第16話:砂狐と呼ばれる男
鄂牙威景を討ち、敵兵の半数以上を捕虜にしてしまった。
勿論そうなるように策を組んだし、自軍の被害も決して少なくは無かったんだが、それにしても派手な戦果である。
既に将兵の間では、俺は「魔王を操り暗躍する、闇軍師」 として評判になっているらしい。やっぱり悪いイメージだわ。
そしてそんな決戦の後のこと。俺は兵を帰し、軍をいったん解散させる決断を執る。
勿論、揉めた。俺と雪蘭の、初めての喧嘩である。
「何故、軍を解散させた!威景を討ち、全千の主力部隊が北に向かっている今が西都・王都奪還の絶好の機会ではないか!」
「だから何度も言ってるだろ!西都を落とすには、兵数も物資も何もかもが足りていないんだ!」
「あれほどの勝利を挙げておいて何を言うか!」
「俺はこの林氏領の領主である"西公"であり、その責務がある。自領を元手に負ける博打は打てん!!」
老朽化した天水の役所の執務室で、世間では"操り人形"なんて揶揄されている雪蘭と、"闇軍師"なんて言われてる俺はギャンギャンと吠え合っていた。
そしてその原因は「西都を攻めるべきか否か」で、どうにもこうにも平行線であり、周囲も大きな話になるからか口を挟もうとはしてこなかった。
「良いですか、大王。それじゃあ一つ一つ説明するので、よく聞いておいてください」
「余を子ども扱いするな!」
「まずこの林氏領、単純な広さで言えば南公の領地や、国の直轄領にそれほど劣らない広さです。しかし、人口は北公や東公の領民の数よりも少ない。圧倒的に少ない!」
「こ、この天水は栄えているではないか!」
「この広大の版図の内、栄えているといえる都市は天水も含めて5つ!いや、西端の都市の"敦煌"は国の直轄領なので4つですね。後は疎らに小城が点々とあるくらいです」
そう、栄えているのはこの東部地域のみ。そして東部には天水城・冀城・隴西城という、3つのそれなりに栄えた都市がある。
そして中部地域には最大のオアシス都市である姑臧城が、西部には諸外国との交易の窓口である敦煌城が。
基本的に林氏領を構成している都市はこの5つのみ。まぁ、正確に言えば4つ。
日本列島の本州みたいに広いのに、人口が密集している都市はここだけといえばどれだけ過疎地域なのかが分かるだろう。
「そして人口も、まぁ、正確に戸籍を取っていないから分かりませんが、把握している数で言えば40万人くらいでしょう。ちなみに西都の擁する人口はご存じで?」
「え、いや、西都だけでか?えーっと、ね、寧!」
「西都やその周辺の支城も併せると、確か、100万人の戸籍人口は有していたはずです」
「西都だけで、そんなに……?」
「そうです。勿論、全千軍の暴虐によって相当数の民衆が逃げ出していると聞き及んではいますが、それだけの差があるんです。ウチの領地全てを併せても、西都の半分程度の国力しか有していない。それが没落領主と揶揄されているウチの現状なんです」
決戦を連続できるほどの余力がないんだ。
もし西都を攻めるとなれば、その勝利条件は「全千軍が帰還する前に陥落させ、そして全千軍が帰還しても撃退できるだけの準備を整える」ということになる。
それには途方も無い準備と、運がなかればならない。
「しかし、しかし……」
それでも雪蘭は納得ができないという表情で俯き、拳を強く握っている。
「好機を前に動かなければ、皆は何のために死んだのだ。明浩よ、王都の惨状を見ていないお前にこの気持ちが分かるか!?」
「防衛と攻撃は違います。先の戦いは暴徒から家を守ろうとしたからこそ、皆は命を張りました。しかし危険を冒し領地の外に足を運ぶには、別な差し迫った理由がなければなりません」
「余こそが、その"理由"であり"大義"だ!」
そう、その通りだ。しかし、そうではない。
西都に逃げた雪蘭と護衛軍に、地方領主は進んで手を貸そうとしなかったのを見てもよく分かる。
この世の大半の人々は今の生活を守りたいだけであり、残念ながら魔王が誰であろうと、そんなことは気にしちゃいないんだ。
むしろ政治的な経緯によりウチでは「全千を魔王として認めた方が良い」なんて声も未だ根強い。
そしてそんなことを雪蘭に言っても、ただ傷つけるだけで無意味だ。
もし俺が軍閥や領民を強力に掌握している領主であったなら。だが、残念ながらそうではない。
「重々承知しています。ですので、今しばらくお待ちください」
「っ……もういい!!」
胸元を勢い良く叩かれたと思うと、雪蘭はそのまま執務室を飛び出していった。
心配そうに俺に一礼をし、彼女を追いかける寧殿。大きい音の割に、叩かれた胸はあまり痛くはない。
これで軍議も一旦はお開きと判断したのか、諸将らも気まずそうに部屋を後にした。
「息子よぉ、ありゃぁいかん」
「……親父」
薄くなったせいか、まとめてあるのにボサボサの白髪。中肉中背で、見るからにだらしのない雰囲気が溢れる老人。
名を「林文」。先代の林氏領当主であり、「砂狐」の異名を持つ俺の実の父親であった。
中央の監査によって四年ほど前に賄賂やら汚職が発覚し、隠居を余儀なくされ、まだ二十歳前の俺は急遽当主として後始末に追われることに。
そんな状況なのに親父は中部の都市である姑臧に居を移して、のんびり気ままな生活を送っていたとか何とか。おかげでまたちょっと太ってやがるな。
「大王様が訴えておったのは、気持ちじゃ。感情の話じゃ。それをお前はズケズケと理屈で蓋をしよってからに」
「だけど無理なものは無理だ。親父も分かってるだろ」
「ほーら、また理屈の話じゃ」
まるで俺を馬鹿にするように、いや、実際馬鹿にしているんだろう大袈裟なしかめっ面をこっちに向けてくる。
基本的に親父は誰に対してもこんな態度だ。領民からも遠慮なく罵声を浴びせかけられる変な領主で、しかし本気で怒っている人はいない。
愛嬌があるというかなんというか。
汚職が発覚しても領内の反応は「あの馬鹿」くらいで済まされていたほどだった。
「ま、色々と言っておるが、お前が本気で西都を取ろうと思えば出来るじゃろ。そのくらいの方策なら儂にだって思いつくぞ」
「……」
足りないのは、覚悟。この林氏領の全権を俺が握るという覚悟だ。
しかしその道の先には「乱世」がある気がしてならない。俺は権力を握って尚、理性を保てるのだろうか。
「というわけで儂も今までお前に苦労を掛けてきたからな、親らしく助けてやろうと思っておる!」
「え、らしくないな」
「明浩、お前、嫁を取れ。領内の有力者をまとめるには結局それが一番早いでな。相手ももう決めてきた」
「……は?」
「隴西の最大軍閥を率いる"ツェン家"じゃが、そこに16歳の娘が居る。これがまた絶世の美女と評判でなぁ!」
「はぁぁあ!?!?」
一難去ってまた一難。
世の中、世知辛いのじゃあ。
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