第13話:天水の戦い2 ──応変の才
鄂牙威景の軍は、人間族を含まない魔族の精鋭兵で構成されていた。
特に主力を担う大鬼族の重装歩兵と巨馬部隊、そして遊撃を担う獣人族の部隊は天下で最たる精鋭である。
そんな、天下で最たる精鋭を率いる威景軍。
その陣容で特に目を引くのが、後方に連なる輜重隊であった。
荷馬車には兵糧物資が積まれ、輜重隊に続くように縄で繋がれた人の列が延々と続いていた。
人間だけではない。魔族も含め、女子供問わず。傍らには鞭を握る兵士が歩いている。
彼ら、彼女らは、林氏領の生まれの者達であった。王都や西都に赴いていた者達を老若男女問わず引き立ててきたのだ。
「閣下、あれが明浩の築いた要塞です」
「この短期間に、ずいぶんと立派なものを作ったものだ」
威景軍の進む主要道を見下ろすような位置に、立派な防御陣地が築かれている。
遠目ながら長く伸びた防御柵が見て取れる。更に「林」の旗があちこちに靡いており、どうにも居心地が悪い。
思わず「面倒だな」と威景は愚痴を漏らし、足元の小石を蹴り飛ばす。
一目で威景は気づいていた。あれは短期間に構築したのではなく、恐らくずいぶんと昔から「備え」として布石を置いていたものだろうと。
先代魔王の治世の頃から林氏は随分と冷遇を受けていた。故に中央を潜在的な敵と見なし、こういう備えを必要にさせたのだと推察できる。
迅速に天水の城を落としたい威景からすればこんなに煩わしい話はない。
落とせない要塞ではないが、まともに攻めれば時間がかかるし被害も出る。そして何よりも性に合わない。
「参軍(軍の参謀職)、那谷 夏嘉」
「ハッ」
「情報を整理しろ」
「御意。まず斥候によれば、あの要塞の本陣には魔王の証たる『鄂牙』の旗が掲げられております。されど間者の報告では、雪蘭の姿はあの要塞になく、天水城に居るとのこと」
「つまり林明浩は雪蘭から、魔王の牙旗を委ねられるほどに信任を受けてんのか」
「雪蘭は明浩の勢力に居候している立場にあり、実権は全て明浩が握っています。雪蘭は明浩の言いなりであり、この戦の指揮権も明浩の手にあると思われます」
威景の側に控える若き小鬼族の参謀は、頭の中に入った情報をすらすらと暗唱する。
戦場ではどの種族よりも働きで劣る分、小鬼族は人間族に並び得るほど学問に励んだ。
特に初代東公にして、建国の筆頭功臣「羅谷 阿斑」が軍師として名を成した、という歴史的な背景もある。
それもあってか、全千軍の参謀は小鬼族の出身者が大半を占めており、威景は中でもこの那谷夏嘉をよく側に置いていた。
「人間の血を引くとはいえ同じ大鬼族で、俺の従妹でもある雪蘭が人間の言いなりか。見てらんねぇよ、ムカつくな」
「林明浩の抱える間者は質が高く、詳しい内情までは掴めていませんが、彼の法の厳格さはよく知るところ。不満を抱く者も多く、周辺の軍閥や有力者で明浩に助力しない者も複数居ります」
「士気は高いか」
「逆に今集まっているのは林氏に近しい者達ですし、飾りとはいえ雪蘭を擁していることもあって士気は高いと思われます」
「あとは、主だった将は誰が居たっけ」
「閣下を相手にまともな指揮が執れるのは、梁牙彪くらいでしょう。その他は取るに足らない部族の首長や官僚、大きな戦を知らない林氏譜代の者達。老将の玄牙岱もこの地に逃れていますが、天水の屋敷で療養中の身であると」
であれば、肝要なのは如何に敵の士気を折るか。難攻不落の要塞も、士気の低い兵士が守れば容易く落ちる。
逆にどんな粗末な小城でも、守備兵の士気が高いと中々落ちない。威景はそれをよーく知っていた。
天下の軍事要塞であった西都を落とした際も、城主や将校を少しばかり脅して内から門を開かせたのだ。
王都に住む彼らの親類縁者の目玉と削いだ鼻を送り付け、従わなければ首を送ると言えばすぐに門は開いた。
威景という将の恐ろしさはここにある。世が乱れれば乱れるほど、真価を発揮する系統の将であった。
「"公"ほどの高位の領主だと人質を都に置く義務はないから、明浩を直接脅すことはできないってのが残念だが、その部下共は違う。そこから揺らそうぜ」
「承知しました。それで、どのようにしましょう」
「とりあえず元気な悲鳴を出しそうな捕虜の胴を、敵の目の前で割る。最初は十人、次は二十、次は四十。降伏に応じなければ数を増やしていって、その死体で堀を埋める」
「応戦してきた場合は」
「盾兵を出して前進だ。女や子供をくくった盾を掲げながらな。さぁ、派手に遊ぼうや!」
◇
ぞろぞろと殺気を滾らせた兵士がこっちを睨んでいる。生きた心地がしないとはまさにこの事だろう。
あの敵兵どもは分かっているのだ。自分達が王都の虐殺に加担したことを、それが到底許される行いではないことも。
故に彼らは絶対に降伏しないし、引くこともない。もし敵の手にかかれば自分がどんな目に遭うかを分かっているからだ。
もしかすると威景は、そういった兵士を作り出すためにだけに、兵士に虐殺を行わせたのかもしれない。
報告によれば王都の暴動は全千の指示じゃなかったみたいだしな。
兵士達が自発的に暴動を起こしたと言われてるが、威景はそれを煽る側に居たのも間違いない。
『──魔王"鄂牙全千"が嫡子、鄂牙威景だ! 西公よ、ちょっと話をしようや!』
山間に響く野太い声。やはり強い将というのは声がよく通る。
逆に俺は別にそんな通る声じゃないから、ここは無視しよう。
「え、若君、行かないんすか?」
「行くわけないだろ」
やっぱり大鬼族は好戦的なんだな。そんな、ホントに不思議そうな顔をするとは思わなんだ。
これはいわば相手に喧嘩を売られているような状態。買わないと男が廃る、みたいな感覚なんだろう。
でもこの梁牙彪の反応を見る限り、無視を決め込んでも大鬼族を中心にウチの士気が下がるのやもしれない。
それはマズい。というわけでウチの部隊の兵士達に合唱で『馬鹿は引っ込め!親父を出せ!』と叫ばせることにした。
「若君って、ホントに性格悪いっすよね」
「え?」
何か威景は話をしようとしていたが、声が聞こえた瞬間に俺は合唱を繰り返させた。まるでガキの喧嘩である。
でも別に話すことは無いしな。逆に取引でも持ち掛けられて軍が動揺でもしたら目も当てられないし。
「挑発は立派な戦術の一つだ。敵が強い時は交戦を避けるか守り、敵が怒っていれば挑発し、敵が謙虚なら驕り高ぶらせる」
孫子の兵法で語られる「応変」の鉄則である。
時と場合と相手に応じて柔軟に立ち回ることが重要であり、敵の嫌がることをし続けるのが戦だ。
そういう意味では、性格が悪いっていうのは誉め言葉なのかもしれない。
高地から見下ろすとそこには巨馬に跨る大柄の武者が一人。あれが鄂牙威景。
遠目でも分かるぐらいに苛立ちを見せており、ムキになって叫んでいるみたいだが生憎全く聞こえない。
すると何やら威景は指示を出し、こちらからの矢が届くような近距離にみすぼらしい捕虜を並べ始める。
人間族、魔族を問わず三十人ほど手足が拘束されたまま並び、地に伏せた。
命乞いの悲鳴が響き渡り、流石にこっちの兵もその光景に視線を集め、呆気に取られている。
俺が指示を出しても、合唱は疎らで響かない。
『よく見れよ明浩!こいつらはなぁ、貴様の領地なんぞに生まれたから死ぬんじゃあ!!』
威景の合図で大斧が降り下ろされ、横たわった者達は薪のように一斉に胴を切断された。
惨い。死にゆきながら死にきれない者達の号哭が脳裏にこびりつく。思わず目を背けてしまった。
するとまたぞろぞろと倍の数の捕虜が引き立てられている。
まだ惨たらしく叫ぶ、胴を割られた捕虜がもがき苦しんでいるにも関わらずだ。
「若君。威景は、彼らは林氏領の領民であると」
「所用で出張していたような者達を、王都や西都から引っ立てて来たんだろう。外道め」
戦は、敵の嫌がることをやらねばならない。鄂牙威景もまたそれをよく知っているのだ。
かつて世界史を混沌の渦に巻き込んだ、かのモンゴル帝国がこの戦法をよく使っていた気がする。いわゆる"狩り出し"だ。
狩りをするときに獲物を追い立て、射手の前に誘き寄せる行為。これを人間相手にやるとどうなるか。
それは相手の縁者だったり領民を引っ立てて矢除けの肉盾としたり、目の前で危害を加えてやるのだ。
そうすると兵の士気が折れたり、内側から崩れたり、戦意を喪失するから、そこから本格的に攻めるのである。
「梁牙彪、すまない。お前に辛い役目を負わせる」
「気にするな。若君ばかりに背負わせるわけにはいかないからな」
梁牙彪は部隊を集めて、馬に乗る。俺の直属の軽装弓騎兵部隊である。
現時点での戦場の花形は威景の率いるような重装騎兵や重装歩兵であり、この軽装弓騎兵は時代遅れの兵科といえる。
しかも人間族だけで構成された部隊。魔族は梁牙彪のみ。
ただこの直属部隊の意義は、決戦での投入ではなく「自在に素早く動けるようにすること」にある。
命令を決して違わず、規律よく動く。そしてその主な仕事は戦働きではなく、俺の意思を敵味方へ知らしめることにあった。
深緑の戦袍を靡かせる騎馬隊は、梁牙彪を先頭に陣の外へと飛び出した。その数はおよそ百騎。
そして彼らは飛び出すや否や弓を構え、捕虜を目掛けて一斉に放つ。
敵も、そして味方からもどよめきの声が聞こえる中、騎兵はさっと本陣の前まで退き、"林"の牙旗を天に掲げた。
「──国賊、鄂牙威景の捕虜となり、無念であろう!耐えがたき恥辱であろう!なればこれ以上の辱めを受けずに済むよう、我らの手で殺してやろう!」
堂々と、威景よりも大きな声で梁牙彪は叫ぶ。
その怒号は聞く者の胸を押し潰すかのような威圧すら感じた。
「腐れ外道、威景!我ら同胞の無念、我らに同胞を殺めさせた怒りを知れ!親子共々まともに死ねると思うなぁああ!!」
俺らは防衛側。防衛に求められるのは、敵の攻めに動じないことである。
いくら敵が奇策を打って来ようとも、そんな奇策に意味はないという意思を見せつけ、士気の低下を防がなければならない。
つまり、たとえ人質を取られようと、相手の要求に屈しないという意思を見せつけなければならないのだ。
非情ではあるが、これが戦争だ。敵を防ぐために同胞を殺めることも「せめてもの情けだ」と味方に思わせる必要があった。
「……地獄だ」
女性や子供が括り付けた板を押し出し、威景の号令で攻め寄せてくる敵が見えた。
銅鑼、太鼓が鳴り、地が揺れ、言葉にもなっていない敵の奇声が恐怖心を煽ってくる。
俺も伝令を集め、旗を振らせ、太鼓を鳴らす。
人質を気にせず射かけよ。命に背けば処罰する。厳命を下し、伝令兵は各部隊へと駆けだした。
敵が射程内に入り、頭が割れんばかりに五月蠅い銅鑼を執拗に鳴らすと、一斉に弓矢が宙に放たれ、放物線を描いて人質に降り注いでいく。
更に大鬼族による投擲部隊が一斉に石礫を投げつけると、骨の砕ける音と悲鳴があちこちから聞こえてくる。
不器用な大鬼族は弓や弩の扱いが不得手である。
しかしながらその不得意を補って余りある遠・中距離の戦法が「石の投擲」だ。
正直、戦場で最も猛威を振るっているのはこの石かもしれない。両軍共に最も被害を出しているのはこれだろう。
「弩兵!槍隊前へ!敵を寄せ付けるな!梁牙彪!!」
「ここに!」
「時が来るまで、戦の差配を委ねる!」
「お任せを!!」
指揮を引き継ぎ、幕営に戻る。心臓が暴れて、呼吸が浅く、何度も嗚咽を漏らすがもはや胃には何も入っていない。
すると気づかない内に、誰かが俺の背を擦ってくれている。顔を上げると、そこには英嫣の大きな瞳があった。
「兄様、ご無理をなさらないでください…」
「心配するな。それで、手配は済んだか」
「はい」
「この戦いで威景を討つ。あれは、生きてるだけで乱を呼ぶぞ。生かしておいてはいけない存在だ」
ただただ心配そうに、眉を顰める英嫣の視線が痛かった。
---------------------------------------------------------
面白いと思っていただけましたら、レビュー、ブクマ、評価など、よろしくお願いします。
評価は広告の下の「☆☆☆☆☆」を押せば出来るらしいです(*'ω'*)




