第82話 「“日常の侵食”と、教室というステージ」
■午後・講義開始前
昼食後の教室は、まだ少しざわついていた。
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学生たちは席に座り、スマホを置き、授業の準備をしている。
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いつも通りの光景。
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――のはずだった。
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■扉の前の“違和感”
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教室の扉が開く。
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そこに立っていたのは、桃華ではなかった。
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“斉藤もも”。
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一瞬で空気が止まる。
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(……え?)
(なんでここに?)
(大学だよな?)
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ざわつきが一気に広がる。
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■教室内の反応
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男子学生は固まる。
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女子学生は互いに顔を見合わせる。
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「本物じゃない?」
「いや、さすがに違うでしょ」
「でも雰囲気やばい」
「近くで見たら普通に本人」
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空気が“講義”ではなくなっていく。
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■教授の動揺
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教壇に立つ教授も一瞬止まる。
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(……斉藤もも?)
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その男性教授は、実は昔からのファンだった。
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声が少し裏返る。
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「え、あの……えっと……」
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教室が一瞬ざわっと笑いに変わる。
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学生たちも、完全に空気を読めなくなっている。
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■着席
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ももは何事もなかったように歩く。
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そして当然のように、
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水上颯太の隣に座る。
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■距離の崩壊
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椅子が軽く鳴る。
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その瞬間から、
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“授業”の意味が少し変わる。
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颯太は前を向いたまま。
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何も言わない。
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■恋人繋ぎ
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机の下。
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誰にも見えない角度。
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指が触れる。
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絡まる。
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恋人繋ぎ。
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一切の説明もない。
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■授業と並行する異常
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黒板には数式が書かれていく。
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教授の声は続いている。
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だが教室の意識の半分は、完全に別の場所にある。
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(今、何が起きてる?)
(普通じゃないよな?)
(でも見ちゃいけない気もする)
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■ももの静かな横顔
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ももは授業を見ている。
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興味深そうでもあり、
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少しだけ楽しそうでもある。
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小さく呟く。
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「大学って、こういう感じなんだ」
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■颯太の反応
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颯太は小さく答える。
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「まぁ、普通はな」
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■空間の歪み
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授業は続いている。
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だが“日常”ではなくなっている。
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教授も完全にはペースを取り戻せない。
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学生たちも集中できない。
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■さらに深まる接触
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ももは少しだけ手を動かす。
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恋人繋ぎのまま、
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指を軽く握り直す。
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それは“確認”のようでもあり、
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“安心”のようでもある。
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颯太は一瞬だけ視線を落とす。
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そして、何も言わない。
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■周囲の崩壊寸前の理解
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「やばい距離感だろこれ」
「でも怒られてない」
「普通に授業続いてるの逆に怖い」
「現実感バグる」
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■締め
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チャイムが鳴る。
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授業は終わる。
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だが、何も“元には戻らない”。
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ももは立ち上がる前に、
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小さく颯太を見る。
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そして、誰にも聞こえない声で言う。
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「ねぇ、面白いね」
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颯太は短く答える。
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「だろ」
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外の世界と大学という日常の境界は、
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すでにほとんど消えかけていた。
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