていたのは… 斉藤もも。

大学という“日常”の中に、本来存在するはずのない存在。


⸻


一瞬で空気が変わり…

ざわめきは小さいが確実に広がる。


「え、似てるだけじゃね?」

「いや、でもさ……」

「オーラ違くない?」

「てか普通にいる?」


“確信はないが疑いは強い”


――最も危険なライン。


⸻


■ももの一瞬の判断


ももは、ほんの一瞬だけ視線を動かす。


誰が見ているか。

どこから見られているか。

誰がスマホを構えそうか。


全部、数秒もかからない。


⸻


(……まだ“確定”じゃない)


⸻


だからこそ、動ける。


⸻


■ももの一言


「サークルの飲み会って、どんな感じか知りたいので……」


⸻


声が変わる。


“斉藤もも”の声。


柔らかくて、通る声。


⸻


「一緒に行ってもいいですか?」


⸻


完全に、空気が止まる。


⸻


先輩女子が瞬きを繰り返す。


「えっ……いや、その……え?」


思考が追いついていない。


⸻


■先輩女子の戸惑い


「お酒とか、大丈夫なんですか?」


⸻


ごく自然な質問。


でも、その裏には戸惑いがある。


ももは一瞬だけ、颯太を見る。


⸻


■颯太の小声


颯太が少しだけ距離を詰める。


「……お酒、大丈夫なの?」


本気で知らない。


ももは口元だけで笑う。


「大丈夫。斉藤ももとしては、強いから」


一拍。


颯太の中で、理解が繋がる。


(ああ…… 桜井桃華としては、弱いんだな)


その“切り替え”。


あまりにも自然で、違和感がなく… だからこそ、異常。


⸻


■決定


先輩女子は一度視線を逸らし、深く息を吸って――


「……じゃあ、軽くなら……いいです」


⸻


了承。


⸻


先輩男子はまだ現実を受け止めきれていない。


「いやちょっと待って、俺人生で初めてだわ」


「何がですか?」


颯太が淡々と返す。


「芸能人と飲み行くの」


「慣れてください」


「無理だろ絶対」


ももがくすっと笑う。


「そんな大した人じゃないですよ」


「いやいやいやいや、絶対違う」


即否定。


少しだけ、空気が和らぐ。


だが緊張は消えていない。


⸻


■大学の外へ


四人で歩き出す。


夕方のキャンパス。


オレンジ色の光。

長く伸びる影。

風に揺れる木々。


⸻


だが――


その“普通の景色”の中で、


明らかに何かがズレている。


⸻


■視線の暴力


一人が振り返る。


また一人。


さらにその先でも。


⸻


「え、今の……」

「本人じゃね?」

「いやでも大学来る?」

「え、やば」


⸻


スマホを取り出す音。


指がカメラアプリを開く音。


⸻


カシャッ。


⸻


■撮影と即対応


その音が鳴った瞬間。


ももが止まる。



ゆっくりと振り返る。



怒りはなく… 焦りもない。

ただ、“仕事としての対応”。


⸻


「すみません」


⸻


静かで、よく通る声。


撮った学生が一瞬で硬直する。


「え、あ……すみません……!」


⸻


ももは一歩だけ近づく。


絶妙な距離… 逃げ場はあるが、逃げられない距離。


「もし撮るなら……」


言葉を選ぶ間。


「サイン会とか、握手会とか」


「そういう場でお願いできますか?」


柔らかいが… 拒否はできない。


「すぐ消します……!」


震える指。


スマホ操作。


写真フォルダ。


⸻


画像選択。


削除ボタン。


確認。


⸻


「削除しました……!」


⸻


ももは、それを確認する。


⸻


小さく頷く。


⸻


「ありがとうございます」


⸻


それ以上は何も言わない… 責めない。

そのまま、何事もなかったように歩き出す。


⸻


■颯太の視点


(……すごいな)


怒らないし責めない。

でも… 絶対に線は引く。


(完全に制御してる)


そして思う。


(これが普通なわけないけど)


⸻


■到着前の空気


店が見えてくる。


大きめの居酒屋。


暖色の光。

人のざわめき。

扉の開閉音。


先輩男子が小声で言う。


「……これ、飲み会っていうかイベントだろ」


先輩女子も苦笑する。


「分かる……周りの目すごい」


ももが少しだけ申し訳なさそうに笑う。


「すみません、慣れてなくて」


「いや、こっちが慣れてないです」


颯太が小さく息を吐く。


⸻


■直前の会話


店の前で、ほんの一瞬だけ立ち止まる。


ももが、小さな声で言う。


「……飲み会って、ちょっと緊張するね」


その声は、“桃華”寄り。


颯太が答える。


「まぁ、普通はな」


ももが少し笑う。


「普通、か」


「できると思うか?」


颯太が少しだけ挑発する。


ももは肩をすくめる。


「やってみる」


「“斉藤もも”で?」


「ううん――」


一瞬の間。


「今日は、“半分桃華”で」


颯太が笑う。


「それ、一番危ないやつだろ」


「かもね」


でも、その目は――どこか楽しそうだった。


⸻


■締め


店の扉が開き光と音が、一気に流れ込む。


⸻


その中へ――

“普通じゃない二人”が、“普通の顔”で入っていく。


⸻


だがその瞬間――


⸻


この飲み会は、


ただの飲み会では終わらないと、

誰もが無意識に理解していた。


⸻



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