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君が国を取れ ~辺境領主の転生者、兵法で無双して『闇軍師』と恐れられる~  作者: 久保カズヤ@試験に出る三国志


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第18話:誰もが迷いの中で


 少し酔ったので、外の空気でも吸ってきます。

 そう言って少し疲れた笑みを浮かべて、林明浩は宴席を立った。


 誰がどう見ても多忙な若き領主。パンバヴァはそんな若者を少し不憫に思い、この宴の主役とも言える男の席へ。

 前領主である林文は酒に酔い、高らかに歓談をしている様子。パンバヴァがドカリと目の前に腰を下ろしても一切動じることは無く、相変わらず気の抜けた笑顔のままだった。


「おぉ、パンバヴァ!どうじゃ、息子からいい返事は貰えたか」


「……変わらねぇな、アンタは」


 パンバヴァはこの男が苦手だった。嫌いと言っても良いが、憎めない人であるのも理解していた。

 この林文は生まれながらにして「人気取り」の名手。だらしなく、子供にも馬鹿にされる風体などはまさにその証。


 都合の良い言葉を並べ立てる悪癖、そしてその悪癖を自覚していない能天気な性格。

 遠くから離れて見ている分には気持ちが良いが、近くなればなるほどその一挙手一投足に頭を抱える。

 よくこの男から、あの若者が生まれたものだと思ったが、こんな男が父だからこそああなったのかと納得できるところもあった。


「どうじゃ、儂の息子は。良い男じゃろう」


「どうにも癪だが、間違いないな。見えている世界が違う、そんなことを思わせるヤツは後にも先にも西公だけだろう。だから婚儀の件はこっちも喜ばしい話だった」


「うん?まさかこの期に及んであやつ、渋っておるのか?」


「一つ聞きたいんだが、西公はその、どうしてあんな感じなんだ?」


 あんな感じ?、と林文は僅かに首をかしげたが、なんとなくパンバヴァが言いたいことを察してもいた。

 なんというか、その。ごつごつとした手をワキワキと動かしながら、うまく言葉が出てこないパンバヴァは苦しそうな顔をしている。


「あー、そうだな、なんであんな顔をしてるんだ。なんなんだあの性格は」


「いや、お前が言いたいのはアレじゃろ。息子の性格というか、その"自信の無さ"みたいなことが言いたいんじゃろ?」


 中央より受ける"公"という爵位は、魔王に次ぐ格式の爵位。ほぼ独立を認められているに近い領主。

 それなのに偉ぶることは無く、卑屈にも思えるほど腰が低く、しかし法には厳格で、打つ戦術も恐ろしく容赦がない。

 野心がないのだ。あの地位に居て、あの能力があって、更に高みを目指そうとは思わないなんてことがあり得るのだろうかと、パンバヴァは甚だ疑問であった。


「ありゃ稀代の智謀の持ち主だぞ。俺が西公なら、もっと胸を張って堂々と闊歩しているだろうに、むしろ背を丸めて肩をすくめやがる。そこが惜しい」


「ほぅ、惜しい、か」


「……」


「ま、諦めるんじゃな。親じゃからよーく分かる。あれは奇才じゃが、儂のような"王の器"じゃあない」


 パンバヴァは不意に自分の胸の内を見透かされたような気がしたが、当の林文は自分の言った冗談に自分で笑っていた。

 こういうところが嫌いなんだ。パンバヴァは眉を顰めて、酒瓶から直接中身を胃に流し込んでいくのであった。



 屋敷は明るく賑やかで、しかし外に出ると暗く静かで。星や月は、砂埃のせいかあまり良く見えない。

 特別な届け出でもない限り、夜間の外出は犯罪だ。夜に出歩けるって奇跡に近い最高の治安レベルなんだよな。

 だから俺もこうして玄関先で少し涼むくらいしか出来ない。屋敷の区画から出ようものなら犯罪者だ。


「婚姻ねぇ……」


 こういう世界だ。こういう時代だ。そして俺はこういう立場だ。

 そりゃあやらなあかんわな、ってことは頭じゃ分かっている。


 しかし前世の頃からずっと、そういうことに縁遠かった人生だったからか、どうにもよく分からない。

 自分の話なのに、まるで他人事のような気分でもあった。でもお見合いって案外こういうものなのかしら。

 ツェン家。独自の軍閥を持ち、木材の切り出しや運搬で一定の私財を獲得できて、主家である林氏にも強気の発言が行える勢力。


 ここがウチに縁者となって与してくれるのなら、この林氏領の統治で願ってもない話である。

 最大の味方でありつつ、最大の不安要素が彼らであるためだ。とまぁ、確かに理屈はそうなんだけどさ。


「……うん?」


 ふと、屋敷を区切る柵の外に、人影が見えた気がした。

 少し酔っているし気のせいだと思うが、これが気のせいではなかった場合が怖い。

 とくに領主たるウチの屋敷。暗殺、なんてことも別に珍しい話ではない。

 しかし身辺警護は英嫣えいえんが自ら指揮を執ってやってくれているはずで、そこに隙は無いはずなんだが。


「──西公、声を出さずに、大人しくついてきていただきたい」


「……」


 物陰から聞こえる声。生垣の中や岩陰から、わざわざ俺に見えるように弩の矢がこちらに向けられていた。

 英嫣えいえんは一体何をしている。そう思っていたとき、数人の大柄の男が闇から姿を現した。

 顔は見えないが、恐らくは大鬼族。種族的に彼らはこういう隠密な行動が不得手なはず。珍しいな。


「何の真似だ。ツェン家の者か」


「いえ、ご心配なさらず。大人しくしていただければ、我々も危害を加えるつもりは御座いません」


「……わかった」


「いや、ほんとに申し訳ありません」


 なんだ? 襲撃者にしては、やけに腰が低すぎる。ぺこぺこと頭まで下げてるぞ。

 本当に危害を加えるつもりはないんだな。この台詞が脅し文句じゃないことがあるんだ。

 もしかしたら別に騒いで逃げようとしても特に問題ないんじゃないか?

 

 こうして取り囲まれたまま、俺は屋敷の外へと連れ出されることに。

 もれなくこれで全員犯罪者だな。なんて暢気なことを考えている暇はないのかもしれない。


 そしてしばらく道を歩き、小道に逸れる。大通りから外れれば、一気に治安は悪化していくとされる。

 大通りに面した屋敷に住めるのは偉い人か金持ちだけであり、貧しい人がこうした離れに家を構えるためだ。


 するとついに城壁付近に出る。ここらへんは、場所によっては十分スラムになってる区画である。

 幸い城門付近ではないため浮浪者も物乞いも居ないが、十分に異様な空気は漂っている。

 そんな場所に、馬に跨る一人の武者が居た。夜に、一人で、何をやってるんだと思わず眉間に皺が寄っていく。


「雪蘭か?何やってるんだアンタ」


「ち、違う!」


 顔に面をつけてはいるが、鎧も、出で立ちも、そして何より長く赤黒い髪が彼女のそれである。

 気づいたときにはもう俺を囲んでいた奴らは消えていた。

 ようやっと合点がいった。アレは恐らく、英嫣えいえんの管轄の間者たちだ。どうりで。


「いいか、西公、よく聞け。誰も助けに来ない。貴様の身柄は今や、余が好きに出来る」


「……付き合ってられんっ!」


「あっ!逃げるな卑怯者!!」


 何の目的かは知らないが、どうせ何か良からぬことを考えているに違いないんだ。

 しかも私的な用に人を使いやがって。そんなの付き合っていられるわけがない。


 そう思って俺は雪蘭に背を向け、一目散に駆けだした。

 しかし来客用の正装だ。そんな手を振って駆けることも出来ず、瞬間、背後から馬蹄が響く。

 まるで原付にひかれるかのような衝撃。首元が閉まり、俺の体は軽々と宙に浮いた。


 自分の喉から、蛙が潰れたかのような声が聞こえた。

 そしてそのまま俺は馬上に引き上げられ、反射的にその背に跨って、馬を操る彼女の体にしがみついてしまう。


「お、おい雪蘭!アンタなにをやってんだ!?」


「余だって分からないっ!でも、こうするしかないと思ってしまった!!」


 寒く、砂交じりの風が顔にぶつかって痛い。だが、その固い鎧の内からぬくもりを感じる。

 誰も居ない夜の街。二人は城壁に沿って馬を軽く駆けさせていた。


 不思議と、胸が躍る心地であった。まるでこの世界に俺たち二人だけみたいだ。

 目の前の雪蘭はこちらを振り返らず、ただ前を見ていた。


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面白いと思っていただけましたら、レビュー、ブクマ、評価など、よろしくお願いします。

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