第7話:兄と弟
棺の中には、一体の木彫りの大鬼族が横たわる。
宮殿が燃えたせいで本体の遺骸は炭となって消えた。まだ、火は完全に消えていない。
「兄者、どうしてこうなってしまったのだろうなぁ」
棺を見下ろし、男はそう呟く。棺に納められているのは彼の兄、この国の先代魔王「鄂牙 岳」の木像。
冷徹な兄であった。兄でなくば、この難しい天下の情勢をまとめることは難しかっただろう。
未だ"実力主義"の気風が色濃く残る天下において、下剋上を夢見る反乱はまだまだ多い。
特に北方の辺境を預かっていた獣人族連合の領地が、混乱に呑まれていた。
獣人族の盟主である"北公"こと"獣人族 大狼種"の"幽嶺"氏が、"獣人族 大猪種"の"黒鉄"氏によるクーデターで失脚。
鄂牙王朝に従属していた幽嶺氏を追い落とした黒鉄氏が、鄂牙王朝に従順な姿勢をとるはずもない。
ゆえに幾度となく鄂牙軍と黒鉄軍は北の辺境で争いを繰り広げることになる。
魔王の弟として、男は常にその戦場で指揮を執っていた。兄はその他の諸侯や領主を抑え込む政治に忙しかったためだ。
男はそれで良いと思った。二人でひとつなのだ。この国を兄弟で守っていく、良い話ではないかと、そう思っていた。
しかし兄はそう思っていなかった。
強勢を誇った黒鉄氏との戦線は、弟の活躍によってじわじわと押し返すことが出来た。
人々の喝采はそんな弟に集まっていき、一人娘しか子を持たない兄は、その愛娘の行く末を案じた。
きっと弟は将来、娘から"魔王"の地位を簒奪する。
本人が望んでいなくとも、人々がそれを後押しするだろう。
長く政治に携わってきた兄は、そんな未来がはっきりと見えていた。
そこで最大勢力を誇る"南公"こと人間族の"趙"氏と協力関係を強固に結び、弟の力を削ごうとした。
しかし弟は黒鉄氏と戦うために必要な逸材。
結局、兄弟は怨恨を募らせるだけ募らせ、決着が付かないまま兄の寿命が先に尽きたのである。
「大王様。"雪蘭"は西都に逃れ、護衛軍を率い防衛陣地を構築したと。徹底抗戦の構えです」
「そうか、あとは"威景"に全て任せてある。首を取ったという報告以外は必要ない」
「ハッ!」
走り去る小鬼族の伝令兵。
大王と呼ばれるその男"鄂牙全千"は、棺に足を掛け、深く掘られた穴に蹴り落とした。
そのすぐそばには山と積まれた人間族の首塚がある。
どこから出たのか「人間族を多く殺したものは全千軍に取り立てられる」という噂に喜んだ魔族が続々と首を持ってくるのだ。
既に火種は大火となった。
全千はそんな命令など出していなかったが、追認することにした。
「南じゃなくて西に逃げてくれて助かった。兄者、雪蘭も共に葬ってやる。せめてもの情けだ」
西公こと、人間族の"林"氏。
その初代は人間族の中で真っ先に魔族へ寝返り、初代魔王に重用された「裏切者」であった。
それゆえに南公は西公を代々忌み嫌っており、鄂牙王朝に南公が従属するようになると、西公へ政治的な圧力を加え続けるように。
その歴史的な経緯があったことから、南公の家から正室を迎えた"鄂牙岳"も当然、西公への弾圧を強めていた。
全千は兄への嫌がらせとして、そんな西公を政治的に助けてきたのだ。
故に結束は固く、今回の政変も自分を支持してくれるだろうと踏んでいた。
兄の後を継いだ娘"雪蘭"は、追撃部隊を率いる息子"鄂牙威景"と、そんな西公"林明浩"に挟まれる形となる。
雪蘭の首を取った後は、天下平定のためにまた多くの戦を行わなければならないだろう。
黒鉄氏を新たな北公と認めて和睦を成し、去就定かでない小鬼族の"東公"を叩き、南公を滅ぼす。
こうして天下を統一する。武による、完全なる統一だ。
剃髪して丸めている頭皮に、血管が浮かぶ。兄が成し得なかったのなら、俺が成す。
自分の胸にもまた、乱世を臨む血潮が流れていることを全千は噛みしめた。
その数日後のことであった。
全千の耳に「西公"林明浩"が、雪蘭を助けて明確に敵対を表明した」という報告が入ったのは。
◇
「明浩!公の場ではないときは余に敬語を使わずとも良く、更に余の名前を呼ぶことを許す!」
「固辞しても良いですか?」
「余を"雪蘭"と呼ぶのだ!」
「見て分かると思うんすけど、今めちゃくちゃ忙しいのでホントに後にしてくれません?」
俺の机の上にたんまりと積まれた陳情書の数々。
そのどれもが林氏領の経済を支えて下さっている資産家や商人らによる訴えであった。
それもそのはず。全千と敵対するということは、西都および王都への交通の安全が不安定になるということ。
最悪、物を売る先が無くなってしまうのだ。
せめて西都まで通過できれば、ウチとの関係は悪いけども南公の領地への道は繋がり、商売が出来るわけだが、うーむ。
戦争はとにかく金がかかる。
全千政権との決裂の未来は避けようがない今、これは喫緊の課題であった。
こうして頭をうんうんと悩ませているところに、この寝ゲロ魔王は飛び込んできたわけである。
ちなみになんだけどコイツ、戦いに関すること以外への関心が"からっきし"であり、そのせいで俺の仕事も増えているのが現状だった。
「西公、大王様の話はひとまず置いておいて」
「寧っ!?」
「貴方にあまり根を詰められても困るのです。これから多くの者が大王様を頼って林氏領に逃げてくるでしょうし、全千軍との戦いについても考慮しなければならないのですから」
「その辺はまぁ、大丈夫だ。一応毎日六時間の睡眠は確保しているからな。仕事が山積しているのは単純にそのせいで追いついていないんだ」
「いや、それは逆に仕事してくださいよ!国家存亡の危機に何を暢気な!?」
そりゃそうなんだけど、前世が働き過ぎで死んでるからね。
こればっかりはもう警戒し過ぎるほどにし過ぎて良いと思うんだ。
「勿論、何も手を打ってないわけじゃない。とりあえず隠居中の親父を引っ張り出してる。内側は親父に何とかまとめてもらうつもりだ」
「隠居というと、先代の西公になるのか。明浩、その先代はどんな人なんだ?」
「大王様、先代の西公と言えば良くも悪くも有名な人ですよ」
「悪くも?」
「確かに"良くも悪くも"だな。親父はこの林氏領の財政を立て直した人なんですが、結構な汚職もやっていましてね。そのせいでウチは領地を取り上げられてるんすよ」
とにかくお金儲けが大好きな悪徳領主。ついたあだ名は「砂狐」。
西方の砂地を領する、狐の様に狡猾な領主という蔑称だ。
ただ領内では人気があった。普通、汚職なんてしてたら暴動が起きそうなものなのに、みんなが笑って悪態をつくような。
あれも一種のカリスマだろう。後始末を全てぶん投げられたこっちからすれば溜まったもんじゃなかったが。
「林氏領は、商いが栄えているのだな」
「そうですね。西へ西へ細長く伸びた領地、陸続きで更に西に向かえば異国に通じ、珍品を仕入れられます。他にも畜産業が盛んなので、農耕用の牛、軍事用の馬も売り物になります。まぁ、人が住むのに適していない土地が広すぎるという難点もありますが」
「明浩!余を案内してくれないか?どのような街をしているのか、その活気を、市勢を見てみたい。これもまた王の務めだと思うのだ」
そんな暇はない、と思ったけども、なるほど一理あるやもしれない。
それに王宮の中でしか生きてこなかった魔王に、外の世界を見てみたいと言われて断るのは少し胸が苦しい。
あと、やっぱり彼女もまたカリスマタイプの王である、と俺は見る。
その立ち居振る舞いは人の目を惹きつける。王がこの人で良かったと、少なくとも俺はそう思っている。
そういう王は目立ってこそ、だろう。
俺の役目はそんなカリスマの名を天下へ届けることにある。
「……良いでしょう。じゃあ早速、支度を整えて向かいましょう。ご案内いたしますよ」
「本当か!流石、明浩は話が分かるヤツだな!」
頑張ってここまで来てくれたのだ。そしてこれからも、頑張らなければならない。
そんな彼女をもてなしたい、と思うのは自然な事なんじゃないのかな、なんて。
仕事をサボりたいとか息抜きしたいとか、そういう理由ではない。断じて。
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