第23話:乱世に魅入られた者
流石はツェン家と言ったところか。温泉旅館のような広間に所狭しと客人達が並び、豪勢な食事が次々に運ばれてくる。
ウチの領地最大の脱税組織の家だからな。そりゃあ儲けてるんでしょうなぁと、凄く嫌な気分になったのは言うまでもない。
隴西は良い材木が取れる。更には山林の入り組んだ地であることから潜伏する裏社会の人間も多く、そこからも金が入っていた。
贋金やら密輸やら、そういうのも取り扱っているんだ。改めて、今から俺はそんな相手と手を組もうとしているんだということを思い知らされる。
「婿殿、緊張なされておいでか」
「逆に義父殿は酒が進み過ぎているのでは?」
「飲まなければやってられんのでな。それに愛娘の晴れ舞台だ、気持ちよく迎えたい」
代わる代わるに酒を継ぎに来る客人達は、まるで勝ち誇ったかのような笑顔を浮かべている。
いよいよ口煩い領主も、我ら野党に迎合せざるを得ない状態になった、と。口には出さないまでも、そう顔に書いている。
そんな盃を、俺も笑顔で受けることが出来るようになった。嫌な大人になってしまったものだ。
「それじゃあ皆様方!準備も整ったようなので、今日の主役をご紹介いたす!我が愛娘のルルンだ!」
赤ら顔で盃を挙げるパンバヴァに、拍手喝采の一同。
緊張を誤魔化したかったのか、俺は無意識に、野菜の甘みを感じる鶏肉の羹を啜っていた。うまい。
すると煌びやかな妓女たちがあちこちから現れて客人達の側につき、上座より一際煌びやかな女性が姿を現した。
宝石のちりばめられた冠に、金の刺繍の施された真っ赤な衣装。体が大きいからか、それらが一層輝いて見えるようで。
しかも化粧を施し、目を伏せている表情は何とも言えぬ気品が漂っており、騒いでいた客人達も息を呑んで感嘆の息を漏らすばかり。
そんな美女が、俺の隣にふわりと座った。視線が合い、笑顔を浮かべられる。
「旦那様、私が綺麗なのは分かりますが、もっと堂々となさいませ」
「あ、あぁ」
そこからの俺達はまるで飾りのようで、酔ったパンバヴァがあちこちを駆けまわりながら祝言を貰っていた。
ここに居る者達は皆、ツェン家と繋がりのある、いわばパンバヴァの"友"と言える者達である。
「こんなにはしゃいでいる父上を見るのは初めてな気がします。あの父上を見られただけで、今日という日を無事に迎えられて嬉しく思いますわ」
「……この羹は美味いな」
「もぅ、旦那様は美女より食べ物ですか?その羹に使われている鶏は、闘鶏と聞いています。もしかするとそれがこの味を生んでいるのかもしれませんね」
「そうか、だから出汁が美味いんだな」
引き締まって固い肉だが、噛めば噛むほど旨味が滲み出てくる。酒のアテにはもってこいだ。
それに、これは人参だろうか。根菜からもまた良い出汁が出ているんだろうな。
気づけばもう夜も更け切っている。だが宴席はまだまだ熱気の中にあり、これは日が昇ってもまだ続くだろう。
流石にまだ十六歳の少女をそんなおっさんたちの宴に付き合わせるっていうのは、何らかの犯罪なんじゃないかとすら思えてくる。
そうか、そういえば十六歳なんだよな、まだ。
「ルルン殿。その衣装は綺麗だが、重くは無いか?冠もそうだが」
「正直、首と肩が痛くて。でも大丈夫ですわ、今日という日は一度きりなんですから」
「ここからは男どもが飲んで騒ぐだけだ。どうせ明日も色々あるのだから、一旦休憩した方が良いぞ。後は俺に任せてくれ」
「あら、お優しいこと」
「君の夫だからな」
少し疲れの見える顔でにこやかに微笑み、軽く挨拶をした上でルルンはお色直しということで離席。
少女を前に遠慮をしていたのか、粗野な男達はそこから妓女に鼻の下を伸ばしながら酒樽を次々と空けていった。
あぁ、それにしても疲れたな。
熱気の渦中で、俺一人だけが闇夜の中に居る様だ。いくら酒を飲んでも酔える気がしない。
パンバヴァのように俺も酔うことが出来ればいくらか心持も楽なんだろう、なんて。手汗が滲んで気持ち悪い。
「さて、それじゃあ婿殿!婿殿からのお言葉も皆、心待ちにしておる!何か景気の良いことを仰ってくだされ!」
酒臭いパンバヴァに肩を組まれ、周囲の男共が囃し立てる中、俺はその熱気の中に立つ。
まだまだ彼らからすれば、俺は領主ではないらしい。どこぞの小僧を見るような、そういった軽さが見て取れる。
地方までは中々、手は届かない。当然だ。これじゃあ、西都攻略なんて夢のまた夢だということがよく分かる。
俺が領地を空ければ、彼らは好き放題に足元をすくってくるのだろう。
「では、義父殿の厚意に甘えて。皆様にここで私はひとつ、宣言しておきたいことがございます」
貼り付けた笑顔を浮かべ、前を向き、盃を天井に掲げる。
おお!なんだなんだ!聞かせてくれ!赤ら顔の男共はそう騒ぎ立てて、俺に視線を集めていた。
「──聞け。林明浩はこれより、西都および王都の奪還を目指す。異論は認めん」
パァン。思い切り振り下ろされた白い陶器の盃は粉々に砕け散る。
その瞬間、妓女たちは一斉に参列者らの体をあっという間に組み伏せていった。
いくら荒くれ者達とは言えど、酒に酔って油断しきった身で、訓練された俺の間者たちに抗うことは出来まい。
パンバヴァは俺の肩に回していた腕を解き、背を向けて座り込む。これから起こる光景を目にしたくはないのだろう。
「パ、パンバヴァ殿!これはいったいどういうことじゃ!!」
怒りの声が上がる。しかしパンバヴァは振り返ろうとしない。
それが全ての答えだった。
そして俺は剣を抜き、眼前で組み伏せられている人間族の老人の首に目掛けて振り下ろす。
頭が落ち、赤が噴き出す。
上手く一撃で落とせたことに、少しだけ安堵した。
戦場以外で人を殺すのは、初めてだった。生死の境にいるような高揚感もなく、ただただ残酷な感触だけが手に残る。
恐ろしい光景だ。今からここは地獄に変わる。
「まず、先の戦いで兵の供出を拒んだ者達を殺せ。兵は出したが逃げた者も殺せ。敵と通じていた者も殺せ。全て調べはついている」
あちこちで血しぶきが上がり、悲鳴が響く。つい数分前まではただの楽しい宴席場だったのに、今は地獄だ。
そんな残酷な光景に、俺は罪悪感の他に僅かながら、不思議な高揚感も感じた。
それが何だったのかは分からない。分かろうとしてはいけないことだと、強く拳を握る。
「ひぃ、お、お助けを!」
「貴殿は、大鬼族の何牙氏だったか」
「はっ、はい!我らは先の戦いでツェン家に加担し、こ、功を立てております!大王様からの感謝状も、いただいております!!」
「だが、その大王様を全千に売り渡すべきなどと言う世迷言をほざいていた、という密告を聞いているんだが」
「そのようなことは決して!決してっ!!」
「そうか、義父殿。この者の証言は確かでしょうか?」
もう、悲鳴はほとんど聞こえない。参列者の八割以上の人間は首や胸に短刀を突き立てられ、辺りは血の海と化していた。
ようやくパンバヴァは振り返り、胡坐をかいたまま、俺に頭を下げる。
「……お許しを」
「他ならない義父殿の命乞いだ、許そう。だが人質は出してもらう。今、殺されずにここに居る者達は全員だ」
血に濡れた剣を腕で拭い、鞘に納める。ここまでは計画通りといっていい。
あとはすぐに兵を出し、党首を失って混乱する小軍閥を一気に平らげていく。
既に計画は親父にも共有している。明け方にはすでに粗方の決着はついているだろう。
「ひぃっ」
どちゃり、と小さな悲鳴と共に誰かが転んだ音が聞こえた。振り返る。
ルルン殿だった。騒ぎを聞いてやってきたのだろう。パンバヴァはすぐさま立ち上がり、血の中で震える娘を抱き上げた。
「ち、父上、これは?」
「……すまん。すまん。お前の、晴れの席であったのになぁ」
ここに転がる死体は皆、パンバヴァの友だった者達だ。手を携えて林氏に抵抗してきた仲間であった。
しかしパンバヴァは、この俺に全てを賭けてくれた。彼もまたつくづく乱世に魅入られた星の生まれなのだろう。
それでもやはり愛娘の前では、彼もただの一人の父であった。
「ルルン殿、義父殿は何も知らなかった。私がこの婚姻の席を利用し、目障りな者達を殺したのです。どうか誤解の無きように」
そう、俺はこの少女を利用したのだ。この地獄を作り出すために。
一生恨まれても仕方のないことをした。もう二度と、顔を合わせることも無いだろう。
「義父殿、これより我らは身内です。貴方には相応の待遇を約束します。では、また後程」
まずは出よう。着替えてから、屋敷から逃げ出したようなものが居ないか、城外に待機している者が居ないか、その対応も必要だ。
こうして俺が広間から出て行こうとした瞬間だった。自転車にぶつかられたような衝撃が、背中にドカンと圧し掛かる。
慌てて振り向くと、そこには俺の胴に腕を回して抱き着くルルンの顔があった。
寒気がした。その顔は血に濡れ、しかし目は潤んでいて、口角は狂気的なまでにつり上がっている。
「私の、夢が叶いましたわ」
「な、なにを」
「もう離しませんわ。貴方様こそ、私が恋焦がれた"英傑"であったのですね」
そうか、この少女もまた乱世に魅入られてしまった者。
大きすぎる誤算だった。俺はとんでもないものに手を伸ばしてしまったのかもしれない。
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