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あぁ、魔王様の寵愛が重い。~目立ちたくないのに『魔王を操る闇軍師』と呼ばれるようになってしまった~  作者: 久保カズヤ@試験に出る三国志


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第4話:安息式射法


 いつも決まった時間に目が覚める。

 そしてしっかりと朝の体操をして、まだ上ってきていない朝日を目に入れながら、冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。


 これが俺の朝だった。

 この世界には現代日本みたいな、高度な医療機関なんてものはない。せいぜい、おばあちゃんの知恵袋的な民間療法くらい。


 病気なんてしたら命に係わるかもしれない。健康第一。前世の死因が"過労"だからか、余計に気を遣ってしまう。

 なのに何で俺はこんな不健康そうな見た目をしてるんだろうか。一応まだ、病気もかかったこと無いのに。


 昨日の火がまだ燻ぶっていた。

 そしてその側で美女二人が身を寄せ合いながら、寝息を立てている。


 昨晩、簡易的に作った"棒と枝葉を組み合わせた壁"を木に立てかけ、その下で眠る魔王と寧殿。

 早く起きてくれないかな。良かれと思って戦袍マントを貸したけど、そのせいでクソ寒い。返して。


「腹減ったなぁ……」


 もしかしたら今まさに、敵が俺達に迫っているかもしれない。それでも腹は減る。

 しかし携行食はもう尽きた。三日を想定した超短期間の軍事行動だったから、輜重隊も連れていない。


 ただ、あと少しだ。林氏領に入れば、一旦腰は落ちつけられる。

 竹筒に残っていた僅かなジャンを残さず口に入れ、水で火を消した。


「大王様、寧殿。日が昇りきる前に発ちますよ」


「……あ、あぁ、明浩か。分かった、助かる」


 二人とも朝は弱いのだろう。眠気眼を擦って、のそのそと立ち上がる。

 それはそれとして俺の戦袍マント魔王せつらんが自分のもののように羽織りだしたんですけど。

 返してほしい、なんて言うのは野暮なんだろうか。後で返してくれるのだろうか。結構高いんだよ、それ。



 ピーッと、遠くから鏑矢が鳴る。

 その瞬間に皆、馬に跨り駆けだした。遅れて魔王せつらんねい殿も馬腹を蹴る。


 あれは周囲に散開させている斥候の出した、接敵の合図である。

 それを伝えると、二人の顔も一気に引き締まった。ちなみにまだ戦袍マントは返ってきていない。


「梁牙将軍より伝令!最後尾に下がり殿軍を引き受けるとのこと。これより先は殿が先導を!」


「分かった!武運を祈ると伝えよ!」


「御意!」


 ここ数日、駆けっぱなしである。

 太ももと股間と尻と、全身が筋肉痛で悲鳴を上げていた。


 緩やかに速度を落とし、後方に下がっていく部隊とすれ違う。

 梁牙彪と、目が合った。頷く。

 それだけで意図は伝わる。俺は更に股で馬の背を締め上げ、速度を上げた。


「明浩っ、素晴らしい騎馬隊だ!速度、連携、規律、その全ての練度が尋常ではない!」


「光栄です、大王様!鍛えに鍛え上げた我が直属部隊ですので!」


「逃げているのに、何故だか誇らしい!明浩、余から離れるなよ!」


 やはり大鬼族の、それも魔王の血を引く人だ。戦場でこそ心躍るDNAがあるのだろう。

 しかし馬に跨り、鎧に身を包む美女がこれほど絵になるとは。

 ジャンヌダルクに士気をブチ上がらせた将兵や民衆の気持ちが、心なしか分かったような気がするな。


「我が領地はあと少しです、頑張りましょう!」


「頼りにしてるぞ、我が"水"よ!」


「……水?」


 ちなみにこの世界は、魔族と呼ばれる"人間を凌ぐ超能力"を有した存在が当たり前のようにいる世界。

 城に拠ったり要害を利用して戦えばまだ抗えるが、人間が野戦でまともに魔族と戦うには、騎兵を鍛え上げるより他にない。


 とはいえ、騎兵を鍛え上げても獣化した獣人族に劣るし、歩兵戦では大鬼族に敵わない。

 故に高度な連携が必要だった。それに河川の少ない林氏領で、精鋭騎馬兵は軍事上必要不可欠という。


「しかし西公!このように隊を散開させれば、斥候から漏れた敵の急襲に対応できないのではないか!?」


「問題ありません!敵地ならいざ知らず、既に林氏領近辺!敵影を見逃すことなど──」


『──早馬に御座います!南東より"獣人族 大虎種"の一隊が斥候を潜り抜け接近中!』


「み、見逃す、見逃すことなど……えーっと、ヤバイヤバイヤバイ」


「どうするのだ西公!!」


 大虎種は、獣人族の中でも大狼種と対を成す武闘派一門だ。そうか、大虎種はあっちに付いたか。

 特に獣人族は奇襲や追撃に特に長けた魔族であり、いくら精鋭騎兵と言えど捕捉されてしまえば振り切るのは難しい。


 戦場では予定通りに事が運ぶことの方が珍しい、なんて言われるがそれを改めて思い知る。

 どうすればいい。いくら考えても答えはひとつ。逃げるしかない。


「全速前進!振り返るな!何が何でも逃げ切るぞ!!」


 既に主要道に入り視界は開けているものの、左右は山林に挟まれた隘路。

 どこから敵が飛び出してくるのか、視点はめまぐるしく動き続ける。


 すると左手側面の丘陵より十体ほどの虎が飛び出してきたのが見えた。間違いない、あれが抜けてきた敵の追撃部隊。

 こちらも二十騎の小隊であり、周囲から味方を集めたくとも接近を許し過ぎている。


「明浩!」


「大王様!このまま真っすぐ駆け抜けてください!いざとなればこの部隊で食い止めますっ!」


「明浩、言っただろう、余はお前を手放さんと!寧、やるぞ!!」


「私もアイツらに背を向けるのは癪でしてね」


 すると寧殿は馬上から軽やかに飛び上がり、瞬きをする間に獣化。

 隣で駆ける白銀の毛並みの靡く大狼を、美しいと思うと同時に畏怖も感じた。


 そして同時に魔王せつらんも軽やかに寧殿に乗り移り、片手に握っていた弓に矢を番えた。

 側で見るとよく分かる。何と太く長い弓なのか。


 普通馬上で引く弓というのは小ぶりで、連射に長けた短弓を扱ったりするものだ。

 しかし魔王の握るそれは、鎌倉武士に代表されるような長弓であった。


 ぐおん


 そんな音が鳴りそうな弦を、力強く一人で引き絞る。

 血管の浮かぶほどに膨らんだ腕。息を止め、魔王は半身で振り返った。


「──シッッ」


 息を吐き、矢は解き放たれる。

 俺はなぜだか、力任せにボウリング球を放り、馬鹿みたいにピンを弾き飛ばしていた大学の友人を思い出した。


 矢は朝の寒気を裂き、先頭で牙を剥いていた大虎を一頭吹き飛ばす。

 文字通り、吹き飛んだのだ。"爆発した"と言ってもいいかもしれない。


 虎の足が僅かに遅れる。

 すると魔王せつらんは二の矢を番え、怯んだ大虎達を再び吹き飛ばした。


「パルティアンショット、か。それを長弓で……」


「ふぅ。余を相手に半端な兵数で挑もうなど、舐められたものだな。だが、気晴らしにはなった」


「西公、英雄豪傑の多い魔族でも、これほどの芸当が出来る相性を持つのは私と大王様のみ!どうです、凄いでしょう!」


「……凄い。言葉もないほどに。あのような騎射は見たことがない。お二人をお守りせねばと思っていましたが、まさか守られることになるとは」


「それは違うぞ明浩!」


 魔王せつらんはずずいと身を乗り出して、鼻先を近づける。汗と彼女の濃い体臭が鼻をついた。

 強く、美しい。これが、この天下の頂に立つべき者。


「余と寧の命は、明浩に救われた命だ。つまり凄いのはお前なのだ!」


「そ、そうでしょうか」


「そうだとも!な、寧!」


 うーん、そう思ってないみたい。今にも俺は噛み殺されそうだ。


「余と寧の武に、明浩の知があればもはや怖いものはない。これは決して言い過ぎではないと、余は信じている」


 全てを失った逃避行の中でこれを言えるのか。

 俺はもしかすると、とんでもない英傑を拾ってしまったのかもしれない。


「大王様、貴方は間違いなく魔王の器ですよ」


 輝く瞳を見つめ、俺は本心からそう答えた。

 これはお世辞ではない。


 歴史に名を残す英傑というのは、大敗の中でどう振舞うのか、それで運命が決まると俺は思っている。

 そういう意味ではまさしく彼女せつらんも英傑の一人だと、俺の目には映った。


「そ、そうか、正面からそう褒められると、少し、照れるな」


「ガルルル、不敬だぞ西公!大王様を臣下の分際で評しようなどと!」


「うるさいぞ、寧」


「クゥーン」


 山道を抜け、遠くに城壁が見える。そうか、逃げ切ったのか。

 あれは"天水てんすい"。林氏領の都であり、俺の城だ。


 本当に大変なのはこれからだが、今だけは考えなくても良いだろう。

 今はただ歓喜に震える拳を空に掲げ、生きて帰れた喜びを。


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面白いと思っていただけましたら、レビュー、ブクマ、評価など、よろしくお願いします。

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