第5話:目が覚めても悪夢
不真面目と真面目、どちらが正しいか。
アンケートを取れば誰もが後者に丸を付けるだろう。勿論、俺もそうだ。
電子機器の製造会社の設計を行う部署の中の情報管理を扱う小さいチーム。
売上に直結しないからと、現場を知らない文系役員たちは予算も人員も回してくれない。
僅か六人で一企業の全体のサーバーを管理する日々。
当然、馬車馬働き。
なのに給料は雀の涙。
ようやく待望の新卒が一人回ってきたので、チーム長であった俺は新人育成の仕事を預かった。
もちろん、だからと言って自分の仕事が減るわけではない。むしろ増える。
そしてその新卒くんはモンスター社員であった。
面接では気の良い子だったのだ。働き出してから別人のように不愛想になった。
新卒育成にリソースを回せない企業側の不手際も大いにある。
しかし皆が残業をする中でも堂々と定時で帰宅し、自分から仕事を探そうとはせずネットニュースを見て時間を潰し、周りに怒られても反省の顔は見せるが改めることがない。
最悪だった。
冬頃になっても改善しなかった。
そしてその責任は当然俺にある、らしい。
京都出身の上司にネチネチ怒られ、大阪出身の同僚にキツくなじられ、皺寄せ分の仕事が重くのしかかる。
人と分かり合うというのはかくも難しい。
同じ言葉を話しているはずなのに、何を考えているのかわからない。
寒い懐、薄手のカーディガンを羽織り、街灯と自販機の照らすアスファルトを歩く。
帰宅しても会社の自分のPCにリモートで繋いで仕事をこなす。情報危機管理も労基も真っ青の現状が、普通のことになっていた。
林 明浩。
44歳、独身。
いつものように気絶するように眠り、そのまま目を覚ますことはなかった。
アマゾンで注文し、読むのを楽しみにしていた「諸葛孔明」についての新書はまだ梱包されたままである。
◇
眩しい。あと、頭が痛くて気持ち悪い。
起き上がろうにも筋肉痛のせいか、全身が結束バンドで縛られているかのように身動きが取れない。
悪い夢を見ていたような気がする。何の夢だったかは思い出せない。
思い出したくもない、と言った方が正しいのだろうか。
「……ん、んっ?あれっ?」
いや筋肉痛のせいじゃないな。
物理的に動けねぇ。
「うびびび」
「大王様っ!?!?」
「動くなぁ……うぅ、気持ち悪ぃ……」
目を開く、間違いない、俺の居室だ。
そして二人で寝られるかどうかの狭い寝台に、ギチギチに俺と魔王が横になっている。
あと俺を抱き枕だと思っているのか知らないが、本当に動けない。
目の前にあるのは長いまつ毛に、鼻筋の通った端正な顔。口は半開き、彼女のよだれのせいで俺の頬も濡れていた。
長く赤黒い髪は、寝汗をかいた俺の首に張り付いていてくすぐったい。
そして、あまりにも酒臭い。加えて体臭というかなんというか、魔王の臭いがむんむんに蔓延していた。
筋肉質だし、体温が高いんだこの人。気づけばお互いに寝汗が凄い。
「マズい、マズすぎるって、これは……っ」
この人は、魔王である。天下を統べるべき存在である。
故にその貞操は厳格に統制されるべきものであり、酒飲んで一緒に寝ちゃったなんて大学生みたいなことは断じてあってはならない。
しかしいくら思い返しても、なぜ魔王がここに居るのかが分からない。
昨日、我が林氏領の部隊は一人として欠けることなく敵の追撃から逃げきり、更なる攻勢が仕掛けられることも無かった。
一時の平穏が訪れたのだ。そこで魔王の提案により、あまり派手にはならない程度にささやかな祝宴が開かれた、はずだった。
ただ誤算だったのが、コイツがアルハラ気質の大酒飲みであり、しかもやたらめったら俺はベタベタに絡まれて飲まされまくるという。
そこから俺は無理やり宴席を解散させ、寧殿とコイツを離れの客室に押し込み、この部屋で倒れこむように寝た、はずだ。
大変な思いをしてきたのだ。その気を紛らわせるため悪酔いするほど飲んだのだと、俺も気を遣ってそう思っていた。
でも多分違うな。こいつは普通に酒癖が悪い。
(大王様っ!)
「……明浩、我が水よ。うへへ」
駄目だ、起きない。というか寧殿は何をやってるんだ、目を離しちゃダメだろ!
と思ってたけどあの人もあの人でアルハラ被害者だった気がする。
「大変だ西公っ、大王様がいないっ!」
バカンと勢いよく開かれる扉。
寝癖が跳ね放題の頭、ぐったりと色の悪い顔、薄着を一枚だけ羽織ってるかのような着の身着のままの姿。
寧殿は俺の居室の扉を壊れそうな勢いで開くと、ただでさえ大きな瞳を更に大きく剥いた。
助かった。と同時に「終わった」という言葉が脳裏によぎる。
「きっ、貴様……ッ」
「違う違うっ、違い過ぎるよ!?」
「早く大王様から離れろこのケダモノめが!!」
「おいやめろ!あんまり揺らすな!」
無理に引き剥がそうとすればするほど、魔王は力を込めて俺にしがみついてくる。
それでも寧殿はキャンキャンとよく分からない罵倒を俺に飛ばしながら、無理に魔王を引き剥がそうとしていた。
まずい。
悪い予感だけはよく当たるんだ。
俺の瞳には、不快そうに唸る魔王の眉間に、一層深い皺が寄っていく様子がスローモーションで映っていた。
そして寄りに寄ったその皺が限界に達すると、魔王は更に強く俺を抱きしめ、顔を俺の胸にうずめる。
短い角が、鎖骨に刺さって痛い。
なんて思ったのは一瞬だけだった。
「……ぎもぢわるい」
あったかい。マジでえぐいぞ。
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