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君が国を取れ ~辺境領主の転生者、兵法で無双して『闇軍師』と恐れられる~  作者: 久保カズヤ@試験に出る三国志


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第11話:王と軍師


 夜更けの執務室。中央には天水郡一帯の地形を模した立体地図が置いてある。

 部屋中に灯篭を置き、火の光で模型を照らしながら駒を配しては盤外にまた排除する作業を繰り返す。


 本当ならばもうぐっすり夢の中という時間なのだが、やはり眠れない。

 そこまで俺は図太くないし、むしろ神経質で生真面目な性格だと自負している。


 死にたくない。根源の欲求はそれだが、それ以上に「死んでほしくない」という思いが沸き上がる。

 それはこの天水の民や近しい者達に対するものであり、そしてあの魔王せつらんの顔がこびりついて離れない。


鄂牙威景がくがいけい、お前ならどう動く」


 模型を挟んで正面に、ぼんやりとした影が浮かぶ。その男が駒を手に取り、河川沿いに前進させた。

 勿論、その影は幻影だし、駒も俺が動かしているのだが、それでも向かいにヤツが居ると意識しなければならない。


 まだ見たこともない相手だ。情報を集めて形成した何となくのイメージでしかない。

 俺は西都と天水を隔てる"隴山ロウザン"の麓で、敵を包囲する形で軍勢を展開。こちらからは動かない、あくまで防衛が目的だからだ。


 威景は前面に巨馬部隊を押し出し、突っ込む。力押しである。

 しかしこちらも十分な防御陣地を築いており、衝突は何とか食い止めることが出来た。


 緒戦は押し返すことが可能。ただその次だ。

 威景は別動隊を迂回させ後背を突いてくる。それまでに敵本軍を押し返せないのなら俺の負けだ。


 じゃあ予想し得る地点に伏兵を置く。ならば次はどうだ。

 威景は軍を退いた。勿論追撃を行うが、そこには伏兵が配されており逆に包囲を受けてしまう。

 だとするなら追撃を中止。対陣を続け、長期戦に持ち込む。


 王都はまだしも、西都をほぼ無傷で手に入れている敵軍は物資の補給に不安はそこまでないだろう。

 しかも相手は略奪や侵略のプロ。長期戦は敵も嫌だろうが、こちらも受ける傷は多くなる。

 そして疲弊が重なれば、圧倒的な精強さを誇る威景軍の突撃を食い止めることは出来ない。


「決戦の地を間違えているのだろうか。そもそも威景はこの進軍路を通るのか?迂回路にはなるが北の道を通る可能性も……」


 右手に置いていた茶を僅かに口に含み、飲み込む。もうすっかり冷めてしまっていた。

 兵の練度は大きく異なると見て良い。大鬼族が天下をとれたのは、やはり単純に「強い」からだ。


 生まれながらにして「身体強化」に魔力を費やす魔族であり、体格・膂力・体力など戦いに関するあらゆるステータスが高く好戦的。

 大鬼族の一般の兵士が、人間族の豪傑と同じだと思えばどれだけ規格外なのかが分かる。そして全千軍はその中でも選りすぐりの精鋭部隊だ。


 とにかく戦場の主役たる歩兵が並外れて強く、まともに正面から戦って勝てる相手ではない。

 故にこちらも大鬼族出身の兵士を前面へ展開することになるのだが、数も練度もあちらがやはり上だった。


「……まだ起きているのか、明浩」


「大王様」


 戸が開かれると、そこに不安そうな面持ちで灯篭を手にした魔王が立っていた。

 内から白・紺・黄の順で三枚重ねられた衣服。長身だからか足元で靡く裾が涼やかで美しい。

 というか魔王せつらんの女性らしい出で立ちというのを、始めて見たような気もする。


「戦は起きるのか」


「近いうちに、必ず。ですがご安心を、勝利するのは我々です」


「……お前はいつも、余を勇気づけてくれるのだな」


 柔らかく微笑み、つかつかと歩いて俺の側の椅子に腰を掛けた。そこ俺の席なんですけど。

 そして右手近くにあった湯呑から冷めた茶を啜る。それも俺のお茶なんですけど。


「いつも規則正しい生活に執着する明浩が眠れないというのは、相当なことだ」


「命を懸けるのですから、少しくらいは無茶もしないと」


「なぁ、明浩。後悔はしていないか?」


 冗談を言った、そんな笑顔を浮かべる。しかしその眉は少し悲しそうに下がっていた。

 後悔。そんなもの、挙げればきりがない。それは前世からずっとそうだった。

 後悔の無いように生きるなんて、出来やしない。それでも後悔の無いように生きようとするしかない。


「元を辿れば、この一連の戦役は父と全千の対立が原因だった。地方にまで影響が及ぶことは無い混乱だった。余が死ねば、それで全てが治まった」


「何をおっしゃいますか」


「事実、そうだ。もしもお前に危機が迫った時は、余の身柄を差し出すがいい。お前に助けられた命だ、お前を助けるために使うのなら文句はない」


 なぜだか無性に腹が立った。理由はまだよく分からないが、俺は思わず拳を机の淵に叩きつける。

 駒が揺れ、いくつかが床板に落ちた。立体地図を殴らなかったのは、俺の理性だ。


鄂牙雪蘭がくがせつらん、貴方は魔王だ。酷なことを言うが、もはやその運命から降りることは出来ないのです。そして王というのは、誰を切り捨ててでも生き延びようとする存在であらねばなりません」


「明浩……」


「逆なんだ。もし俺の身に危機が迫った時、貴方は俺を見捨てて生き延び、俺が残したものを全て奪うべきだ。そうでなくば俺は死んでも死にきれない」


「なぜだ!なぜ、お前はここまで尽くす!言ったではないか、お前は平穏無事な暮らしをしたいと。余を救わなければ、そしてお前ほどの才が有れば、全千の下でそれも叶っただろう!」


「それはっ──」


 立ち上がった魔王せつらんの顔が、鼻先に迫る。

 俺は喉まで出かかっていた言葉を、飲み込んだ。これを吐き出してしまえればどれだけ楽だろうか。

 自分の理性が嫌になる。だが、俺と魔王せつらんでは、立場が違うのだ。


「それは、臣下として当然のこと。裏切者の謗りを受ける林氏だからこそ、忠義は大切なのです。それに、それに俺は、大王様には幸せになってほしいのです。ただそれだけです」


「……ならば明浩、互いに金輪際、自分の命を軽んじるような話は辞めよう。でも覚えていて欲しい、魚は水が無くば生きられないことを」


「恐れ多い事でございます」


「余は、明浩の言う理想の王ではない。まだまだ甘く未熟だ。こうしてお前が一人で夜に苦悩しているのに、余は何も出来ん」


「そうでしょうか。寧殿も玄牙岱殿も、そして数多の勇士達も皆、大王様を心からお慕いしているように思います。これは誰にでも出来ることでは無いし、恥ずかしながら俺が最も苦手とするところです」


 我が林氏領の将兵や官吏は確かに規律正しく、良く働いてくれている。ただそれは俺のためではない。

 厳格な法による罰則を恐れているためであり、本当の窮地に俺を助けてくれる人なんて恐らくほぼ居ないだろう。


 こればかりは生まれ持った器の違いだ。

 隣の芝生の青さを羨んだところで仕方ない。


「どうしておまえはそう、こっちが気恥ずかしくなるようなことをすらすらと」


「まぁ、そうですね、何が言いたいかというと、ちゃんと魔王の器だと思いますので自信を持ってください、ということです」


「ならば王として、余は明浩、お前に全幅の信頼を預けることにする。何をしても良い、余は明浩を信じる。だから明浩も余を信じ、そして頼ってほしい。共に戦いたいのだ」


「……気恥ずかしいことを言っているのはどっちですか、ほんとにもう」


 王が臣下に全権を預けるというのは、並大抵の話ではない。それはあっさりと裏切られる可能性もあるからだ。

 軍権を掌握していた全千がクーデターを起こしたのを目の当たりにしながら、この人は俺を信じてくれるのか。


 もし俺が本当に全権を握って、彼女を傀儡同然にするかもしれないんだぞ。

 その気が無くともそういう目で見られるんだぞ。それを分かっていってるのか、いや、分かってないんだろうなぁ。


「余の曾祖父にして、王朝の始祖たる初代魔王は、小鬼ゴブリン族の首魁"羅谷 阿斑(らこく あはん)"を軍師に招き、数々の戦いに勝利した。余にとって明浩は阿斑あはんだ」


「本当に恐れ多い話なんですが」


「えへへ」


「いいですか?まだ敵に勝利もしてないし、気を抜いている場合ではありません。そういうことは西都・王都を奪還してからの話です」


「うん、分かった。その時に改めて誉めてやろう。じゃあ逆にひとつ、余も明浩に言って欲しいことがある」


「なんでしょうか」


「此度の戦に勝利した時は、余を名前で呼んで欲しい。二人だけの時だけでいいから、雪蘭せつらん、と」


「いや、それは」


「約束してくれるなら余も頑張れる」


 うぐぎぎぎ。「我が子房」みたいな誉め言葉を素で使いやがって、この天性のカリスマめ。

 今まで必死に頑張ってきた俺の中の「理性くん」が、僅かにぐにゃりと折れた気がした。


 そして気づけば俺は僅かに頷き、魔王せつらんはパァっと目を輝かせる。

 やってしまった。そう思ったが、もう遅かった。


「じゃ、余はもう寝る!明浩も夜更かしし過ぎないよう、体に気を付けるんだぞ!」


 ルンルンの足取りでさっさと部屋から出て行き、呼び止める暇も無かった。

 まったく。俺は焦りを落ち着かせるために湯呑を手に取ったが、残念ながらお茶は全て飲み干されてしまっていた。


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