第3話:すいとん
「──開門じゃあ!!!!」
銅鑼を叩くかのような大声が響く。
「林」の旗を掲げ、梁牙彪は西都と林氏領を繋ぐ関所の前に屹立していた。
この地を取り巻く状況をまだ飲み込めていないのだろう。
城壁の上に居る守衛たちは顔を見合わせて、不安そうな面持ちで慌てている。
すると僅かに城門が開き、5人ほどの兵士が現れた。先頭に立つのは大鬼族の軍人で、その体躯は梁牙彪よりも大きい。
「貴殿は、林明浩の配下の、あー、名前はなんじゃったかなぁ?」
「梁牙彪である。我らは先を急ぐ故、開門願いたい」
「ワシらは今しがた西都に入った王都軍の指示でここに来て、指揮を預かっとるんだ。すまんが誰も通すなと言われとってなぁ」
地方の訛りの酷い喋り方である。加えて挨拶の一つもせず、梁牙彪を見下ろす態度の悪さ。
恐らく、反乱軍の大将"鄂牙全千"の直属部隊の出身だろうと梁牙彪は見当をつけた。
全千は大鬼族の伝統的な気風を濃く持つ性格だと評判で、良くも悪くも実力重視。
強ければ出自を問わず引き立てる。故にこういった地方出身で、礼儀知らずの荒くれ者も多く所属していた。
「我らは林明浩の配下、それでも通せぬと」
「ふん、主命じゃけぇな。悪いのぉ」
「……魔王"雪蘭"が間道を抜けて西へ逃走している。我らはそれを追うよう仰せつかった。我らを阻むとなれば、逃がした責は貴殿が負ってくれるのであろうな」
「なんっ、そ、それはっ」
この動揺を見るに、まだ「林氏が明確に全千側と敵対した」という報告はここまで届いていないらしい。
昔はこんな簡単に自然な嘘が口から出てくることはなかったのだが。誰の影響なんだろうか。
梁牙彪は不健康そうなあの若き主君の顔を思い出し、鼻で笑った。
そして、聞いていなかった話に驚き慌てる男。
少し待たれよと言うと、振り返って後ろの部下達に相談を持ち掛けようとした、その瞬間。
「悪いな」
「えっ」
梁牙彪は分厚い直刀を抜き、鮮やかに背後より首を刎ね飛ばす。
とにかく時が惜しい状況。確認のために情報を精査されてしまえば、自分達は袋の鼠である。
「この者は主命を阻み、挙句には無礼千万な振る舞い!よってここに斬り捨てた!同じ目に遭いたくなくば、開門せい!!」
こういう混乱する状況では、堂々とした態度と声のデカさでだいたい無理筋でも何とか押し切れる。
故に林明浩は、この梁牙彪に無二の信頼を置いていたのであった。
◇
梁牙彪はなにやら少し無茶をしたらしい。門前に転がる遺体を見て、大体の経緯を察した。
まぁ、こうなるってのも何となく分かった上で任せてはいるんだけど。
「危急の事態だった。すまない、これは迷惑料だ。何かあれば我が領地を頼ってくれ、力になろう」
怯えている守衛たちに金銭を掴ませ、彼らが変に情報を漏らさないように釘をさしておくのが俺の仕事だ。
飴と鞭というか、なんというか。これで俺の悪いイメージが少しでも払拭されると良いんだけど。
「悪い顔で有無を言わさず賄賂を掴ませ、口を封じる。なるほど、林氏の噂に違わぬ暗躍ぶりでしたね」
馬を駆けさせながら、寧殿がボソッと呟いたのを俺は聞き逃せなかった。
うーん、爽やかなイケメンに生まれ変わりたい。
「明浩、ここからはもうお前の領地なのか?」
「かつてはこの辺りも林氏領だったみたいですが、父の代に取り上げられていましてね。もう少しだけ駆けます」
「ふむ、では見事に余を補佐した暁には、西都まで明浩の領地と認めてやるぞ!そしてゆくゆくは余の隣に立って政務を執ることだって──」
「──え、仕事が増えるのはちょっと」
「貴様ァ!大王様の破格の待遇のご提案を!!」
えぇ、もうなんなの?怖いんだけど……?
心なしか魔王は俯いていて、そんな魔王を庇うように寧殿は吠えていた。
たぶんこれ承諾してたらしてたで怒られてた気がする。
「もうここまで来れば良いか」
すでに日も傾き始めている。
まだまだ安心はできないが、俺はここで隊を止めて休息を取ることとした。
針葉樹が鬱蒼とする山道、川も近く、馬が十分に休息出来るだけの草もある。
急がないといけないのは変わらないが、主要道を外れた迂回路を取っているためこのまま山間を走り続けるのは流石に馬の負担も大きい。
いざという時に「バテて走れませんでした」なんて展開にはなりたくないからな。
「大王様、今晩はここで休息を取り、明朝に出立いたします」
「分かった」
「見張りも十分に立てていますので、ご安心ください。何か御所望であれば遠慮なく」
「じゃあ、そうだな。明浩、今晩だけでいい、お前は余の近くに居てくれ」
ふむ、やはりまだ出会ったばかりで初対面の関係だ。警戒するのも無理はない。
いざという時のために人質として俺の身柄を抑えておきたい、ということだろう。
「承知しました。私が大王様の御側で警護を務めましょう。武術は不得手ですが、見張り番くらいは出来ます」
細かい事は各部隊長、そして梁牙彪に任せることとし、しばしの休息を取ることに。
日は落ち、掘った穴の中でパチパチと燃える明かりがぼんやりと瞳に当たる。
魔王に即位した、その日だ。父を亡くしたその日に、魔王は玉座を追われ、母を殺され、都を焼かれた。
その詳細を俺はまだ知らないが、二十歳ばかりの純粋な彼女には、あまりにも残酷な話だということは分かる。
寧殿もだ。
この騒乱の中で、父や一族の多くを討たれていた。
そこから数日間、敗走に敗走を重ね、屈辱と恥辱に塗れ、数多の臣下を失いながらの逃走。
こうして天下を統べるはずの魔王は、没落の辺境領主を頼らざるを得なくなった。
そしてその元凶こそが、この魔王の叔父である「鄂牙 全千」という男であった。
面識はない。しかしこれまでの様々な取引の中で、どのような人物なのかというのはなんとなくだが聞き及んでいた。
先代の魔王「鄂牙 岳」の弟で、数々の反乱鎮圧で武功を上げてきた不敗の猛将。
そして人間族との融和を推し進める先代と最も激しく対立していたのも、この男であった。
今回の反乱でも一番最初に人間族である王太后(雪蘭の母)を殺めたと聞いている。そりゃあ、魔王に頭を下げるのは不服だろう。
「明浩、なにをしているのだ?」
「食事の準備です。とはいっても大王様にお出しするにはあまりに粗末なもの、申し訳御座いません」
本当に危急の事態で飛び出してきたから、食料も最低限かつ携行できる程度しか持ってきていないんだよなぁ。
近くの村とかから供出してもらうのも良いけど、出来るだけ目立ちたくはないし。
「西公、私は携行の"乾し肉"がある。念のため毒見はさせてもらうが、あとは大王様に食していただきたい」
「肉だけではすぐに息が切れるでしょう。食事が体を作るとも言いますし、寧殿もご一緒に」
小さな鍋を火の上に置き、汲んできた川の水を入れて沸かす。
そして携行してきた小麦粉を水と合わせてこね、それを一口サイズに千切って丸めて湯の中へ。
あとは羊の乾し肉と、そこらの野草を短刀で刻んで入れるだけ。
具材が最低限の"すいとん"。貧相な野戦食だと自分でも思う。
しかしここに万能調味料である「大豆の醤」がある。
食える醤油みたいな発酵食品だ。
これを併せて食う。
本当にそれだけ。でも、これで明日も戦える。
「どうだ、明浩」
俺が料理の支度をする間、魔王はそこらから拾った木を器用に削って、即席の匙を三本作っていた。
嬉しそうな笑顔だ。やっぱり、食事は人を笑顔にするから良いものだな。
「いや、本当に上手です。それじゃあまずは、俺が毒見を」
「必要ない。余はお前を信頼している」
俺と寧殿が匙を鍋に入れるよりも早く、魔王は小麦の玉を掬って口に放り込む。
そのまま次は竹筒から醬をかきだし、噛み、飲み込んだ。
「……うん、美味い。明浩、お前は凄いな」
「い、いえ、この程度しか用意できず、申し訳御座いません」
「さぁ、皆で食おう!」
元気よくニコリと笑った、それと同時に魔王の眉はくしゃりと下がり、口角もまた"へ"の字に曲がる。
そして、言葉にならない「うぇっ」という呻き声。
ボロボロと涙が溢れ、鼻水を流し、魔王は膝を抱えて泣きじゃくり始める。
「え、あ、口に合いませんでしたか!?」
「ち、違う。美味しい。う、うぅ、ぐぅぅっ。すまぬぅ、泣かぬと、決めていたのに、ぃ。余は、魔王なのだから、余は、ぁっ!」
「大王様っ!!」
寧殿も感情の堰きが切れ、二人は抱き合って声を押し殺しながら涙を流していた。
沸いた湯の中で、丸くて白い球が浮き沈みしている。俺はそれをひとつ掬い、食べる。
食い物が腹に入ると、やはり元気が出る。それと同時に、怒りが湧いた。
俺の取った選択は正しかった。
いくら"不敗の将"と評されていようと、彼女にこんな過酷な運命を背負わせた奴と手は握れない。
「ま、別にそんなに美味いわけでもないな」
抱き合う二人をそのままに、俺は立って警戒のために少し離れる。
月が出始めていた。夜は冷える。
ひとまず良い感じの木の棒を拾って、即席の風よけでも作らないといけないだろう。
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