第21話:ツェン・ルルン
豪族とはすなわち、自分の実効支配する領地の壁内に民を囲い込み、中央の目から隠れ、税を誤魔化す者である。
朝廷や領主からしてみれば、こうした脱税の輩は常日頃より叩き潰したいと願わずにはいられないのだが、現実問題、そう簡単な話ではない。
まず彼らは何よりも軍事力を有し、独自の経済圏を持ち、政界にも色々とコネを持つ。民を囲うとはそういうことだ。
そんな存在を叩き潰すには時間も労力も費用もかかるし、正直、面倒なことこの上ない。
そしてもし外敵が攻めてくるような有事になれば、彼らはその兵力でもって協力してくれることもある。
こっちは兵を集めたり編成したりって手間が減るから本当にありがたいんだけど、普段脱税してるのでよくよく考えればまだ全然マイナスなんだけどね。
でもやはり緊急事態にそんなことは言ってられない。というわけで解体がなかなか進まず、豪族は増長していくのだ。
「ようこそおいで下さいました、西公」
「お出迎え感謝します、パンバヴァ殿」
獣人族にも種が数多くあるように、人間も多種多様な種がある。肌の色や顔つきや言語体系や風習などでそれは区別されていたりする。
そしてツェン家の一族はとにかく派手な風習らしい。色とりどりの衣服や飾りを身に着け、表情も感情も豊か。
ペルシャ絨毯を思わせるような柄の衣服があちこちにあるせいか、目がチカチカする。
厳かさなんて一つもない。
俺の一団を取り囲むように満面の笑みを浮かべる人たちが楽器を鳴らし、花びらを振りまき、踊り、騒いでいる。
まだ城壁までそこそこあるというのに。よくもまぁこれだけの人員を好きに集められるものだ。
「流石はツェン家。随分と派手な歓迎ですね」
「それも全て西公の御威光の賜物。皆、この地に英傑を迎えられて喜んでおるのです」
これが林氏と対を成す、この林氏領最大の豪族「ツェン家」か。
パンバヴァ殿は俺と轡を並べ、白く輝く歯を見せて笑っていた。肌が浅黒いからか、余計に白が目立つんだよね。
◆
ちなみに俺は"公"の爵位を持つわけだから、本来であれば朝廷からも数々のお偉方を招待しての婚儀となる。
しかもその婚姻の相手は王族に連なる者か、有名無実の高名な学者や文化人などから迎えなければならないというのが暗黙の了解だ。
俺の母親の家系にあたる顧氏も、"東公"の領地より代々学者を輩出する家柄であったとされている。
つまりこの婚姻が周囲からどう見られているのか、というのは火を見るよりも明らかなわけで。
林氏は野心を剥き出しにし、足場を固め始めたのだと思われて当然。というかほとんどその通りだしね。
「こちらは結納の品に御座る。林氏の家宝より、我が祖父であり初代西公が身に着けておられた短刀です」
実践向きではない、柄や鞘に権威を表す煌びやかな装飾の施された短刀を差し出す。
諸々の結納の品はまた後日。どこぞの貴族と結婚するのであれば、あと十倍は出費を重ねなければならないだろう。
そういう意味では助かった、と言ってもいいのだろうか。
ツェン家の大きく煌びやかな屋敷の奥の一室。老朽化の進んだウチの屋敷とは大違い。
パンバヴァと、その奥方は小さくとも強く輝く宝玉の施された短刀の装飾に目を丸くしているようであった。
確かこの奥方は隴西より更に西、"金城"の地で力をつけてきた新興氏族の出身とか言っていたな。
獣人族、角牛種。大鬼族を思わせる骨太の体躯だが、筋肉質ではなくどことなく丸い。また鼻は横に広く、牛の様な耳がゆらゆらと揺れていた。
何と言うか、美人ではあるが、それよりも色香を強く感じさせる女性だと、何となくだがそう感じた。
「我がツェン家、西公との婚姻は宿願で御座いました。よくぞ話を受けて下さった、感謝いたしまする」
「私としてもツェン家が身内となるのであれば、これほど心強いことはありません」
元々、林氏も天水・冀城に根を張る豪族であった。それが領主として認められて権威を預かることになり、体制側に引き込まれた。
それ以降、領内最大の敵となっていたのがツェン家であったが、彼らをまた体制側に引きずり込むことが出来れば、こんなに都合の良い話はない。
ツェン家からしても最大野党として常に睨まれ続けるリスクは大きかった。だからこそこの機を逃さずに手を結ぼうとした。
それが今、成った。互いが互いの家の野心のためだけに、家を結んだのである。
すこしだけ雪蘭の顔が胸に浮かび、喉の奥に小骨が刺さったかのような鈍い痛みを感じた。
「各地より有力氏族の代表者らを招き、婚姻の披露の宴は明日の夜に行う予定です。本日はどうぞ、我が屋敷でおくつろぎくだされ」
「明日は忙しくなるでしょうからね、お言葉に甘えさせていただきます。ただ、パンバヴァ殿」
「なにか?」
「……いえ、不要な確認だとは思いますが、これより林氏とツェン家は身内である、とだけ」
「勿論ですとも。このパンバヴァは、婿殿に賭けたのですから」
「感謝します」
「さて、お疲れでしょう。ルルン!西公をご案内差し上げよ!」
パンバヴァが手を叩くと、扉の無い隣室より女官、というより妓女のような煌びやかな女性たちが十数人、列を成して現れる。
そしてその先頭にいるのが恐らく、ツェン・ルルン。奥方の様なゆったりとした服装ではなく、派手な冠と、肌も透けて見えるような薄い衣に身を纏っている。
顔はパンバヴァに似て、ハッキリとした目鼻立ち。また奥方に似て、肩幅も広く、そして何より胸と腰回りの太さが目立つ。
なるほど、確かに。噂されるだけの美人であった。
人間族の美的感覚として、美人とは華奢かつ色白で、薄幸そうな愁いを帯びた顔をした女性のことを言う。
しかし魔族は逆にこうしたがっしりとした体躯に、輝く目をした明るい女性を美人と評する文化があり、彼女は恐らくそっちの人だ。
「お初にお目にかかります、西公。ツェン・パンバヴァが娘、名をルルンと申します」
「……林氏当主、明浩です。どうぞよろしく」
出来るだけ隠していたはず、しかし俺の内の僅かな動揺を見透かすかのように、ルルンは悪戯気に微笑む。
恐ろしいな、これで十六歳か。まるで自分が子供になってしまったかのような気さえし始める。
「噂では、西公は数多の敵を屠った恐ろしき御方と聞いておりましたが、安心しましたわ。お優しそうな目をしていらっしゃいます」
「そうやって敵を油断させている、とは考えないのですか?」
「あら、そうなのですか?」
目を丸くして驚くルルンを見て、パンバヴァも奥方も、周囲の女官たちも緊張の糸が解れたかのように笑いだす。
ちょっと恥ずかしい。伴侶の実家では変にギクシャクしてしまって居たたまれなくなる、あの感覚。
「ほら、ルルン。早くご案内さしあげよ、我らは食事の用意をいたしますので、西公はどうぞごゆっくり。何かあればルルンにお申し付けを」
「はい、父上」
「パンバヴァ殿、いや、義父殿。ありがとうございます、ではまた後程」
ルルンに連れられて俺はパンバヴァの居室を離れる。後ろにはぞろぞろと艶やかな人間族の美女たちが連なっており、なんとも居心地が悪い。
これもツェン家なりの歓待なのだろうが、何だろう、もう少し文化的かつ侘び寂びを兼ねた、落ち着いたものの方が好ましいんだけど。
「あのルルン殿、慣れない環境に少し疲れました。好意を無下にするようで心苦しいが、しばらく一人でゆっくりさせてほしい」
「あら、彼女たちはお気に召されませんでしたか?」
「……我らは夫婦となる仲。貴方は、自分の夫に愛人をあてがうのですか?」
長い廊下。彼女は足を止め、振り返る。
俺と身長は同じくらい、雪蘭よりも背が高い。たぶんこれからまた背は伸びるのかもしれない。
大きな瞳、長いまつ毛、垂れている目尻。雪蘭とは違う、甘ったるい匂いがした。
「私の体には半分、獣人族の血が入っておりますわ。高貴な身分の人間族の御方は、魔族の風貌を好まれないとお聞きしました。私が至らないばかりに、西公を困らせてはならないと思いまして」
「ふむ、ルルン殿を見て美しい方だと思わない者は居ないと思いますけどねぇ。たとえ、それが高貴な身分の人間族であっても」
「……西公も、ですか?」
言葉が詰まる。つくづく残酷な話だ。
これは政略結婚である。その上で「偽りの好意」を重ねるのは、なんとも残酷ではないか。
それとも、こんなことを考えてしまう俺が駄目なんだろうか。
「申し訳御座いません、不躾なことをお聞きしました。お許しを」
困ったように微笑み、彼女は妓女たちに戻るよう指示を出す。
無言のまま、気まずい空気のまま、相変わらず長い廊下を二人で歩く。
「ルルン殿」
俺を思わず彼女の手を取る。言わなければならない。彼女だけには。
それはきっと俺の我儘であり、それを聞いて彼女には何の得もない。
しかし誰よりも裏切りたく人がいた。そのために俺は正直にあらなければならないと、そう思った。
「貴方は美しい人だ、これはこの林明浩の心からの言葉だ」
「なっ」
「ですが、俺には心を決めた人がいる。その上で俺はこの婚姻を快く受けるつもりだ。全てはツェン家と手を結ばんがため」
「……こちらが客室になりますわ」
またあのチカチカする感じの、細かな装飾の施されたカーペットや、赤を基調とした壁紙など、何とも落ち着かないエスニックなアジアンテイストの客間であった。
ルルンは俺の手を握り返して、その客間に引き連れて、そして扉を閉めた。
「本当に"闇軍師"の異名をとる御方とは思えない程、お人よしなのですね。私が父上より聞いていた貴方様は、覇道を進む切れ者の英傑であるとのことでしたのに」
「へ?」
「婚姻など最初からお家のためです。今時、それも西公という高貴な身分にある御方が、思い人がどうこうなどといつまで子供のような事を」
「え、あ、はい。すいません」
「私はツェン・ルルン、安い女ではありません。英傑の隣こそがこの私に相応しい。良いですか?貴方が誰をどう思っていようと構いません、その前に、私に相応しい男になってから偉そうなことを仰ってくださいな」
野心を剥き出しにした、ギラギラと輝く瞳をしていた。流石はパンバヴァの愛娘である。
俺はまた厄介な人を迎え入れてしまったのかもしれない、なんて。
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