第22話:披露宴
せっかく高い金を払って用意した妓女にも手を付けず、美酒も飲み過ぎるということは無い。
自分があのくらいの若さであれば夢中になって溺れていただろうに、とパンバヴァは寝癖を鏡の前で整えていた。
まるで老いた学者や修道者を相手にしているような感覚。
しかし接待をさせていた娘であるルルンは、林明浩は頼り無い男であると愚痴を漏らしていた。
「あれが頼りの無い男?まさか、俺は一睡も出来なかったぞ」
思い出すのは鄂牙威景との戦い。相手は天下最強の呼び声の高い精鋭部隊であった。
奴らは気性の荒い、略奪上等の侵略者。負けるであろう。しかし、守るべき者を守るべく懸命に戦うつもりだった。
そんな心持で挑んだ戦いがどうだ、結果は圧勝である。
敗色の濃い戦の中で、これほどハッキリと勝利までの道筋が見えるのかと、思い返せば驚くことばかりだった。
林明浩、この戦いの絵図を描いた男。間違いなくあれは時代に選ばれた男である。
歴史上、たまにそういう男が現れる。天に選ばれたとしか思えないような生涯を送る傑物が。
こればかりは本人の能力や資質だけでは言い表せない。パンバヴァはその"天運"を林明浩に見ていた。
「さて、行くか」
居住まいを正し、白い歯を輝かせ、満面の笑みを作りながらパンバヴァは客人を迎える準備に入る。
屋敷の中は使用人が忙しなく動き回っており、外も祭りの如き賑やかさだった。
大広間には既に種族の区別もなく、大小さまざまな軍閥を率いる長たちが顔を並べていた。
「どうもどうも皆々様!此度は我が家の披露宴に足を運んでいただき感謝いたす!」
パンバヴァの顔を見るなり、酒を酌み交わしていた者達は皆腰を上げて、笑顔のまま一礼をした。
ツェン家が林氏領の最大野党であるとすれば、立場は異なれど彼らもまたツェン家と共に林氏へ不満を述べていた野党たちであった。
林氏からすれば自分たち以外に軍事力を有する勢力があるのは煩わしく、逆に諸軍閥からすれば林氏は自分達を抑圧する目の上のたん瘤。
特に明浩の代になってから"法"は厳しくなり、諸軍閥にとって抑圧は強まっていく一方であったのだ。
「いやぁ、パンバヴァ殿、おめでとうございます。まさか林氏の若殿の義父になられるとは」
「皆様方の協力のおかげでもある。今日は大いに歓待いたしますぞ」
「パンバヴァ殿が手綱を握って下されば、若殿もこれ以上この地にいらぬ戦火は持ち込まぬでしょう。いやぁ、めでたい限り!」
「中央の混乱以降、このツェン家も材木の輸出などが滞り死活問題でしてな。中央を実効支配する全千軍と交渉し、どうにか道を開きたいというのは皆様方と同じに御座る」
そうだそうだ、間違いない。荒くれ者や老人たちは口々に賛同する。
そもそも全千軍との経済的な繋がりの強い土地である。全千軍との決定的な決裂は皆、望んでいなかった。
勿論、攻め込まれれば一丸となって防衛はする。しかしこちらから喧嘩を売る、ましてや軍を外に向けるなどもってのほか。
先の戦勝で流れはこちらに向いているのだから、今こそ有利な条件で和睦すべきというのが林氏領の諸軍閥らの考えであった。
「されど我らは先の戦いで、不可抗力とはいえど"威景"を討ってしまった。これが悩みの種でしてなぁ」
「なーにパンバヴァ殿、我らには強い交渉の手札があるではないか。それを引き渡すか否か、うまーく使えば良いのだ」
「強い手札、はて」
わざとらしく首をかしげるパンバヴァを見て、どこぞの軍閥を率いる大鬼族の老人はニタリと口角を上げる。
まだまだ客は集まる。パンバヴァは引き続き、上機嫌で歓迎の挨拶に回るのであった。
◆
今日は婚姻を広く知らしめるため、ツェン家と繋がりの強い家やら軍閥の長やらが勢揃いする宴席の日だ。
ウチが主催の宴席は、天水にてまた後日。とまぁ、そういうことになっている。
それにしても良くも悪くも細かいことには囚われない、おおらかな人が多いんだなこの地は、なんて思う。
恐らくだがパンバヴァの人柄が影響しているのだろう。
衣食の用意やら、俺の従者たちへの待遇やら、家人達に袖の下を握らせれば目に見えて機嫌が良くなったりするところがある。
「ご用意は出来ましたか?」
「ん?あぁ、誰が呼びに来たと思えば、お前か」
俺が慣れない赤く派手な衣装を着つけている間に、いつのまにか英嫣が寝台の上に座ってくつろいでいた。
何だろう、俺が衣服を脱ぐときはだいたいコイツが居るような気がするんだけど、気のせいかな?
「そういえばお前この間、間者を使って俺を誘拐しやがったな。あんなの謀叛だぞ」
「私は魔王と兄様をくっつけたかったのに」
「だからってなぁ、お前……」
「そんなことより、手配は全て済んでいますよ」
え、謀叛まがいのあの事件のことを「そんなこと」って言った?
まぁ、良いんだけどね。英嫣だから好き勝手な行動も許しているみたいなところはあるし。
「仕事が早くて助かるよ。それで、パンバヴァ殿は」
「一見、不審なところは無いように見えます。よっぽど兄様に惚れ込んでいるのでしょうね」
「わざわざ、ほとんど単身でこの家に来たんだ。裏切るつもりならもうとっくに裏切ってるだろうしな」
「本当ならルルン様もしっかりと抱き込んでくれていれば、心配事もだいぶん減ったでしょうけどね」
「ぐぬぬ」
わざわざちょっとした嫌味を言った後、英嫣はどこかへ消えていった。
そして入れ替わるように、家人が俺を呼びに来た。昨日、賄賂を掴ませたおばさんだ。ずいぶんと愛想のいいことで。
「宴席の準備が整ったとのことです。ご案内いたします」
「分かった。ルルン殿は?」
「ふふっ、本日の主役ですからお召し物の準備に時間が掛かるのです。楽しみにお待ちくださいませ」
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